『五六』 魔法と詠唱

「もう一度聞きます。本当に賢者ワイズマンなんですか……?」


「何回言わせればわかるの? さっきからそう言っているじゃない。」


 かれこれ十回は聞き直したものの、違う返答は返ってこなかった。


 私が賢者ワイズマンだなんて、賢者ワイズマンの名が廃る。そりゃあ、少しは魔法とかに期待が無かったわけでは無いけど、魔法使いソーサラーくらいで良いかなと思っていたから。


「まあ、今更いやだって言って何とかなるもんじゃ無いから、諦めなさい。とにかく、訓練よ!」


「あ、賢者ワイズマンって、魔法使いソーサラーと何が違うんですか?」


「そこから? ……まあいいわ。簡単に言うと、攻撃魔法のみ使えるのが魔法使いソーサラー。回復魔法のみが回復師ヒーラー。援護、状態異常魔法は『付与術士エンチャンター』に分類される。その全ての魔法を使えるのが賢者ワイズマンよ。」


「何だか責任重大……。」


「そりゃそうよ。だって、魔法関係を一手に引き受けるんだもの。」


「うわぁ……。」


 思わず声が出る。本当にそういうのは嫌なタイプだからだ。


 転送の時に、調整をしなかったのもこれが原因。不安プレオックパツィオーネの感情が多くを占める記憶になっているのが納得だと思ってしまうくらいに。


 でも、今更何を言っても変わらないんだったら、仕方ない。せいぜい、人並みになれるように努力するしか無い。


「魔法は、どう使うんですか?」


「詠唱が基本ね。攻撃する為にウェポン展開して、スキルを使う。そのスキルを発動するのに、一手間掛けなきゃいけないの。」


「例えばどんな?」


「『湖の魂レイクズソウル』。」


 ルルさんは、人差し指を立てて言う。すると、青いブロックがどこからともなくやってきて、指の先に集まってきた。どんどん大きくなっていく。


 30センチくらいの大きさになったとき、いきなり消えてしまった。いや、消えていない……! 透明な水の球になっていたのだ。


「こんなものかな? 本当は詠唱があるけど、私は詠唱するのが面倒くさいからね。省かせてもらったわ。」


「凄いですね……!」


 水の球が、指先でふよふよと浮いている。頼りないものの、全く崩れる気配は無い。これが魔法。そんなに簡単にできるものなのだろうか……。


「まあ、あなたのセンス次第だから、とりあえず詠唱してみて。」


 ルルさんはそう言うと、腰に付けていたポーチをまさぐり始めた。そして何かを、私に手渡す。それは詠唱呪文が書かれた紙だった。日本語訳がちゃんと浮かび上がってくるので、読める。


 『水を司る精霊よ、我に答えよ。生命を統べ、世界を保つ者。』と、書かれていた。おそらくこれを読めば、魔法ができるのだろう。


「ほら、早くしなさいよ。」


「はい……。」


 急かされたので、溜息交じりの返事をしながら、腕を伸ばして杖を構えた。とても恥ずかしいものの、意を決して読む。


「水を司る精霊よ、我に答えよ。生命を統べ、世界を保つ者。湖の魂レイクズソウル!」


 集中して詠唱していた為、気がつかなかったが、足下に青い魔方陣ができていた。それは、淡くもしっかりとした光を発している。


 しっかりと握った杖には、まだ変化が無い。やはり失敗してしまったか……。


「そろそろ来るわよ。」


「えっ!」


 ルルさんが呟くと同時に、右手に振動が伝わる。何事かと、よく見てみると、本当に少しずつだが、青いブロックが集まってきていた。集まるスピードは、徐々に速くなる。


 どうしたら良いかわからなくてあたふたしている間に、ルルさんの二倍くらいの球になっていた。そして、いきなり水になる。


「どうしたら良いんですか!? これ!」


「そのまま、杖を前に向けて!」


 ルルさんに言われたとおり、杖を前に向ける。だが、何かが起きるわけでも無かった。何で向けたんだろう?


「これで……良いんですか?」


「ええ。じゃあ、大木に向けてそのまま『敵を貫け』って命令して。」


「はい。……敵を貫け!」


 命令した瞬間、大きな水の球から四つほど、小さな粒が分離した。いったい何があるのだろうと、疑問に思いながら眺める。


 粒達は、横一直線上に並んだかと思うと、すぐに消えた。消えたのと同時に、奥にある大木がゆっくりと倒れる。とても大きな音と、振動がそこを中心に広がった。重く響くそれは、川の表面がざわめくほどのもの。


 状況を理解したときには、体中に鳥肌が立った。


「……凄い! これが魔法!」


「あっちゃあ……。これは完敗ね。私でもあの大木を倒すことなんて出来無いわ。あなた、魔法のセンスがあるみたいね。流石、賢者ワイズマンなだけあるわ。」


「そうなんですか?」


「ええ。」


 素直に嬉しかった。自分が、こんな凄いことできることが。確かに、あっちの世界では頭が良かったのかもしれないけど、それは自分がやりたくてやったわけじゃ無い。だから、やりたいことができた上に褒められるなんて新鮮だった。


「ふう、今日は充分訓練できたわね。成果も上々よ! 私の特別サービスで、今日は終わりにするわね。じゃあ、ゆっくり休んで。」


「はい、ありがとうございます。」


 ルルさんは、たまに怖かったりするけど、根は優しい人なんだな。


 それにしても、魔法は凄い。この新鮮な感覚は、明日になっても残っているだろう。確信できるくらいに凄かった。でも、その分とても疲れている。多分、MP消費の関係だろう。とにもかくにも、失敗しなくて良かった……。


「よし! 明日もがんばろう!」

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