五話 紋章とピンチ

「いや、ちょっと待ってくれ。俺はギルドに入る申請をしたぞ?」


 理解不能なことに直面し、頭の回転が悪くなる。


 俺がギルドに所属していないだと? いや、俺は確かにしたはずだ。鑑定もしたしな。何より、戦闘状態を自分で体感している。戦闘状態はギルドに入ったときのみ、その真価を発揮するものだ。俺が入っていないわけがない。


「いや、キミはギルドに所属していないよ。その証拠に……。」


 そう言い、おもむろに俺に近付いてくる。するといきなり、俺の体をまさぐり始めた。ベッドに寝転び、警戒心もなくなっていた俺は、なすすべなく翻弄される。


 一心不乱に服をはぎ、全身をくまなくなめ回すように見回すナユタには恐怖を覚えた。


「や、やめろぉ……。」


 大きな声を出そうとするが、恥辱に耐えられず間抜けな声になった。全てはぎ取られた俺は、逃げるように部屋の片隅まで移動する。ナユタは、不敵な笑みを浮かべながら五本の指をうごめかしていた。


 死を覚悟したとき、ナユタが誇らしげに言う。


「ほらね。キミにはギルドの『紋章エンブレム』がない。」


「……へ?」


 紋章エンブレム? なんだそれ? 確かに、そんなものがあった覚えはないが……。


「ギルドに正式に所属した場合、体のどこかに必ず紋章エンブレムが描かれるんだ。勿論、何をしても消えない。」


 それなら、俺がギルドに所属していない理由には十分だ。だが、それなら鑑定は何だったんだ? ギルドに入るのには必要なのだろう? それに、申請だって……。


「申請はしたはずだぞ?」


 鑑定のことを振り返ってみる。


 確か、一人ずつ鑑定の間に呼ばれた後、質問をされた。まあ、質問の内容はおかしかったが、別にそれが申請されていないのと直接関わることはないだろう。その後は、鑑定が終わって能力の発表とか色々した。それで終了だったはずだ。


 やはり、特に変なところはなかったはずだぞ? 悩んでいると、ナユタが自信ありげに言った。


「キミは、申請に立ち会ったのかい?」


 そう言われ気づく。そういえば、立ち会ってはいない。申請したところをこの目で見ていない。タケミカヅチが申請しておくと言っただけのはずだ。


 だがそうだったとしても、戦闘状態になることができるのだから、所属していないはずはないぞ。


「戦闘状態になれるのは何でなんだ?」


「あー。それは多分、仮の状態のことなんだよ。鑑定をした直後では仮の戦闘状態、ギルドに所属した後が本当の戦闘状態。」


「仮……か。」


 ここまで言われれば、納得しないわけにもいかないだろう。


 それにしても、仮の状態があるなんてな。というか、なんで俺たちは申請されていなかったんだ? 何か裏でもあったのだろうか。


 まあでも、タケミカヅチのことだし、何をしていてもおかしくはないだろう。俺を殺しに来る奴に協力するくらいなんだしな。


「OK。わかった。じゃあ、お前のことは考えておく。」


「ぃやったー! ありがとう、レージ君!」


「だから……その……。服をとってくれ。流石にこの恰好はきつい。」


 心底嬉しそうなナユタは飛び跳ねている。だが俺は事を大きくしたくないので、服を着たい。ここで誰かが入ってきたら、どんな勘違いをされるかわかったもんじゃない。


 はあ、いつから俺の脳は、常に最悪の事態を考えるようなったのだろう。


「わあああっ! ご、ごごご、ごめんねっ! その、なんか夢中だったから。あ! 別にキミの体に、とかじゃないよ!? そんな変態じゃないからね!? 僕を信用してくれるならと思っての行動だったんだ! だからその……、ね?」


「いや、早く服をくれないか?」


 『ああ!』と、思い出すような動作をしてから服をかき集めるナユタ。言い訳に集中しすぎて、10秒前のことすら忘れていたとは……。でもまあ、これで危機は脱し――。


「レージ! 食堂に行く……ぞ……。」


「てないっ! いや、待ってくれリベリア! 俺たちは何もしていないからな!? ちょっと色々調べるために……な?」


 リベリアは、入ってきたまま硬直して動かない。その上、口が開いたまま制止している。無意識に言い訳が出てきたが、その言葉もリベリアには届いていないようだ。


 何もすることが出来ないまま、俺たちは三人とも沈黙の中で硬直する。どうすれば良いんだ!?


 果てしなくピンチなのに、何もすることが出来ない。この硬直を解いてしまうと、さらに場が混乱してしまいそうな気がするからだ。


 どうすれば良いんだよ!?


「あのー、リベリア……さん? おーい、僕のことが見えますかー? 声が聞こえますかー? どうやら、驚きすぎて意識が飛んでいるんだと思うけど……。どうする?」


「そりゃあ、今のうちに服を着るに決まってるだろ!」


 急いで服を着直す。


 服を着終わり、一息ついた時にリベリアが動き出した。状況が理解できないのか、キョロキョロと辺りを見回す。


「ん? 私は何を……?」


「いいい、いや、何もしていなかったよ!?」


「そ、そうだそうだ。それより早く飯を食いに行こうぜ?」


 俺たちの慌てぶりは不審だっただろうが、ちょっとの間の後で思い出したようにうなずく。


「そうだな。ほら、早く行くぞ! ナユタとやらも、早く!」


「そんなに急ぐなって。」


 ぐいぐいと俺の袖を引っ張るリベリア。かなり力が強かったが頑張って耐えて、部屋の様子を見る。


 うん、何も問題はないだろう。服の着忘れがあったら大変だったが、大丈夫だ。どうなるかと思ったぞ、本当に。

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