陸 いわゆる邂逅ってヤツです。

――おい――

 声が聞こえた。いやにはっきりと。これには聞き覚えがある。どこか子供っぽい、耳が痛くなるようなこの感じは――

 ――聞こえるか――

 先ほどよりもっと鮮明に。

 ――目を開けろ――

 俺は抵抗なくそうする……そうしなければならない気がした。

 目の前には、黒い犬の顔があった。

 ――私は――

 黒犬はその名を告げる。

 ――私は、あぬびす――


 「黎次くんっ!」

 「がはっ!」

 目が覚めた。まず感じたのは、顔全体にまとわりつく、ドロドロのジャスミンティーの匂い。その次に、彼女の顔を認識した。

 「黎次くん!良かった、起きた!」

 彼女の目には、涙が浮かんでいる。

 「……俺はどうなったんだ?そうだ、液体に」

 「そうだよ、あれからアタシ、頑張って引き上げたんだから!それでも黎次くん起きないし、もうアタシ、アタシ……」

 どうやら俺は結構な時間、意識を失っていたらしい。つーか男一人を液体の中から引き上げるとは……いや、あまり深くは考えないでおこう。多分覚醒したんだいやしてたわ完全に。

 そしてどうやら津雲は、俺が助かったってことで美談にしようとしてるんじゃないか?

 でもまあ、命の恩人ではある……一応。もし彼女が引っ張り上げてくれなければ、間違いなく俺は溺死していた――そもそも絶望状態デスマーチさえ無けりゃこんなことにはならなかったんだけどね!

 「もう、本当に心配したんだから」

 確かに彼女には多大な迷惑をかけてしまっ……いや、やっぱり納得できん。ふざけんな!

 「モウ実験ガ出来ナクナルト思ウト」

 「おぉ邪魔しましたあぁ!」

 不満しかないがそんなことはどうでもいい、ドアに向かって一直線。何が命の恩人だ!俺は逃げるぞ!

 しかし、彼女がそれを許さない。

 「ダメデスヨ?」

 本日三度目の絶望状態デス・マーチ。瞬間移動といってもほぼ間違いない速度の身のこなし。やはり逃げ道を塞がれる。

 「ネエ、マダ成功シテナイノニ逃ゲルナンテドウイウコト?」

 彼女がまた俺に手を伸ばした、かと思ったら――

 「ふにゃぁっ」

 「え?」

 突然、彼女の体が床に崩れ落ちた。

 「全く、この小娘は」

 突如、背後から声がした――例の声だ、あの泣き虫ロリ声の!

 俺は咄嗟に振り返る。そこには黒犬の顔をした、人型の存在があった。何だか古代エジプトっぽい服を着て、右手で杖らしき棒状の物をかざしている。杖の先端には緑色の炎が灯っていた。

 「お前が……あの」

 「そう、私こそがあの"あぬびす"様だ!ああ、安心するのだ、ヤツはただ気絶させただけなのだ。この私の力でな」

 腰に手を当て、胸を張り、ソイツは自慢気にそう言った。なるほど?コイツのせいで俺は学校に遅刻し車に轢かれた訳なんだな?そう考えるとコイツの存在にこそ驚いたものの、無性に腹立たしい。

 「どうだ?私のすごさに恐れ入ったか?」

 よし。全力で煽ろう。

 「あなたがあの」

 「ふふん」

 得意気な顔してやがる。

 「ずっと泣き喚いてたあの"あぬびす"様かあ!」

 「はっ……う、うるさいうるさい!」

 「子供みたいな声の!」

 「うるさい、だまれこのっ」

 「格好付けてなんか難しめの言葉使ってたあの!あの"あぬびす"様でいらっしゃいますか!」

 「うっ、うっ……」

 鬱憤晴らし……と、見ると目が潤んでいる。これ以上はまた例のアレが再発しそうなので止めておく。

 五分ほど経った後。

 「……はっ、そ、そうだ、あの事を話しに来たのだ」

 目的をようやく思い出したらしい。半泣きの状態で、あぬびすは話を続ける。

 「あの事?」

 「そうだ。お主のこれからに関わる、ひじょーにじゅーだいな話だ」

 「……!」

 それは何となく気にはなる。色々起こり過ぎてこの先どうなるのか全く見当がつかない。

 「だが……ここでは話せん」

 「は?」

 続けろよ。

 「い、いや、だからこっちで話をするのだ」

 そう言ってあぬびすとやらは少し慌てた様子で右手に持っていた杖を降る。と。

 ぶおおん。

 空間に孔が空くように、またはブラックホールができるように。そんな感じでポータルが生成された。

 「こっちなのだ」

 「おお……すげぇ」

 「どうだ?凄いだろ!」

 確かに。(あのアレ《デスマーチ》に比べりゃ全部霞んで見えるけど。)

 「びえんびえん泣いてた奴の仕業とは思えんな」

 「だからそれを言うなー!」


            To be 魂tinued...

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