二話 杞憂と静けさ

 勢いよく部屋から飛び出したは良いが、どこへ向かえば良いか見当が付かない。とりあえず五六の安全を確認しなければ。


「五六の部屋は確か……こっちだな!」


 まっすぐに五六の部屋に向かう。先ほどの夢が正夢になってしまった場合、五六の身が危ない。俺の杞憂であってくれればありがたいんだが。


 そんなことを考えながら全力で走る。目の前には、曲がり角が迫っていた。この角を右に曲がってすぐに五六の部屋があるはずだ。


「無事でいてくれよ……!」


 急いで曲がり角を曲がろうとしたそのとき、何かにぶつかった。勢いが強かったため、体に強めの衝撃がかかる。


「うぐっ……!」


 ぶつかった反動に抵抗することが出来無いまま、そのまま倒れる。何か、とても硬いものにぶつかったようで、左半身に痛みが残っていた。


 痛みに顔をゆがめながら前を見る。そこに、視界を遮るものは何もなかった。目の前には廊下。誰もいない廊下だった。


「え? 俺、今確かにぶつかったよな。何で誰も……?」


 体には、確かに痛みがあるのに何もない。走ってきた道を見てみたものの、やはり誰もいなかった。俺は、何にぶつかったんだ?


 見渡す限り、俺以外にここには人がいない。なら、何に……?


「それにしても、気持ち悪いくらいに誰もいないな……。静かすぎる……。」


 この時間帯は、確かに人通りは少ない。だが、ここまで物音が立たないことはないはずだ。何か、何かある。とりあえず、それも五六にあってからだ。


 すぐに立ち上がって五六の部屋に入ろうとする。部屋のドアノブに触れる瞬間に、指先に衝撃が走った。


「うあっ!」


 驚いて、尻餅をつく。今、確かに何かに当たった。というよりは、攻撃されたような感じだった。


 それは、今までに感じたことのある感覚……。自分の指先を見ながら、その覚えのある感覚を模索する。


「俺が攻撃されたときの痛み……か。」


 最初はフィンに殴られたときの痛み。でもあれは、もっと強くて、鈍い痛みだったはずだ。この痛みはとても鋭い。


 次はギリとかいう奴。でも、あいつも鈍い痛みだ。


 鋭い痛みは……?


「……! これは、電気! どうりで思い出せないわけだ。あれは攻撃じゃない。」


 そう、この感覚はあの防壁だ。転送される前に閉じ込められたあの空間。確か、外に出さないために、壁に触れると電気が走るようになっていたよな。それに、文字が書かれているはず……。


「……文字。」


 自分の仮説を証明する為にもう一度、ドアノブに触れようと手を伸ばす。確かめるためにと言っても、流石に自分から痛みを受けるようなことをするのは怖いな。


 ゆっくり、ゆっくりとドアノブに手が近付く。


「キミがレージ君かい?」


「うああああああああっ!」


 物音が一切しないなか、いきなり声がしたためとても驚いた。その上、変な緊張をしていたからか、さらに驚きが倍増している。


 声の主が誰かと、周りを見回す。だが、誰もいなかった。


「え? さっきの声は?」


「こっちだよ、レージ君。」


 声のする方を向くと、人が立っていた。先ほどまで、気味が悪いほど人がいなかったというのに。


 目の前にいたのは、美少年だった。身長は俺より少し小さいくらいで、顔は少し大人しい感じ。ユーリとは違い、イケメンというよりは、美少年だった。この二つに明確な違いがあるのかと問われると困るが、これはもうイメージの問題だろう。


 美少年は、とても軽そうな装備をしていた。金属でできた胸当て。他にも似たような金属でできたプロテクターが、肩、肘、手首、腰、膝に。そして靴も同じようなものだった。耳には、俺と同じ羽根飾り。


 プロテクター達の下には、温かそうな黒のセーター。ズボンは、意外にもジーンズに似た生地だった。


 髪は長めで、下の方で結んである。結んであるリボンには不思議な文様が描かれていた。藍色の髪に、碧眼。


 そんな感じで、まじまじとその男を見ていると、どんどん女に見えてきた。恰好は完全に男なのだが、顔が女っぽい。そして何よりも違和感があるのは……。


「なんだそのカチューシャはああああっ! お前は女装好きか!?」


「ええええ? な、何があったんだい? いきなりそんなことを言い始めるなんて……。」


「あ、すまん。思考回路が死んでいるだけだ。気にするな。」


「へ、へえ。レージ君って、意外と変わっているんだね。」


 あれ? 俺さっきまで、何かしてたよな。何しようとしていたんだっけ……? んー、確か誰かを探していたような。


「……そうだ! 五六!」


 すぐに扉の方にむき直し、立ち上がる。また電気が走る恐れがあったものの、今回は大丈夫そうで何も起こらなかった。


 そのまま扉を開け、中に入っていく。部屋は、入ってすぐだとベッドが死角にある。そのためすぐには確認出来ない。


 徐々に中へ進む。するとベッドの端から、少しずつ見えてきた。


「五六! ……あ。」


 目の前には、こちらに背を向けた五六。どうやら、夢のことは杞憂だったようだが、状況は引き続きピンチのままだ。


 さて、どうしてこうなったのか。考えればわかることだったのに、なぜ考えなかったのか。そう後悔してしまう景色。


 背を向けた五六は、一糸まとわぬ姿だった。


「え? せ、先輩いいいいっ!? な、何ですか!? 変態ですか!? のぞき魔ですかあっ!?」


 一気に顔が紅くなった五六。危険を悟ったときには、もう目の前に拳があった。

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