四話 ギルドの決定

 リベリアを、冷たい視線を送ってくる二人の前で必死で慰め、どうにか泣き止んで頂いたその夜。


 また女という生き物は不思議で、あんなにピリピリとした雰囲気でいたというのにもう仲良くなっていた。その輪の中でリベリアのことを聞いていたのだが、年は五六と同じで、眼が紅いのは家系だという。……でも幼女感は隠しきれていないということだけ言っておこう。


 俺は風呂に入りながら、リベリアのことをぼんやりと考えていた。


「あいつ、可愛かったな……。」


 ふと口をついて出た言葉だった為、それが自分の言葉だと気づくのには時間がかかった。


 そういえば『可愛い』という事の他にも不思議なことが色々とある。まずは『デジャブ』。今日は夢で起きたことがたくさん現実で起きた。たまたまかもしれないが、ここは異世界なんだ。もしかすると理由があるかもしれない。


 そしてリベリアのこと。リベリアのことは全く知らなかったというのに夢に出てきた。しかも、現実にまで現れた。こっちは確実に何かある。どちらにせよ俺には時間が無く、明日はフィンと一対一で話せる日だ。明後日はギルドの申請とウェポンの習得、それからそれぞれの特訓になる。


「とりあえず今日は休むか……。」


 俺は、風呂から上がり自室へ戻った。外はもう真っ暗で、月が高く昇っている。自分の部屋ということもあってか、突然睡魔が襲ってきてそのままベッドへ直行した。


「うう、ん。」


 寝苦しく、唸りながら目を開ける。外はまだ暗い。いつの間にか寝ていたようだが、さして時間は経過していないらしい。


 やけにのどが渇いていたので水を飲もうと、体を起こす。……正確には起こそうとした。なぜか体が動かない。何かに拘束されているような感覚があり、布団の中をのぞく。


 ふと、鼻腔をくすぐる良い香りがした。洗剤のようなその香りで俺はその状況を完璧に理解する。そう、奴だ。


「てっめええええええ! 人の布団に入ってくるんじゃねええええ!」


と、言おうとした。だがその言葉がのどから出ることはなかった。とても苦しいが、スピーという可愛い寝息が聞こえてきて叫ぼうにも叫べなかった。なんだか、起こしてはいけない感じがしたからだ。


 仕方なく、のどが渇ききっているがそのまま寝ることにした。


 チュンチュンというかわいげのある鳥の鳴き声が聞こえる。


「朝か……。」


 腹部にとてつもない圧迫感があるが、そんなのは気にしないで強引に起き上がる。同時にバタンバタンと、二回何かが落ちるような音がした。そして間抜けな声が三つ聞こえる。


「んんー、おはよう、少年。」


「いたた、ひどい起こし方ですね。」


「いててて、頭がくらくら……。」


 聞き覚えのある三つの声が順々に、俺の感覚神経を刺激する。今日はとても頭がさえているのかもしれない。理由は、状況把握がすぐに出来たからだ。


 未だ俺に強い圧迫をかけて離れようとしないリベリア。右の方に落ちたであろう五六。その反対側に落ちたであろう四十川。


 外からは小鳥の鳴き声と共に柔らかい日差しが入り込んでいる。この三人がいなければ、とても平和で良い目覚めが出来たはずなのに。


「……人のベッドで何してんだああああああ!」


 俺の一日は、とてもとてもいつも通りで平和な怒号が響いて始まった。のどに痛みを覚えながら、身支度をしてフィンに呼ばれた部屋に行く。


 部屋のドアを開けると、すでにフィンが座って待っていた。最初に来た部屋と同じ感じの部屋で、不思議と落ち着ける。


「どうしたんだ? 不機嫌そうだぞ。」


「そんなことはない。」


 特に言う必要も無いと考えて、愛想のない返事をしながら椅子に座る。向かい合った瞬間に、いきなりフィンの面持ちが真剣になった。その変わりように変な緊張を覚えて、息を呑む。何かあったのかと、少し不安になった。


「……レージ。お前、モテるのか?」


「は?」


 緊張が、自分の間抜けな返事で消え去る。先ほど、頭がさえてると言ったが訂正する。俺は至って普通だ。俺の周りを取り巻く人たちがアホすぎただけだ。だいたい、この緊張感の中でそんな話をするか? あと、人を無駄に緊張させてるんじゃねえ。


「……はあ、早く本題に入ろうぜ。」


「おいおい、かなり真剣にしつも……。」


「うるさい。」


 またぐだぐだと話が続くのはいやなので、早めに突っ込んでおく。フィンは、はあという溜息をつきながら、ある本のようなものを取り出した。


 溜息をつきたいのはこっちの方だ、というツッコミはぐっとこらえた。


「この本は、今あるギルドが全て乗っている本だ。」


 そう言いながら、ペラペラとページをめくっていく。文字が少し見えるのだが、全く読めない。字は前々から言っている通り、アルファベットに一本の線を加えたような形なのだが、やはり、文字の羅列がばらばらで読めない。


「フィン、この世界の文字が読めないんだが。」


「ああ、そういえばまだ『アレ』をしていなかったな。」


「アレ?」


 アレとは何なのだろうと考えるが、フィンがあまりにも自然に言った為か、嫌な予感はしなかった。


 フィンはおもむろに本をテーブルの真ん中に置き、手をかざした。その瞬間、本に魔方陣のようなものが発生する。今までのように青白いというわけではなく、少し黄色味がかった柔らかい色で光を放っていた。


 魔方陣が気になってじーっと見ていると、フィンがいきなり叫ぶ。


話術コンヴィルサツィオーネ!」


 本を中心に突風が吹き抜ける。もう、浮き上がりそうなほど強い風だった。またまた何でこんなに迫力があるのか……と、少し呆れる。


 次第に風が弱まり、魔方陣が徐々に淡くなって消えた。


「これでOK。試しに読んでみろ。」


 何を言っているのかと心の中でフィンを嘲笑しながら、本を手に取る。一枚ぺらっとめくってみて、俺は驚愕した。


 読めたのだ。いや、正確には読めたわけではないのかもしれない。何というか、表記されている言葉が理解できているわけではないのだが、ページの上に日本語訳が浮き上がって見える感覚と言ったら一番わかりやすいだろう。とにかく、理解が出来たのだ。


「……お前マジで何者だよ。」


「ただの『ギルドマスター』だ。」


 いつものように胡散臭く笑うフィン。正体は神のみぞ知る、か。そんな胡散臭い奴はほっといて、俺は本を読み進めていく。


 最初の方には、リコルドのことや神のこと、ギルドに関する掟が書かれていた。今までフィンに教えてもらったことばかりだったので飛ばし読みをする。


 ギルドのページになった。ギルド名のしたにギルドマスターの名前と加護の種類が書いてある。


「ギルドは、有力な者から順に書かれていて、『ガーディアン』は……そうだな、上位にはあるだろう。」


 フィンが独り言のように呟く。言ったとおり、『ガーディアン』はすぐに出てきた。『フィン・カードナー』という名前が書いてある。そういえば名字は知らなかったな。街で小耳に挟んだことだが、『カードナー』はこの世界の貴族。そしてフィンはその生まれ。貴族だというのは本当だったらしい。


 それにしても、本当に色々なギルドがある。そしてどうやら、良い神ばかりがギルドでまつられているわけではなさそうだ。その上、神でもドラゴンでもないものもある。


 たとえば、『ベルゼビュート』。これは悪魔だ。四枚の羽を持つ蠅のかたちをしていると言われ、現在の地獄の最高君主だとされている。加護は回避能力強化、魔法詠唱時間短縮だ。


 まあ、まつっているのが悪魔だからと言って悪いギルドというわけではないらしい。この前『フルカス』という悪魔のギルドが、ダンジョンへ向かう所をみかけた。極小ではあるがとても和気藹々として楽しそうだった。やはり神の存在は加護だけなのかもしれない。


 うーんと唸りながらギルドを見ていると、インドの神の名前が出てきた。見た感じだと親近感の湧く神はそれだけだ。『韋駄天』というギルドで、ギルドマスターは『タケミカヅチ』。名前だけで見るとずいぶんと和風なギルドだ。加護は素早さ強化と回避能力強化、隠密能力強化。最後の方にあったので、おそらく小さめのギルドなのだろう。


「……これにするかな。」


 何となく惹かれるところがあり呟く。多分、身近な神、という点が良かったのだろう。


「よし、決まりだな!」


 フィンが立ち上がって言う。同時に勢いよく扉が開いた。扉の方を見ると、リベリアが歓喜の表情でこっちを見ていた。やたらとキラキラした眼。何があったんだと言おうと立ち上がったとき、リベリアが飛びついてきた。衝撃でよろめくが、しっかりと体勢を立て直す。そして、俺に抱きつきながらリベリアが言った。


「少年! 同じギルドだな!」


「ああ、そうなのか……って、マジかよ。」


 まさかリベリアが『韋駄天』のギルドに入ってるとは思いもしなかった。ふと、運命なのかな? という考えが浮かんだ。たしか、リベリアが夢に出てきた日にリベリアと出会ったはずだし。……!


「そうだ! フィン、ちょっと質問しても良いか?」


「別に良いぞ。」


「ありがとう。こいつはリベリアって言うんだが、こいつとの出会い方がどうも奇妙で気になってたんだ。俺が夢の中で知らない女の子に出会った。実はそれがリベリアだったんだ。でも、そのときはまだこいつのことは知らなかった。何というか、正夢みたいな感じで、その日は他にも色々と正夢みたいな事が起こってた。これって、ウェポンとかに何か関係があるのか?」


 フィンは俺の問いを聞いてうーんと唸っている。やはり、フィンでもわからないか。まあ、普通ならただの偶然だと考えるのが妥当だしな。


 自分でも、何もないだろうなと思いつつフィンの返答を待つ。しばらくしてフィンが口を開いた。


「たしかに、正夢はこの世界だと絶対にウェポンと関係があるものだ。たとえばだが、ウェポンが予知能力系統だった場合、『予知夢』という形で現れることがある。だけどお前のウェポンは何というか、能力が未知数だ。力がはっきりするまでは何とも言えない、といっておこうか。」


「そうか……。」


 この世界では、正夢がウェポンに関係するもの。やっぱり、運命ではないのかな? そんなことを考えていると少し笑えてきた。異世界に来てまで運命のことを考えるとは思ってもいなかったからだろう。まあ、一つだけだが謎が解けたから良いか。とりあえず次は、ギルドの申請だな。


「何を笑っているのだ? 少年。」


「いや、何でも無い。それにしてもお前、本当に小学生みたいだな。」


「小学生? ……何のことかはわからないが、侮辱されている気がするぞ。」


「まあ、想像に任せるよ。」

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