三話 五六と許嫁

 目が覚めると、目の前には見慣れた天井。窓からは昇りきった太陽が見える。


 俺は、何をしていたんだ? 何かを必死に探していたような……。


「起きたかい? それにしても、レディの部屋にノックも無しで入るだなんて、とんだ無礼者だね。」


 隣には、見覚えのある美少年。見覚えはあるのだが、なぜか新鮮な気持ちだ。知っているはずなのに、知らない。


 しかも『レディの部屋にノックも無しで入る』って、何のことなんだ?


「うっ……。」


「ああ、ダメだよ。もう少し安静にしていないと。」


 思い出そうとすると、頭に痛みが……。俺は、何を探していたんだ? 何かを探していた、ということしか思い出せない。記憶でも失ったのか?


 必死に思い出そうとしていると、ドアをノックする音が聞こえた。それに、美少年が反応する。反応を聞いて入ってきたのは五六だった。


「あの、その、えと、……先ほどは失礼しました。ついというか、不可抗力というか、無意識で……。」


「? 何のことだ?」


「ええ!? お、覚えてないんですか!? ま、まあそれはそれで良いですけど。」


「何だよ、教えてくれよ。何か、思い出せそうで思い出せないから、もやもやするんだ。」


「こらこら、レディには隠したいこともあるんだよ。詮索はいけないことだよ。」


「? そう……なのか?」


 なんだか、良いように言いくるめられた気がするが、まあ今回は良しとするか。それはそうとして、もう一つ何かを忘れている気がする。こっちの方がもっともっと大事で、早急に対処すべき事なような……。


「ああああっ! お前、誰だよ!?」


「え? 今更……かい?」


「今更も何も、いきなり現れて名前も名乗らず、なぜか俺の名前を知っているのが悪いだろ。どう考えてもお前に過失があるな、うん!」


「いやいや、勝手に納得されても……。」


 困った顔をして頭をかいている美少年。いったい、誰なんだ? 俺はこいつに見覚えがない。だからといって、接点がゼロと言い切れるわけではない。何か噂でも流れたのだろうか。でも、そんなことはした覚えがないぞ。


 眉間にしわを寄せ、まじまじと美少年を見る俺。だが、やはり見覚えはない。


「では、自己紹介をしようか。僕はウェポンタイプキャットノーマルのナユタ。よろしくね!」


「んん? うぇぽんたいぷ……何だって?」


「ウェポンタイプキャットノーマル。これは種族っていうか、種族の中でも区別されているっていうか……。」


「ちょ、ちょっと待って下さい! 全く話についていけないんですが!? そもそも、あなたと先輩に何の接点があるというのですか!?」


 話を遮るように入ってきた五六。確かに、俺もそれは考えていた。でも、五六がやけに慌てているというか、ムキになっているというか……。


 何かいけないことでもあったのか?


「ま、俺もそれは知りたいな。」


「うーんと、それは……ね。ちょっと言いづらいんだけど。」


 急に頬を赤らめ、もじもじとし始めるナユタ。なんだこいつ、気持ち悪いぞ。五六の方を見ると、顔が引きつっていた。


 おそらく俺と同じ感情を持ち、引いているのだろう。


「……僕はレージ君の……その、許嫁なんだ。」


「「え? ……ええええええええええっ!?」」


「お、お前女だったのか!?」


「重要視すべきところはそこじゃないでしょう! 許嫁って、許嫁ってどういうことですかああ!」


 俺、五六ともに錯乱状態にある。どういうことか理解が出来ないぞ。男だと思ってた奴が実は女で、しかも許嫁って……。


 あれ? 許嫁って何だっけ。シリタクモナイヨネ、ホント。


「許嫁って、いつの時代の人ですかあなた!」


「おうおう、それにはちょっともの申したいことがある。ここは異世界だぞ、そりゃあ許嫁制度もあるだろ。」


「なんでそんなに冷静なんですか!? もうちょっと危機感を持って下さいよ本当に!」


 五六は俺とナユタにつばをかけまくる勢いで(かけてはいない)がみがみとあれこれ言っている。ナユタの方は相変わらず、困った顔をしていた。


 それにしても、危機感なんてものを持つ意味がわからないんだが? だって、俺はこことは違う世界の住民であって、幼少期はそちらで過ごしているんだし。


 そう言いたいのだが、言うことが出来ないほどに質問攻めをしている五六。何がそんなに楽しいんだか。


「……一旦落ち着け。」


「だいたいあなたはですねえ!? 初対面の人にいきなり許嫁って、頭おかしいんですか!?」


「……おーい聞こえてるかー? 落ち着けって言っているだろ!?」


「いやあ、そんなこと言われても親の問題だし……。僕たちにはどうすることも出来無いよ……。」


「……ちょっと、話を聞いてくれないですかねえ。ちょっと、お二方? ちょっと!?」


 俺がどんなに頑張って声をかけても、全く気づいてくれない。何かもういいや。どうせ俺なんか、どうせ俺なんか……。


 まあ、そんな自虐おいといて。今回もだが、五六は俺の事になると何でそんなに必死になるんだ?


 ……! もしかして、そんなに俺の事を心配してくれているのか!? うんうん、きっとそうだ。なんていい友を持ったんだろう、俺は。


「ありがとな! 五六!」


 その感謝の言葉は、繰り返し繰り返し発せられる質問と、弱めの抵抗の言葉の中に消えていった。

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