肆 No Way Out

結構な時間が経った気がする。今まで通った道のりを思い返す……

 ――「なにここ……迷いの森?」

   「いやいや、ただの通学路だよ」――

 ――「そうそう、ここの滝の裏を調べるとね?」

   「どこのRPGだ!」――

 ――「え、ここ通るの?」

   「え、ふつう墓場通らないの?」――

 ……ヤバイ、帰れる気がしない。

 本気でどこでもドアが欲しくなってきた頃、ようやく津雲の家が見えてきた。 

 レンガ造りの外壁に、十字に格子の入った嵌め殺し窓。少し歪んだシルエット、おまけに煙突まであるのだから、誰がどうみても『魔女の家』だ……帰ってもいいですか?

 「……で、今度は何をすればいいんだ?」

 移動中聞きそびれたことを訊く。いや訊いてる暇なかったんだって。

 彼女の口から出た言葉は、全く意外なものだった。

 「黒魔術だよ」

 「――えっ?」

 「だから、黒魔術」

 さも当然のように彼女は言う。

 「……すまん、俺帰るわ」

 俺は踵を返して歩き出す。どこ行けばいいかも分からないけど。

 「あっ、ちょっと!」

 後ろから俺を呼ぶ声。しかし俺は振り向かない。付き合ってられるかっての。今回のはいつにも増してひどい。そもそも俺はどうして今までこの"活動"に付き合っていたのだろう。

 「勝手に帰らないでー!」

 津雲の声が聞こえる。

 「待って!」

 右肩を掴まれた。一瞬振り払ってしまおうかとも思ったが、少し薄情に思えて立ち止まる。

 「帰り道、分かるの?」

 「うぐっ」

 痛いところを突かれた。確かに分からないし、この辺で迷子なんてゴメンだ。生きて帰れる自信がない。それに、ここまで(なぜか)付き合ってきたんだ。

 「……しゃーない、か」

 「それはよかった。それじゃ、もう一度説明するね」

 そう言って彼女は、口を開く。

 「アタシは黎次くんに、黒魔術をやって……いや、手伝って欲しいの」

 「ええと」

 「具体的に言えば、降霊術よ」

 「全然具体的ではないな」

 その言葉も無視して彼女は続ける。

 「全てはこの日のためなの」

 少し話が飛躍しているような。

 「どういうこと」

 「黎次くんって、多分霊感強いんだよねー」

 「……そうなのか?」

 「だから最近は黎次くんと一緒に居たんだ、その確証を得る為にね」

 なるほど、道理でな。

 「そして昨日の夜確信したの黎次くん絶対霊感強いって」

 クリスマスプレゼントを待ちきれない子どものように、興奮気味に彼女は語る。ゲームで何が分かったのか分からないが、それで良いなら良いのだろう。

 「だから手伝ってくださいお願いします」

 「分かった、分かったから落ち着け」

 「いいの?ホントに?」

 「ここまで来て今さら帰れないからな」

 いや本当に。物理的に。

 「やったー!」

 クリスマスプレゼントにモルモットを貰った子どものように、彼女ははしゃぐ。

 「それじゃ早速、黎次くんはいけに……」ん?「……じゃなくて、ほら、その、テスター?」

 「おい、ちょっと待て」

 「いやいや今のは」

 「お前生け贄って!生け贄って言おうとしたよな?!」

 「違う、違うの!」

 津雲が必死に否定する。

 「さ、さっきのは『池に頭から突っ込んで浮かんできたら魔族、沈んでいったら人間』っていうやつなの!」

 「まんま魔女裁判じゃねーか!どのみち俺死ぬんだけど?!」

 どうやらモルモットは俺だったようだ。死にたくない。俺はその一心で駆け出した。ヤツから逃れられるならどこでも良い。

 しかし。

 「ネェ、ドコニイクノ?」

 人間とは思えない速さで、津雲が俺の目の前に回り込む。その目は、人間を超越した、絶対なる虚無の色をしている。自慢のショートヘアはいつの間にか腰ほどまで伸びており、体から溢れ出る怨嗟のオーラがその長い髪をなびかせていた。それを形容するなら終焉、喪失、または絶望。生とは正反対の力が顕現する。そこにあったのは完膚なきまでの暗黒であった。

 彼女は禍々しい腕を伸ばし、俺の両肩をわし掴む。

 「イカナイデ」

 その声は、絶対的な死を告げていた。

 「うわぁぁぁぁっ!」

 「うわぁっちょっと何!急に大声出して」

 「いや何ってお前、今全身に殺意が……ってあれ?」

 彼女の雰囲気が元に戻っている。……え?

 「殺意?何を言ってるの?」

 言葉が出ない。

 「あ、ちょっと熱くなっちゃってたかも?ごめんね。」

 自分のだらしない癖について友人と喋るように、あっけらかんと彼女は言う。

 まさか、さっきのアレは……コイツの気迫が見せた幻覚だというのか?

 「……どうかした?」

 「ぁ――ぁぁ―」

 全身に力が入らなくなり、ドサリとその場に倒れ込む。

 「どーしたの、急に。あ……そんなに熱くなってた?私。恥ずかしいなあ」

 熱く、というか篤く?自覚はないのか……これはヤバい。あれは到底恥ずかしいで済まされない。済まされてはいけない。

 「まあ良いや。とりあえず家の中に入ろう?せっかくこの日まで待ったんだから」

 そう言って彼女は俺の襟首を掴み引きずってゆく。抵抗する力も無くなっていた俺は、されるがままに従う他無かった。まるで死体の様に。


            To be 魂tinued...

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