三話 怒涛のツッコミ
本日何度目かの、死の危険。俺はこれから修羅場が起きることなんか想像もしていなかった。
「少年……何か怖いぞ、この人達。」
俺の服の裾をつかんでクイッと引くリベリア。何で怖いかって? そんなのは俺にはわかりきったことだ。そう、前科があるというのにのうのうとやってきたから。
冷や汗がだらだらと流れ、気持ちの悪い緊張がはしる。自分でもわかる程のぎこちない笑顔、それから今のお前の言葉でさらにピリピリし始めた雰囲気。本当に最悪だ。
二人は楕円形のテーブルで、向き合うように座っていた。極力顔の方は見ないようにして、俺はキョロキョロと目を泳がせている。部屋の空気が全く動かない程に、微動だにしない俺と二人。しばらく沈黙が続く。が、それを破ったのは、リベリアの小さく震えた声だった。
「しょ、少年……、怖い……。」
その今にも泣きそうな声が突然聞こえたので、びくっと少し飛び跳ねてしまった。ゆっくりと後ろを振り返ると、その声を出したんだなと思わず納得してしまうくらいの泣き出しそうな顔があった。まるで小学……やめておこう。
「ああああ! え、えーと、あの、ほら、泣くな。大丈夫だから。」
自分でも驚くくらいにしどろもどろなその言葉に驚きつつも、必死で泣かせまいと慰めの言葉などを言っていく。いや、言っている事はほとんど同じでずっとループしていた。しばらくして、やっと落ち着いたかと思ったそのとき、背中を刺すような冷たい声が聞こえてきた。
「誰ですか? その子。怒らないので言ってもらえませんか?」
『何で!?』と思わず突っ込みそうになるほど理不尽なその言葉と言い方。というか、何で『怒る』って言葉が出てきたんだよ。後それは絶対怒るパターンだよな。
こんな状況でも次々とツッコミが思い浮かぶ。出来れば、もっと他に打開策とか言い訳とかの方が浮かんできてほしい。
『どうするよ』と自分に問いかけをしながら、五六の言葉に返答が出来ないままでいた。そこに追い打ちをかけるように四十川が、本人が言ったとは思えないほどとても冷たい声で言う。
「そうだねえ、ふかっち。私もとっても気になるな。」
未だに二人に背を向けている俺。おそらくすぐ後ろにいるであろう声の大きさと影。目の前には、また泣きそうな顔をし始めた女の子。
とてもやばい。とてつもなくやばい。こいつの名前を言ってしまえば良いだけなのだが、威圧が凄すぎて、言ってはいけない感じの空気になっている。そして、言った後のことに何だかとても不安を感じる。
また、『どうするよ』と問い掛けた。俺はさっきよりも速くなった心拍と、自分の呼吸の音しか耳に入らない沈黙の中で、答えあぐねている。
目を瞑って考えている俺の頬に柔らかい感触があった。何事かと目を勢いよく開ける。目の前に写るのは一つの紅い目と白い肌、さらっと揺れる黒髪。何が起きているかわからない俺は、思考が停止した。
思考が再開する前に二つのけたたましい叫び声で現実に引き戻される。
「何してるんですかああああ!」
「幼女だからって何でもして良い訳じゃなああああい!」
ものすごいスピードで、肩から体が後ろに吹っ飛んだ。テーブルに頭が当たる。激痛を覚えながら前方を見ると、リベリアを二人がいじめるような感じで、何かをがみがみと言っていた。何言ってるんだ? こいつらは。
思考が再開する前に戻されたから、状況がうまくつかめない。幼女……、リベリアのことか? となるとあいつが何かしでかしたと。たしか柔らかい感触があって目を開けたら、目の前にあいつの顔があって思考が飛んだはずだ。
……? やっぱり俺にはわからないな。状況把握は出来なさそうだったので、今にも泣きそうなリベリアを助けることにした。立ち上がって呆れた感じで言う。
「ったく、何してるんだお前らは。」
「「それはこっちのセリフ!!」」
同時に即答された。大きな声を上げられると頭が痛い。痛みに顔をしかめながら二人の顔を見ると、般若の形相だった。
何で怒っているのか俺には理解できない。いや、俺には前科があるからこんなことは言ってはいけないのだろうが、どうもそれで怒っている訳じゃないように感じる。
「なんで怒ってるんだ? 二人とも。」
注意が俺に向いている間に、俺の背中の方に駆け寄ってまた隠れるリベリア。こっちじゃなくてドアから出て行けば良かったのに、と言いそうになるがこいつがアホなことを思い出してぐっとこらえた。
未だ般若の形相でいる二人は、俺の事をにらみつけている。多分この様子だと、何を聞いても答えてくれなさそうだ。仕方なく、俺は隠れているリベリアに問い掛けた。
「お前、俺に何したんだ。」
背中に触れていた手が、びくっと動くのが感じられた。プルプルと震え始めたリベリアに、少し不安を覚える。本当に何をしたんだこいつは。
「……む、昔にお父様……が、『男が目を瞑ったらキスをしなさい』って……い、言ってたから、その……。」
うん、状況がよくわかった。なぜかはわからないが、とても自然に笑顔がつくれた。その笑顔のままでリベリアを見る。そして、全力で突っ込んだ。
「なああにしてんだああああああ!!」
「ひいい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいい!」
おびえた様子でひたすら謝るリベリア。だがそんなことは関係ない。もう、五六と四十川のことなんか頭の中に入っていなかった。
「お前の父親もアホなのか!? そしてお前は何でそんなこと信じてるんだ!! 普通に考えて嘘に決まってるよな!! 遺伝か!? やっぱり遺伝なのか!?」
全力のツッコミを、息継ぎする間もなく言う。さっきまでのことなんか嘘のように形勢逆転していた。いじめている(がみがみと言っている)のはまさしく俺になっている。
ひたすらリベリアに言葉を矢継ぎ早にかけていると、肩をパンとたたかれる。振り返ると、不安そうな顔の五六と四十川がいた。
「流石に、かわいそうです。」
「謝ってるんだから許してあげなよ。」
そう言われて我に返る。おそるおそる顔を正面に戻すと、涙を流して、頬と目と鼻を赤くしている少女がいた。俺の本能が危機を感じ取って、とっさに謝り始める。
「ああああ! すんません! マジでごめん! だから泣かないで!」
自分でそう言ってから、もう泣いてるじゃないかと突っ込みを入れてしまったのは言うまでも無い。ただただ泣き続ける少女と、弁解する悪い奴という最悪のシチュエーションだ。もう、こっちも泣きそうだった。
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