本編

  十二話 リベリアと無茶ぶり

 どこか遠いところから、俺の名前を叫ぶ声が聞こえる。


 夢の中だろう。声だけで真っ暗闇の中だが、何人もいるみたいだ。みんな泣き叫ぶような声で叫んでいる。何がそんなに悲しいのか、俺にはわからない。だが、身に覚えのある声だ。……うまく頭が回らないからか、誰の声かはわからない。でも確実にこちらへ、近付いてくる。


 真っ暗闇の中で響く叫び声、なんてそんな怖いことを夢に見る俺はどうなんだろうか。


「いってええええっ!」


 突如腹部に走った痛みによって、そんなふわふわとした気持ちから一気に目が覚める。おなかにはベルトのように締め付ける痛み。勢いで飛び起きたが目覚めが悪すぎるだろ、これ。


 その元凶に、『クワッ』という効果音がつきそうな顔で顔を向ける。体を起こしているにもかかわらず、スピーと寝息を立てている少女。思わずなでてしまいそうになるその姿に、俺は男ながら母性が生まれそうになる。


 ……葛藤むなしく頭をなでてしまった。そのときに小さくほほえんだため、心臓がのどから飛び出るかと言わんばかりに驚いたが、起きてはいないようだった。俺は何の為に異世界に来たんだっけ? もう忘れた。


「レージくんっ!」


 突然ドアを勢いよく開けて部屋に駆け込んできたのは、タケミカヅチさんだった。朝から凄い険相と焦りようで、頭が回らないにしても大事だとわかった。


「どうしたんですか? そんなに慌て……いだだだだっ!」


 落ち着いて状況を聞こうとした俺の腹部には、引きちぎられそうな激痛が走る。何事かと脇腹辺りを見ると、そこにはふくれっ面でいかにも不満といった顔のリベリアがいた。俺は、こいつもいい加減な起こされ方したから当然かと、半ば諦めている。だが、絶えず送られる痛みにかなり嫌気がさしてきたのは、言うまでも無いだろう。


「いてて……で、どうしたんですか?」


「あ、ああ。ちょっと嫌な夢を見てしまってね。自分でも何でこんなに慌てているのかわからないよ。朝からごめんね、騒がしくしてしまって。」


「いえいえ、そんなことないですよ。多分疲れているんでしょう。ゆっくり休んで下さい。」


「そうだと良いんだが……。」


 タケミカヅチさんは、最後に見たことのない悲しげな顔を残して出て行った。何だか、今日は不思議な日だな。いや、いつもと変わらないが、少し違和感を感じる。……まあ、考えても仕方が無い。


「今日は訓練か。何するんだろう。」


「ああ、そのことなら大丈夫。私が少年の師匠になった。」


「え……? マジで?」


「マジだが、何かあるのか? 少年。」


 不敵な笑みを浮かべる少女は、変わらずに腕をしっかりとつかんでいる。怖い……純粋にそう思ってしまった。この後何が起こるのか不安でならない。


 不安を抱えながら、俺は昨日と同じ集合場所に向かった。一人一人違う特訓内容だからか、この場所は俺だけのようだ。勿論リベリアはずっとくっついている為、すぐに稽古が始まる……と思っていたのだが全く始まらなかった。


 ずっと向かい合って正座し、ニコニコとほほえみかけてくる少女。ついに気でも狂ったか。


「少年、そろそろ特訓を始めようか。今日は詠唱破棄の練習だぞ。」


「詠唱破棄?」


「そうだ、何をするにしても技の名前や声が発生すると戦いにくいだろう? だから今日は意識だけで技を使う練習をするのだ。これはフィン殿がやる予定だったのだが、急遽予定が入ったとのことだ。」


 詠唱破棄はまだ早いだろ。だって昨日ウェポン習得したんだぞ? 普通もう少し慣れるまで剣術とか教わるべきだろ? ……だろ? まあ、ギルドが何か問題を抱えているならば仕方無いことだが、あいにく何も聞かされていない為に不満しかない。もう、何なんだ。


「まあ、何にしても手本だな。私がやってみるからよく見ておけ。普通の展開、解除、詠唱破棄の順でやるからな。」


 リベリアの口調がとても頼もしい。朝のことが嘘みたいだ。タケミカヅチさんの言っていたことは本当だったんだな。まあ、とりあえずよく見ておかなければ。出来れば長い時間がんばりたくないインドア派の俺には、これはかなり辛い環境ばかりなのだ。


 じゃあ、と呟いたリベリアがおもむろに立ち、右手を挙げた。まずは普通の展開。


無のナイフニエンテコルテッロ!」


 俺は驚いた。自分と同じウェポンを使う人が近くにいたからだ。そりゃあ同じウェポンの人がいても、何らおかしいことはない。でもまさか、まさかリベリアがそうだとは思わなかった。


 リベリアはそのことを知らないから、すぐにウェポンを解除する。愕然とした俺の顔に、リベリアも違和感を覚えたのだろう。すぐ、近くに来てこちらの顔をのぞき込んだりした。自然に顔が近付いてくることに気づき、のけぞる。


「おい! 何でいつも顔が近付くんだよ!?」


 体勢が崩れた状態でも、しっかりと突っ込みを入れていく。そのとき、リベリアが少しうつむきながら何か呟いた気がした。気のせいだろう、と思ったのはすぐに笑顔に戻ったからだ。


「次は詠唱破棄だからよく見ておけ!」


 自信たっぷりのその言葉に少したじろぐ。何が起こるのか、とわかりきったことを聞いてしまいそうになるほどだ。そしてリベリアは、すっと目を瞑った。


「じゃあ、いくぞ。」


 そう言うと、リベリアの右手に青いブロックとは違うものがよってきた。言うなれば、色とりどりのキラキラとした光の粒だろう。とにかく、普通の展開とは異なっていた。


 目を開けると同時に展開が完了する。


「詠唱破棄はこんな感じだ。どうだ? すごいだろう。ちなみに詠唱破棄のメリットは、音が鳴らない、目立たないだ。」


「へえー……。」


「ではやってみろ!」


「え? いや、無理だろ、流石に。」


「いいからいいから。」


 唖然として立っている俺に、無茶ぶりをしてきた。そもそも一回見ただけで、出来ちゃう人はそうそういないだろうよ。はあ、本当にどうなる事やら……。

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