七話 巨漢と赤い眼

 五六、四十川ともに無事鑑定を終えた。元々危険が伴うわけではないが……。まあ、それはおいておこう。


 タケミカヅチさんはとても優しく、ギルドのみんなも親しくしてくれた。フィンはいったんリコルディアに帰り、また迎えに来るという。ヒーラーの『ルル』さんも、明日はつきっきりでウェポンの訓練につきあってくれるらしい。


 ルルさんは獣人族の生まれで、狐型だ。かわいらしい女の子に見えるが、実は32歳という凄いギャップがある。ピンク色の髪が特徴で、眼はとてもきれいな青をしている。服装は……リディアと似ていて子供っぽい。


 まあとりあえず、明日説明があるらしいから、今日は休まなければいけない。


 翌日。なぜかはわからないが、新しい部屋だというのにリベリアがいた。リベリアにこの部屋は教えていないのに……。本当に凄い探査能力だこと。


 俺はいやがるリベリアを無理矢理引きはがして、タケミカヅチさんの所まで持って行った。


「タケミカヅチさん、この子をどうにかして下さい。あと、本当に十五歳なんですか? どう見ても知能指数が幼児並みですけど。」


 素朴な疑問と共に、困った顔をしたタケミカヅチさんに押しつける。彼はやれやれといった動作をして疑問に答えてくれた。


「なぜかは知らないけど、この子は戦闘を離れると子供のようになってしまうんだよね。育ちが育ちだからなのかもしれないけど。」


 ほお、それはまた奇怪なことで。と、心の中で皮肉を言って部屋を後にする。とりあえず俺は訓練の為に防具を準備しなければならない。それも午前中に。勿論、お金は前に錬金してもらった金貨だ。午後に集合するようにいわれたから、多分単独行動になるだろう。


「『イニーツィオ』、始まりの町……か!」


 早速俺は、町へ出て観光をしていた。時間はあるからとりあえず散策してみようと考えたからだ。それにしてもこの違和感は気になるな。何か気持ちよく観光することが出来無い。


 違和感から離れたくなり町を外れて歩いていると、大きな水たまりがあった。湖だろう。町の中に湖があるとは思いもしなかったから、凄く驚いた。


「不思議な町だな……。」


 顎に手を当てながら湖の周りを歩いて行く。湖面がキラキラとしていてきれいだった。


 湖の方を見ながら歩いていたせいで、何かにぶつかってしまう。人だったらいけないと思って前を向くと、ごつい顔をした巨漢がいた。おそらくその取り巻きのひょろっとした男が二人、巨漢の後ろからニヤニヤとこっちを見ている。


「す、すいませんでした。不注意でぶつかってしまって……。」


 巨漢からの圧が凄く、怖じ気づいてへっぴり腰になりながら謝る。そーっと上を見ると、巨漢は表情を一切変えずにこっちをにらみつけていた。反射的にもう一度謝る。


「すいませんでしたああ!」


「おいおい、お兄さんよお。そんなことで、この『ギリ』様が許してくれると思ってんのかあ? ああ! もう死ぬくらいしか償う方法はねえなあ!」


 取り巻きがゆっくりと近付きながら言った。


 言葉を言い終わると同時に、もう一人の取り巻きと共にナイフを腰から抜き取る。徐々に近付いてくる二人のナイフがきらりと光った。


 近付かれるのと同じ速度で後ずさりをする俺は、必死で打開策を考える。


 ここは町だからあんなので刺されたら命が危ない。今は単独行動だから俺しかいない。しかも町外れだから、さらに人がいない。ウェポンの習得は午後からだし、護身術もナイフを持ってる人にしかける勇気は無い。町外れだといっても町であることには変わりないから、出来るだけ穏便に済ませなければいけない。


 ……『はったり』が一番良い方法か。最高『とんずら』最低『死』。この二つを天秤にはかけたくなかったが仕方ない。


「はあ、ここは俺に免じて引いてくれないか? 出来るだけ穏便に済ませたいんだ。」


 はったり……というかほぼ事実なのだが、出来るだけ余裕な感じを出して言う。内心はもう緊張でめちゃくちゃだ。


「なんだとてめえ! なめてんのか!」


「だから穏便に済ませたいって言っているだろ。お前らなんて俺にかかれば一撃だからな。」


 いかにも雑魚敵が言うような言葉に、中二心がくすぐられる。売り言葉に買い言葉って感じで、もう後には引けない雰囲気になってしまった。


「はっ! そんなのはったりに決まってるだろうが。」


 巨漢が静かに言った。はったりと言えばはったりだが、一応出来ないことも無いぞと言いたくなるが、それは押さえてどうしたら良いかを考える。……しょうがない、もうどうにでもなってくれ。


「さあ? どうだろうね。」


 ふっきれて、挑発的な言葉をかける。三人の顔が一気にゆがんだ。危機を感じて身構える。


「喧嘩売ってんのか!」


と、取り巻きの一人が叫んでナイフを振り下ろしてきた。すっと自然に躱し、腕をつかんで引きながら肩を思いっきり押す。男はうめき声を上げてナイフを落とした。


 なぜこんなに自然に出来たのか驚きたいところだが、今はそんなことを考える余裕がない。すぐに男が落としたナイフをとって、心苦しいがアキレス腱を斬る。


 すると、青い細かなブロックが空中に飛散した。先ほどまで腕をつかんでいたはずの男が、忽然と消えたのだ。


「これが……『戦闘状態』!」


 初めて見る光景に思わず感嘆の声が出る。だけど戦闘状態なら好都合だ。なんせ、けが人とか死人が出なくてすむからな。しかも、元いた世界とは違って、からだが軽いというか思い通りに動く。多分この世界のシステム上、そうなっているのだろう。


 軽い分析をしていると、まだ空中で漂っていた細かなブロックがいきなり空に吸い込まれるように飛んでいった。ギルドに強制転送されたのだろう。しかし凄い世界だ。


「よくも俺の仲間を!」


と、いかにも雑魚敵のようなセリフを叫びながら、もう一人の取り巻きが襲いかかってくる。振り下ろされたナイフが、俺にはコマ送りしたように見えた。おそらくこれが回避能力なのだろう。


 コマ送りなので当たるわけもなく、俺はゆっくりと近付いてくる腕をつかんで地面の方に向かって強く引きながら、肘を本来とは違う方向へおるようにそのまま膝蹴りをする。すぐに叫び声と共にブロックが空中に飛散し、空へと飛んでいった。


 やはり不思議だなと考えながら呆然としていると、先ほどまで表情一つ変えずにいた巨漢の顔が一気に引きつる。


「てめえ、俺が悪名高い『ギリ』様だと知っての行為か? まあそんなことはどうでも良い。俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやる!」


 何だか、映画の一シーンのような状況で緊張感と高揚感に駆られ、右手の手のひらを上に向けて前に出し、手招きをするようにクイッと二回挑発する。


 巨漢はフッと笑ってからボクシングのようなかたちで両手を構え、見た目にそぐわない軽いフットワークを始めた。かと思いきや一瞬にして巨漢が消える。


 何が起こったか分からないまま腹部に衝撃が走った。


「かはっ!」


 あまりの衝撃に息が一瞬止まる。みぞおちに入ったわけではないのに凄い痛みだ。


 痛みで朦朧とする視界の中に、巨漢の影が映った。先ほどまでいた場所に立っている。立っているのが精一杯なほどに痛む腹を押さえながら、何とか体を起こして質問をした。


「げほっ、はあ、はあ、お前、何したんだ?」


「へっ。そんなことどうでも良いだろ。と言いたいところだが、俺の取り巻きを倒したお前には特別に教えてやるよ。今俺が使ったのはウェポンだ。ただそれに俺のスピードを掛け合わせただけのシンプルなもの。それでお前は瀕死になっているんだがな。全く、期待外れにも程があるぜ。」


 俺を見下して嘲笑するように言うその姿には腹が立ったが、まだ俺が優位なことに変わりは無いようだ。なぜならあの巨漢は完全におびえているから。


 少し考えてみろ、自分が絶対的有利で相手が瀕死。こんな状況で何で距離を置く? 普通に考えてとどめを刺すか、もっと見下せる位置で話しかけるだろ。だけどあいつは元々いた位置で余裕な感じを出して振る舞っている。


 俺が言えたことではないが、あいつは『チキン』だ。従って、俺がはったりを今かましたら身構えて行動に隙が出来る、もしくは動揺により何らかの変化が出来るはずだ。


 少し痛みが治まったところで、未だにだらだらと話し続けているチキン野郎に挑発する。


「おいおい、なんでもっと近くに来ないんだ? 俺は瀕死なはずなんだろ? ……もしかしてびびってるのか? 図体でかいくせしてずいぶんな小心者だな。」


 命がけの挑発を言うと、ギリは話をやめてこちらをにらみつけた。ものすごい形相でにらみつけてくるギリに恐怖を覚えながらも、必死で堂々と振る舞う。


「いきがるんじゃねえ! ……ぶっ殺す。俺に刃向かったことをせいぜい後悔するんだな! 『憎しみの拳アスティオプーニョ』。」


 男が静かに言う。すると、青いブロックが巨漢の腕にまとわりつくようにくっついていった。


 徐々にかたちを変えていく腕に嫌な予感を覚えて一歩下がる。男は右手をゆっくりとあげ、広げていたブロックだらけの手を強く握った。その瞬間に青いブロックが飛び散り、男の腕が姿を現す。


 その腕は、真っ黒く光沢のある硬そうなものになっていた。その腕に、瘴気のようなもやがうねうねと、蛇のようにまとわりついている。


 突然腕をだらんと下ろしたかと思うと、ゆっくりと一歩ずつこちらに近付いてきた。ふと顔の方に目を向けると、ニヤニヤとした気味の悪い笑みを浮かべてよだれを垂らしていた。完全に正気を保っていない。


 いつの間にか眼が赤く光り、動くたびに真っ赤な筋が尾を引いた。男の右手から感じる嫌なオーラに気圧されて足がすくむ。しかし、さっきのように一瞬で攻撃はしてこなかった。何を考えているか全く読めない。空気が重く感じられ、一歩も動くことは出来無い。徐々に近くに迫る不気味な男。殺される……!


 そう悟ったとき、男の顔がひしゃげ、一瞬にして姿が消えた。


「……え?」

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