ぞれぞれの特訓 其の『五六』

 『五六』 職業の変更

 真っ暗な場所……。夢の中かな? 周りには何も無い、私だけが一人でぽつんと。


 『不安プレオックパツィオーネ』は、私の感情。ここも何だか、私の心を表しているみたい。音も何もない中、ずっと時が流れる世界。


 突然、周りが白くなって、視界全体に映像が流れた。映画を見ているような感覚。でも、目を通して脳に直接送られてくる感じ。


 流れ込んできた映像に、私は驚愕した。血が、血がたくさん。その元は見覚えのある人……!


「先輩っ! あれ? ……そういえば、夢なんだった。」


 両の頬に違和感を感じて、そっと触れてみる。指には透明なしずくが、何滴かついた。


 泣いてたんだ、私。夢を見て泣くなんて、いつぶりだろう。なんて考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「あ! ちょ、ちょっと待って下さい!」


 急いでベッドから飛び降り、身支度をする。バタバタと、せわしなく動き回っていた為、途中で転んでしまった。


「大丈夫ー!?」


「は、はい! 全然大丈夫です!」


 少々鼻が痛いものの、深呼吸をしてからドアを開ける。目の前には珍しいことこの上ない、数少ない自分より背が低い人がいた。その顔が少し驚いたように動く。


「……もしかして五六ちゃん、泣いてた?」


「え……!」


「はあ、目尻が赤いよ。何かあったの? まさか転んで泣いたとかじゃあ、無いわよね?」


「あ、いえ、そんなんじゃありません。ちょっと色々あって……。」


 その後、事情を話すと、ルルさんは興味深そうな、不安そうな顔をした。なぜそんな顔をしたのかは、わからない。でも、何かあるということは、かろうじて理解した。


 所変わってここは、町外れの川辺。町にこんなところがあるということと、湖まであることは知らなかった。


 それにしても、自然が町となじんでいる感じが、日本では感じられない感じでとても新鮮。空気がおいしいって、こういうことを言うんだなと思ってしまうほどに。


「さて、ここに来たのは意味がある。それは五六ちゃんのスキルを確かめる為なの。『水』が近くにあると、魔法系のウェポンを展開したときに、ウェポンで使えるスキルがわかるのよ。」


「どうしてですか?」


「展開したらわかる! 早速昨日の復習よ。」


「うっ……。」


 反射的にうめき声がでてしまった。反射的にでるほどに、追い詰められた昨日の特訓。その上ウェポンの秘密を、先輩が感づいてしまったもの。ウェポンにトラウマしかない。


「ほらほら~、時間が無いよ~。」


「うう、わかってます……。」


 ルルさんが、挑発的な言い方であおってくる。この人は悪い人なのか、気をつけなければ。


不安の杖プレオックパツィオーネアスタ。」


 ……展開されない。本当にセンスがなさ過ぎて、笑えてきてしまう。でもスキルを使えるようにならないと、この杖が打撃武器になってしまうから、がんばらないといけない。


「もっと思い出を思い出して!」


「はいっ!」


 思い出……。先輩達と出会ったこと、楽しい部活生活、転送の驚き。今でも鮮明に思い出せるほど楽しい記憶。これでいけるかな?


不安の杖プレオックパツィオーネアスタ。」


 ……うう、やはり展開されない。何でなんだろうか。思い出はちゃんと思い出しているのにもかかわらず、全然ウェポンが展開する気配がない。


 役立たず、足手まとい、挙げ句には突き放されちゃうのかな……。


「……うわあっ! 展開できてる!?」


 手に違和感を感じて、見てみると礼の青いブロックが集まってきていた。そしてウェポンが完成する。時間差でウェポンが展開される事なんてあるんだ。


「もしかして、時間差でウェポンが発動したとか考えてない?」


「えっ! 違うんですか?」


「はあ、やっぱりね……。ウェポンは思い出よりも、その感情が大事なの。いくら思い出があったって、感情が伴っていなければ展開は出来無い。失敗していた理由はそれね。やっと解決したわ。」


「へえ、そうだったんですか。」


「まあ、問題は解決したから、早速スキルの簡易鑑定を始めるわよ。その杖をこの川に十秒くらいつけて。」


「……? わかりました。」


 そんなことに何の意味があるんだろう。そう思いながら川に杖の先をつけてみる。それにしてもここの川はきれいだ。透き通っていて、そこにある石が数えられるくらい。そして、少し探せば魚が見つかりそうなくらい。


 そんなこんなで十秒経ち、ゆっくりと杖を上げる。私は驚愕した。水が杖にまとわりつくようについていたのだ。ルルさんも驚いている。多分私とは違う理由で。


「ふ、ふふふ……。まさかあなたがそうなるとはね。あなたの職業は変わったわ! 『賢者ワイズマン』よ!」


賢者ワイズマン? ……ええええええっ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る