五話 『韋駄天』と鑑定

 翌日、俺は昨日のような怒号を飛ばして始まった。今日は早めに出るとのことで、まだ日が低くほの暗い頃に外へ出る。ひんやりとした空気が体をなで回すように吹き抜けた。


 リベリアを含めた高校メンバーは寒さをしのごうとしている。


「うう、寒いなあ。」


 四十川が手をさすりながら言った。確かに寒い。今はどんな季節なのだろうか、という考えが浮かんだがそもそもこの世界に『四季』があるかも不明なことに気づいて、考えるのをやめる。


 しかし寒い。フィンの奴は何をしているんだ。全く姿を現す気配がないな。ひどい話だ。自分が呼んどいて遅れるとか本当に失礼だぞ。次から次へとフィンへの不満が浮かんでくる。


 いつからこんなに偏屈になったのだろうか……。などと自分に呆れていると、右の方からガラガラという音が聞こえてきた。何の音だろうと右を向くと、馬車がゆっくりとこちらへ向かってきていた。誰か乗っているのだが、暗くて誰かはわからない。


 俺らの前に馬車が止まる。同時に後ろからふぬけた声が聞こえた。


「おお、みんなお早いことで。」


「どんだけ待たせてんだよ。てめえは。」


「悪いな。色々と立て込んでたんだよ。」


 そういえばこいつも一応ギルドマスターだったな。忙しいと言えば忙しいのか。まあ、そんなことは俺には関係が無いのだが。とりあえず目前のことに集中しなければならない。


「みんな馬車に乗れ。山田はここで、ユーリはもう一つの馬車に乗ってくれ。リベリアは……そうだな、一応この馬車に乗ってくれ。」


「やったああ! 少年と一緒! 少年と一緒!」


 なんだか、リベリアの小学生化が進んでいる気がする。そして、リベリアはなぜかは知らないが絶対に俺にひっついてくる。やはり幼児のような……まあ、深くは考えないでおくか。


 ちなみに、ユーリと山田が別行動なのは所属すると決めたギルドが違ったからだ。ユーリは『ワイバーン』に、山田は『ガーディアン』に入るらしい。四十川と五六と俺は、奇跡的にも同じギルドを選んだ。


 これからはいったん別で、ウェポンの習得などをしていくことになっている。ふう、という溜息と共に堅い木の板で出来た馬車の椅子に座った。


「出るぞ!」


 フィンがこちらに向かって大きな声で言った。俺たちはうなずいて返事をする。ゆっくりと進み始めた馬車。


 もう、辺りは明るくなり始めていた。山の間から顔をのぞかせていた太陽が、もうかなり上がって周りの木々と草木を包むように照らしている。とても神秘を感じる景色だった。


 どんどん街から遠ざかっていく。見覚えのある景色に、ここに転送されたばかりのことを思い出した。遠くに見える街と、それを囲むようにそびえ立つ赤と白の山。風に揺れる草花などが視界いっぱいに広がり、まさに『自然』を全身で感じている感覚だ。


 しばらく目を瞑って深呼吸をする。目を開けたときには、すでに街が見えなくなっていた。後ろばかり見ていてもと思い、前を向くと二つの家々が見えた。


 片方は村のようで、木で出来た家がたくさんある。もう片方は石造りで、背の高い家が建ち並ぶ街のようだ。少し違和感があったのは、どちらも柵のようなものが街を囲むようにあることだ。確かに『はぐれ』のモンスターが来る心配はあるが、聞いたところだとそこまで頻繁に現れるわけではないらしい。


 何か、何か街で抱えている問題がありそうだ。憶測に憶測を重ねていたが、らちがあかなさそうで考えるのをやめると、タイミング良くフィンがついたことを知らせに来た。


「着いたぞ。ここは『イニーツィオ』といって、新米冒険者が集まるところでありながら、ギルド『韋駄天』が治める地域となっている。」


「「「おおおお!」」」


 見た感じだと、大きい方の街だ。なんだか活気がある。目の前はおそらく大通りなのだろう。道の両端にところせましと屋台が並んでいた。


 武具に防具と始まり、果物、野菜、魚などの食料、アクセサリー……は多分、身体の強化とかが出来るのだろう。


 わくわくとしながら街を眺めていたが、また違和感を感じた。街の人々は活気がある。活気があるのだが、とても必死というか何というか、追い詰められた感じが隠しきれていないような気がした。


 そのように、あっちこっちと目移りしながら街を眺めていると、リベリアがクイッと、服を引っ張ってくる。リベリアは不思議そうな顔でこっちを見ていた。


「降りないのか? 少年。」


 ん? 俺降りてなかったのか。もう、頭の中では街を観光していたのだが。


 まあ、このままでは何も出来ないので馬車から降りる。のびをすると、ずっと座っていたからか少しの立ちくらみと共に、骨がポキポキッと鳴った。朝早く起きたのでとても眠い。あくびをしながら道の真ん中を突っ切っていく。


 ふと、足下を見ると、きれいで柔らかいオフホワイトの色をした石が敷き詰められていた。その道は街を進んでも尚、変わることなく続いている。


 しばらくすると石がなくなる。その道が途切れたところでフィンが立ち止まった。


「ここが、ギルド『韋駄天』の拠点だ。ギルドへの申請はここで行う。」


 目の前には大きな別荘のような感じの建物がそびえ立っていた。本当に小さめのギルドなのか? という疑問が浮かぶほどだった。


 白い煉瓦の壁に朱色の屋根。高さは、おそらく三、四階建てだろう。窓は格子が駆けてあり、中の様子は……ガラスにスモークがかかっていてうかがえなかった。


 俺が、高く迫り来るような迫力に唖然としていると、こちらもまた大きな両開きのドアが重そうにゆっくりと動く。扉の影から、背の高い男が出てきた。


「おはようございます。お会いできて光栄です。ギルド『ガーディアン』の現ギルドマスター『フィン・カードナー』さん。そして、ようこそ『韋駄天』へ! レージさん、葉月さん、美瑠さん。」


 さわやかな声で俺たちに会釈したのは、浴衣のような服を着た男だった。肩にはとても小さい昔の女性のような服、おそらく十二単を着た可愛い女の子が乗っている。


 男の髪型は、某有名アニメのキレやすいサイヤ人のような髪で茶色だ。片方の目には、目と垂直に派手な切り傷が入っていて瞑ったままでいる。瞳の色はすんだ紫色。それにしても何だか、浴衣のような服はとても防御性能が低そうだ。


「こちらはギルド『韋駄天』のギルドマスター、『タケミカヅチ』さんだ。」


「よろしく。」


 いきなり紹介が入り、ぎこちない笑顔と共に礼をしてしまった。この人がギルドマスターだったのか。


 ……それは良いとして、やはり肩に乗っている女の子が気になる。眉間にしわを寄せて、前傾姿勢で目をこらした。自分がもうゼロ距離まで近付いていたのに気づいたのは、その女の子に怪訝そうな顔をされたときだった。


「ああ、この子が気になるかい? レージ君。この子は僕の精霊の『ウンディーネ』だよ。水を操るのが得意なんだ。」


 ひたすら女の子に集中していた為、びっくりして短い叫び声が出てしまった。精霊か……、これもウェポンの内の一つなのだろう。そんな感じで自分の世界に入り込んでいると、突然笑い声が聞こえた。


「はははっ! レージ君は観察が好きなんだね。良いことだ。うんうん。」


 なんか変な第一印象がついてしまった気がするが、まあ良いか。とりあえずギルドの申請をしなきゃいけない。


 タケミカヅチさんがこっちだと手招きをした。俺たちはそれについて行く。中に入ると、俺たちがいた酒場とはまた違う、モダンな雰囲気が出た建物だった。


 一階から四階まで、真ん中が四角く吹き抜けになっていて、天井には幾つかの窓があり、暖かみのある日差しが差し込んできている。内側の壁は全て木で出来ているからか、とても温かい。おそらく断熱材の役割をしているのだろう。


 辺りをキョロキョロと見回しながらどんどん奥へと進んでいった。ある扉の前でみんなが止まる。扉の横には表札のようなものが張ってあった。表札の上に日本語訳が現れる。『鑑定の間』と書いてあった。


「ここは、ギルドの申請および『レベル』、『ステータス』、『スキル』、『ウェポン』などの鑑定が出来る場所だよ。」


 『レベル』と『ステータス』と『スキル』は知らないな。まあ、後で説明が入るか。


「じゃあ、まずレージ君から入ってきて。個人情報が多いから、一人ずつだ。」


「は、はい。」


 妙な緊張感の中、開かれた扉をくぐる。その部屋は白いシーツが敷かれたテーブルと、向かい合うように置かれた椅子だけの質素な部屋だった。だけど、不思議なオーラが漂っている感じがする。


 少し気圧されて立ちすくんでいると、座るように促された。おそるおそる椅子に座り、目の前に座っているタケミカヅチさんを見る。


「これから君に幾つか質問をするよ。いいかい?」


「あ、その前に良いですか?」


 自然と口が開いてしまった。やはり性分なのだろうか。疑問はすぐに解決したくなってしまう。


「良いとも。」


「『鑑定』ってなんですか?」


「んー、そうだねえ。まず、鑑定はそれぞれのギルドに専門家がいるんだ。僕はギルドマスター兼鑑定士だけどね。鑑定は、質問をしていくだけで出来るものなんだが、質問が出来るエリアが決まっているんだ。それがここ、『鑑定の間』。ここで鑑定士が質問をすると鑑定が出来る。まあ、鑑定は一つのウェポンだと思ってくれれば良い。結局わかるのは自分のことだけだからね。」


 よくわからないが、無駄な説明を省いているんだろう。まあ、納得が出来たから良しとしよう。


「質問は良いかい? じゃあ、質問するよ。まず一つ目、君の年齢は?」


「え、えと、十七歳です。」


 こんなに一般的な質問なのかと少し驚き、戸惑いながら答えた。それからも、『思い出は?』とか『何がしたい?』という何を知りたいのかよくわからない質問だけで質問は終了した。


「よし、とりあえず君の鑑定は終了した。後で申請しておくよ。それと君のウェポンなどのことなんだが……。」


 思わせぶりな口調で言う為、不安と期待が募る。『期待の新星』と『堕落の劣等生』。さあ、どっちか……!


「君のウェポンは、『正式なイカサマトルッチウフィチャーレ』と『無のナイフニエンテコルテッロ』だ。」


 『無のナイフニエンテコルテッロ』……? どういうことだ? 感情がないって事か?


「『ニエンテ』は、珍しい感情だ。正しくは、虚ろと言った方が良いかもしれないね。そして『ナイフコルテッロ』は記憶の中に鮮明と残る、『カタチ』がないということを表す。」


「つまり……?」


「君はとてもゼロに近い。」

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