『四十川』 姉との記憶

 私は、昔からお姉ちゃんっ子だった。楽しいときはお姉ちゃんに向かって笑いかける。悲しいときはお姉ちゃんの胸で泣き続ける。悔しいときは愚痴を聞いてもらう。恋をしたときだって、お姉ちゃんに一番に相談した。


 そんなどうしようもない私に、変わらず優しく接してくれたお姉ちゃん。どんなことを言っても、どんなことをしても、私に愛想を尽かすことなんてなかった。何があっても私に優しくしてくれた。


 私はそんなお姉ちゃんが大好きだった。お姉ちゃんなしでは生きていけないくらい、大好きだった。本当に、本当に、本当に。どうしようもなく大好きだった。それは今も変わることはない。


 でも、たった一回。たった一瞬だけ、その大好きが大好きじゃなくなったときがあった。今思い返せば、私のあの一瞬がなければお姉ちゃんは今も私に優しく、今までのように接してくれていたのだと思う。私も、今までのようにべったりと。今までのように……一緒に……。


 今から二年前、私のお姉ちゃんは遠くに行ってしまった。留学とか、海外事業への就職とかそんなものだったら良かったけど、そうじゃない。


 家出。捜索願いも出したけど、国内にはいないことがわかった。それは、オーストラリア行きの便に乗ったという証拠が残っていたから。今も捜索は続けているらしいけど、いろんな国を転々としているらしい。


 なぜお姉ちゃんっ子の私がそんなことをしたのか。その理由は、レージ君との出会いにある。


 高校一年の時、私は初めてレージ君に会った。第一印象は、あまり良いものではなかった。顔もぱっとしないし、何か喋ればすぐにツッコミを入れてくる。友達が多くいるというわけでもなさそうで、なんだかほっとけない感じもした。


 私は、そのほっとけない感覚に疑問を持ちながらレージ君と日常を過ごしていた。レージ君も、私以外に話をしている人はユーリ君くらいしかいなさそうだったから、頻繁に話していた。


 そんなある日、いつものように私はお姉ちゃんが優しいことや、その例などを自然に話した。それが私の世界を壊す全ての原因となった。


 私の話を聞いている途中で、レージ君は遮るように一言言い放った。



 ――それって、お前のことが好きなわけじゃないんじゃないの?――



 勿論、そのときは思いっきり反論した。お姉ちゃんは優しいのに、何で好きじゃないんだ。逆に、好きじゃなかったら優しくしないじゃん。そうやって、姉が優しいということを盾に、反論した。


 そして反論している間に、私は気づいた。私はお姉ちゃんのことを何も知らない。お姉ちゃんは私を大切に思っているとか、私を好きでいるとか。そんなことをお姉ちゃんから聞いたことが一切ないことに。


 そんなことないと、現実から目を背けようとしたとき。レージ君はそれに追い打ちをかけるように言い放ったのだ。



 ――姉って生き物がどういうものなのか、そんなのは知らねえけどよ。よくこの世界が言ってる奴さ、『大切なものに、危険な目に遭ってもらいたくないからする』。そういうもんなんじゃねえの。姉ってのは。――


 お姉ちゃんとの関係に入ったひび。それを無理矢理こじ開けるようにレージ君は言った。流石に私も耐えられなくなって、泣きながらその場を離れた。でも、家に帰ってもそのことが頭をよぎって、なることが出来なかった。


 もしかして、本当に私は好かれていないんだろうか。いやそんなことはない。好きじゃなかったら優しくなんてしないはず。でも、その優しさが偽物だったら……。お姉ちゃんに限ってあり得ない、そんなこと。


 そんなふうに、否定と肯定を繰り返して、夜が明けた。自分でもびっくりするぐらいに悩んだ。そのせいなのか、うまく頭が回転しない中でついに聞いてしまったのだ。お姉ちゃんに、私のことをどう思っているのか。


 お姉ちゃんは、『そりゃあ、大好きに決まってるでしょ?』と言った。本来なら喜ぶべきだった。お姉ちゃんが私を好きだという事実がえられたのだから。でも、あのときの私はどうにかしていた。


 その言葉を聞いた後、レージ君から突きつけられた疑問をそのまま投げつけた。じゃあ何で厳しくしないのか。大切に思っていないのか、と。


 そんな言葉を聞かされた後でも、お姉ちゃんは『何かあったの? 相談に乗るよ?』と、いつものように答えてくれた。でも、私が求めていた解じゃなかった。それから私はただただ、お姉ちゃんにひどい言葉を吐き捨て続けた。


 私が求めていたのは、そんなマニュアル通りの反応じゃなかった。じゃあ何が欲しかったのかと言われてみれば、答えは存在しなかったのかもしれない。理不尽に傷つけただけだったかもしれない。だけど、私はあのお姉ちゃんを否定した。


 レージ君の言葉が、予想以上に私の心に突き刺さっていたのだと思う。お姉ちゃんの仕草、言葉。その一つ一つが偽物なのではないかという疑問に変わった。いわゆる疑心暗鬼の状態に陥っていたのだ。


 こんなひどいコトしたのだから、お姉ちゃんの行動も必然だったのかもしれない。それでも、私はお姉ちゃんが好きだ。意味がわからないと、誰かに言われても好きだ。大好きだ。


 理由はなくても私は……どんなお姉ちゃんでも好きだということがわかった。疑心暗鬼に陥っただけで、あのひどい状況の中でも、私がお姉ちゃんを嫌いと思うことはなかった。


 多分、私がどうしようもないお姉ちゃんっ子だからなのだろう。


 

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