十四話 リベリアとリグリア

 突然叫び声を上げて崩れるリベリア。心配になり、慌てて近寄る。手をさしのべると、はじき返されてしまった。リベリアにはじき返されたのでは無い。結界のようなものに、はじかれたのだ。


「何だ!? これ!」


 広い草原の片隅に、俺とリベリアの二人だけ。いつの間にかフィンもいなくなっていて、助けを呼ぼうにもリベリアを一人には出来無い。


 先ほどまで快晴だった空には、暗雲が立ちこめている。気のせいかもしれないが、俺たちの真上がより一層濃い雲に覆われている気がした。


「おい! しっかりしろ、リベリア!」


「……助けて……レージッ!」


 リベリアは苦しそうにもがきながら、こちらに助けを求める。だが、結界のせいで触れることすらかなわない。もう、実力行使しか選択肢は無いだろう。


無のナイフニエンテコルテッロ!」


 すぐにウェポンを展開して、勢いのまま結界に向けて振り抜く。だが、ナイフはあっけなくはじき返された。それに、凄い反動も伴っている。それをどうにか踏ん張って耐えた。そして、もう一度斬りつける。


「おい、リベリア! これ何とか出来無いのか!?」


 問いただしても、苦しそうに唸るだけで返答は無い。これはかなり危険だ。嫌な予感がする。こういうときに限って、勘が良く当たるからな。


 そう考えながらも、速く、強く斬りつけていく。だが、結界には何の変化も無い。


「くそっ! 何か、何か無いのか!? 助ける方法は!?」


 ひたすら斬っているだけでは何も起きない。こんなのはただの気休めだ。頭をフル回転させて、何か無いか考える。


 助けを呼ぶのは出来無い。距離もあるし、こんな所にリベリアを放ってはおけない。このまま斬っててもダメだ。結界を解く方法は無いのか!? すぐ解くことができる方法……。


「……! そうだ! 正式なイカサマトルッチウフィチャーレ!」


 今回もうまくいったようで、左手にはしっかりと黒いナイフが握られている。すぐに無のナイフニエンテコルテッロを投げ捨てて、両手でナイフを握った。


 本来とは反対に持った状態で結界に突き立て、思い切り振り下ろす。その瞬間、鉄を力ずくで貫いたような音とリベリアの悲鳴が耳に届いた。


「ああぁあぁぁああぁあああっ!!」


 そのとても苦しそうな声に迷いを持ってしまい、ナイフを握る手から力が少し抜けてしまった。その迷いが仇となり、とてつもない力ではじき飛ばされる。


 抵抗が出来無いまま、リベリアから遠ざかっていく視界の中に、折れたナイフが写った。それに驚く暇も無く、次は背中に激しい痛みが走る。その後、何度も色々なところを殴打しながら転がった。止まったときには、リベリアが遠くにいて、体にも力が入らない。


 こんな時でも、俺は仲間を守れないのか。そんなことを考えてしまう。ぼやける視界の中に苦しむリベリアが見え、耳には悲痛な叫び声が届く。


「……くそっ……!」


 痛みで動かすのも辛い体を、気合いで何とか起こす。右腕はもう動かなさそうだ。右腕を押さえ、何度も倒れそうになりながら一歩ずつ進む。


 自分でも、何でこんなにあいつを助けたいのかわからない。だけど、ここであいつを助けないと何もかも終わってしまう気がしたのは確かだ。


 いっこうに縮まらない距離などは考えずに、ひたすら歩く。そんな努力を壊すかのように、信じられない事が起こった。


「嘘……だろ……!?」


 先ほどまでいた場所の雲が、濃かったのは気のせいじゃ無かった。リベリアのいる真上の雲が、渦を巻きながらゆっくりと降下してきているのだ。助けに行きたいが、走ることはかなわない。ただ、呆然とその状況を見ることしか出来無かった。


 渦巻いて降下してくる真っ黒な雲は、リベリアに向かってまっすぐ降りてくる。バリバリと音を立てて閃光が走っていた。ゆっくりと近付いてくる雲は、リベリアを飲み込むように地に着く。リベリアを飲み込んだ雲は、まるで役目を終えたかのように真ん中で分離して、上に戻っていった。だが、リベリアを覆う雲は依然として消えない。


 それまで呆然としていたが我に返り、急いでリベリアの元へ向かう。痛みも幾分かは引いていたが、走ることは出来無かった。だがまたしても、努力をあざ笑うかのように絶望的なことが起きる。


 リベリアにまとわりついていた雲が吹き飛ばされたかと思うと、リベリアとは違う、別の誰かがいた。その手にはレイピアのような細剣が握られている。


「誰だ!? お前!」


 その女は、銀色の髪に、リベリアよりも濃い紅の眼。そして大人びた体つきで、服はリベリアと同じものを着ていた。


「フフフ……。誰だとは愚問だな、少年。我は『リグリア・シャルティ』。ゼロに殺された、元帝国国王の孫だ。そして、アベ・レージ。お前を殺す者の名だ!」


「リグリア・シャルティ……。そんなことより、リベリアはどうした!? リベリアを返せ!」


「くっくっく、リベリアは私の傀儡。元々死ぬはずだった命を私が救ってやっただけ。所有権は私にあるというのに、返せだなんて。笑わせてくれる!」


 リベリアが傀儡? 所有権? 何のことだかさっぱりだ。それにしても、嫌な予感は的中か。まさか俺の命が狙われているなんてな。圧倒的不利な状況、まずはこれをどうくぐり抜けるかだ。


「安心しろ、一瞬で仕留める。『騒嵐の使徒アポストル・テンペスト』。」


 リグリアがそう呟くと、持っていた細剣が緑色に光った。それと同時に、竜巻のように渦巻くものが剣をまとう。フッと、笑ってから、女は俺に斬りかかってきた。距離はかなり離れているはずなのに、凄い速さで距離を詰めてくる。


 ウェポンを何も展開していない俺は、死を悟ることしか出来無かった。

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