捌 今のところはまあ

「――つまり、お前らは"思い込み"でできた存在ってことか?」

 『まあ、言葉を選ばなければそうなりますね』

 ここは冥界(らしい)。質素な部屋で、人間とそうでない者たちが話し合っていた。机の上のカップからはジャスミンティーの湯気が立っている。鼻腔をくすぐる良い匂いだが、真剣に話す彼らの前ではちっとも魅力的ではない。

 今までの話を要約すると、どうやら霊的存在というものは、人間がそれらを想起することによって存在している、つまり"いると思うからいる"ということらしい。さらに、その思い込みは外見やときには中身にまで作用するようだ。

 「じゃあ、あぬびすがこんな声なのも、けるべろすがこんな姿なのも、全部人間の思い込みのせいってことか?」

 『はい』

 ……おかしい。元はといえばケルベロスは冥界の番犬だってことくらい、みんなどこかで少なくとも一度は聞いたことがあるはずだ。

 「みんなはケルベロスが犬だって知ってるだろ?」

 「だがお主、『知っている』と『思っている』とは違うのだ」

 「っていうと?」

 『人間は、ケルベロスとはこういう怪物だ、と知っていても友人と話すときなどに思い浮かべる"けるべろす"は別だ、ということです』

 なるほど、確かにそうだ。日常神話について話すことなんてほとんど無い。あるとしたらお互いに神話が好きなのか、もしくはよっぽど暇なときだろう。普段話す"けるべろす"といったら……ん?

 「……まさか」

 『きっと、黎次さんが考えている通りだと思いますよ』

 「でも、そんなことって」

 「言ったのだ、『知っている』と『思っている』は違うと。しかも、それを思い浮かべる人が多ければ多いほど、その力は強まっていくのだ。私たちの元の姿よりも、真っ先に思い浮かべるであろう姿についての思いが強まったら、姿形はに変わってしまうのだ」

 今の俺らが言われて真っ先に思い付く姿。

 「つまり何が悪いのかっていうと――」

 『はい』

 「全部とやらのせいなのだ!」

 椅子から勢いよく立ち上がってあぬびすは叫ぶ。カップが床に落ち、割れてしまった。

 「すぐに擬人化だの萌え化だのするせいで私はこんな声こんな口調こんな姿になったのだ!けるべろすも前はこんなではなかったのだ!何がSSRエスエスレアだ!神話の中ではもっと格好良く描かれてたのだあ!」

 『あぬびす様、落ち着いて下さいっ!』

 必死にけるべろすがなだめる。あぬびすの目には涙が浮かんでいた。

 「でも、けるべろす……」

 『良いんです。私は気にしてませんから……』

 そう言った彼女の顔も、言葉とは裏腹に悲しげだった。

 元は神話で崇められた存在――今ではいわゆるハズレ枠。彼女らなりのプライドや矜持があったのだろう。

 『……カップ……片付けますね……』

 「……ああ。」

 しばらくの間、決して広くない部屋に啜り泣きの声が響く。カップの破片が擦れる音も、どこか淋しげに聴こえた。

 

 「――すまぬ、つい」

 「あ、いや、いいんだよ」

 これからはあまり容姿については言わないでおこう。彼(?)らの為に。

 『では、話を続けますね』

 「頼むのだ」

 もう泣いてはいなかった。

 『繰り返しになりますが、お分かりの通り、この世界には管理者が必要なのです』

 それはさっき聞いた通りだ。

 『そして、管理者は霊力、まあ有り体に言えば"なんか凄い力"を駆使してこの世界の均衡を保ちます』

 「雑だなオイ!」

 もっと丁寧に頼むわ!

 「因みに、誰でもその霊力を持っている訳ではないのだ。死期が近かったり、オバケに興味があったり、それこそ霊と関わりの深いような奴だけがその力を持っているのだ」

 あぬびすがすかさずフォローを入れた。

 「なるほどな……ん?ちょっと待ってくれ」

 『どうされました?』

 けるべろすがきょとんとした顔で聞き返す。

 「霊と関わりの深い奴なら、?あの形態になれるぐらいだし、絶対アイツの方が霊力強いだろ」

 俺が宙に浮かされて謎の液体で溺死しかける程度には強いはずだ。"活動"してただけなのに。

 「ああ、そのことか」

 『確かに彼女は強い霊力を持っています……本当に、本当に強いものを。しかし、考えてみてください。彼女にそれがでしょうか?』

 「……うーん?」

 言われてみれば。

 『はっきり言うと、彼女は霊力の使い方がメチャクチャ下手くそです』

 「俺は基準を知らないけど、どのくらい下手なの?」

 『他の霊的存在が見たら泡吹いて卒倒してもう一度死ぬレベルですかね』

 下手くそ過ぎるだろ。

 『実際に私がそうでした』

 「お前がかよ!?」

 「もうあれは赤ん坊が機関銃抱えてるレベルでヤバいのだ」

 あぬびすも同意する。そりゃアイツに任せられないわけだ。

 「それで俺に白羽の矢が立った訳だ。」(多分心臓を貫通してる。)

 「そうなのだ。実際お前は悪くないセンスを持っているのだ」

 「本当に?」

 「うむ、そうでなければあのポータルをくぐれていないのだ」

 そうなのか。

 『いつも彼女近くにいたので、霊力も少し移っているようですし。少しと言っても彼女の"少し"ですので、バカにできない程度にはあるはずですよ』

 移んのかい。

 「でもなんかちょっとカッコいいかもな」

 「ソースの撥ねた染みみたいなものなのだ」

 「犬頭野郎キサマァァァ!」

 奴のプライドなんかもう知らない。そう決意した瞬間だった。

            To be 魂tinued...

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