二話 ダッシュとモンスター
やばい。やばいやばいやばいやばい! 俺としたことが、この年で迷子になってしまった。しかも異世界で。当然地図も何も持っていなく、自分がどこにいるのかは全く、これっぽっちもわからない。
ふと、誰かがここを通るまでここにいるという案が浮かぶ。いや、だめだ。それだといつ帰れるかわからない。最悪の場合餓死してしまう。でもだからといって、下手に動いてさらに迷子になるわけにも行かない。
本当に最近脳を酷使しすぎてて、もうすぐパンクするかもしれないな。まあ、自分を守る為だから仕方が無い。転送後、何度目かの頭のフル回転を始める。
さっきも考えたが、ここで待つのはあまりにも効率が悪い。かといって下手には動けない。大きな声を出したって多分誰も気づいてくれない。
最善策は、最善策はと唸っていると、徐々に近くなってくる騒々しい足音が聞こえた。
「うわああああっ! 走れっ! 少年!」
全力ダッシュで曲がり角から走ってきたのは、さっきの少女だった。そんなに慌ててなんだというのだ。そしてインドア派の俺に走れと? 鬼畜にも程がある。などとゆっくり考えることが出来たのは一瞬だった。
彼女の後ろからは、人ではない、禍々しい形をした何かが迫ってきていたのだ。
「だああああ! お前は何をやってるんだああああ!」
状況はわからないが、とりあえず彼女の隣を全力で走る。それにしてもこいつ、足速いな。俺の全力と同じ速さで走ってるぞ。いや、もしかして俺が遅いのか? と他愛もないことを考えていると、彼女がいきなり大声で言う。
「お前ではない! リベリア・ヘンリエッタだ!」
「遅えよ! しかもまだ引きずってたのか!」
「私にとっては大事なことなのだああああ!」
命がけのツッコミをする。そんな大事な事かよと呆れていてわからなかったが、後ろの化け物がかなり近くまで来ていた。最後叫んでたのはそういうことか。
「じゃなくて、これかなりやばいいいいいい!」
再びスピードアップして走って行く。これは本当にやばい奴だ。下手したら死ぬ。死にたくはないので、もうかなり体力の限界だが加速する。
後ろの様子を確認すると、あのモンスターとは少し距離が出来ていた。
「よし、これならっ!」
希望がわいてきたので、前をむき直してまたダッシュを開始する。だが、それまで視界に入っていたはずの少女が、突然姿を消した。ふっと、自然に視界から消えたのだ。
何事かと思って、急ブレーキをかけて後ろを見る。俺は決定的瞬間を見てしまった。地面を、勢いよくうつ伏せで滑っている少女を。とっさの判断で、彼女のもとまで行き、化け物の前に立つ。
「本当に、俺の周りには何で馬鹿ばっかりしかいないんだ!」
大声で愚痴を叫ぶ。化け物に伝わるわけはないが、叫んだ。
モンスターが少し後ずさりした気がした。気のせいかもしれないが、これはチャンスだ。言葉がモンスターに伝わるわけがないから、おそらくこのモンスターは音に弱いのだろう。コホンと一つ咳をする。
「いくぞ化け物! うおおおおおおおおお!」
全力で叫ぶ。だが、俺はただ叫んだだけだ。普通これだけの雄叫びを上げているのだったら、敵に突っ込んでいても良いだろうが出来無い。なぜなら、さっきの全力ダッシュのせいで立っているのが精一杯だからだ。当然、俺がチキンな事もあるが今は問題点ではない。
というわけで叫んだのだが、相手は全く動かない。というか、微動だにしない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ。」
何でだよ! 化け物が気味の悪いうめき声を上げた。そして、ザッザッという床を擦るような音を立てて近付いてくる。やばい、このままじゃリベリアを守れない。……! そうだ、リベリアだ! 一か八かの賭だが、迷っている暇はない。
「起きろっ! リベリア!」
敵への警戒は解かずにリベリアを呼んだ。少しの間があり、やっぱり失敗したかと落胆する。
「呼んだか? 少年。」
むくっと、起き上がって目をこすりながらあくびをする少女。良かった、成功したようだ。……? まさかとは思うが、寝てたわけじゃないよな。
危機感のない、そのぼけーっとした顔で辺りをきょろきょろとみる少女。やっぱり馬鹿なんだな、こいつ。と、今更ながら再確認する。
「走れるか、リベリア。」
次第に彼女の顔が明るくなっていく。それはもう『パアッ』という効果音が聞こえてきそうなくらいだ。よくこの状況でそんな笑顔になれるな。
「少年、やっと私のことを……。」
「今はそれどころじゃない! 走るぞ!」
彼女をおいて走り出す俺。だが一応心配だから後ろを確認する。リベリアはモンスターと走り出した俺を、状況がつかめないと言った顔で交互に見る。少しの間の後、絶叫と共に俺のところまで一瞬で走ってくる。本当に一瞬だった。
「ああああああ! 何するんだ少年! 一応一人のレディである私をおいていくなんて!」
「あ、一応って自分で付けるんだな。」
「うるさいっ!」
しかし、これからどうするかな。勿論走り続けることは出来無い。俺の体力が持たないのと、この女がへまをするからだ。この感じだとあれだ、また良い距離になったところで転んで気絶する。それがオチだ。
そうなると長い間走るわけにはいけない。だからといって俺はまだウェポンを使いこなしていないから、役には立たない。リベリアのウェポンを借りるのもいい手だが、それは俺のプライドが許さない。
救援を呼ぼうとしても今の場所がわからない限り、無駄に体力を減らすだけ。いろんな所にある部屋に入ったら入ったで、退路を封じられてしまう。
「……やっぱり、お前しか頼りはいないか。リベリア。」
はあ、と溜息をついてリベリアの方を見る。リベリアは目を見張ってこっちを見ていた。そしてどんどん顔が赤く……って、どういうことだ? 確実にタイミングがおかしいよな。
「どうしたんだ、お前。」
「……殿方に頼られたことが……無かったから……その……。」
「そこはデレる所じゃない!」
思わず突っ込んでしまった。そして自然に立ち止まっていた。流石に、いきなり大声でのツッコミはきつかったかなと感じ、後悔をしつつ謝ろうとしたが、その必要はなさそうだった。赤かった顔がさらに紅潮……って、またデジャブかな?
「しかられたことも……無かった……。」
「だからデレるところじゃないって言ってるだろ! そしてこれはあくまでツッコミだ!」
もう一度渾身のツッコミと共に、しっかりと訂正をする。リベリアは顔を赤くして、もじもじしている。なぜかはわからないが、背中に寒気がぞわぞわっと走った。いや、理由は分かりきっている。
「……少年。私のハジメテを二つも奪って、どう責任をとるつもりだ。」
「だああああ! 誤解が生まれるようなことを、わざわざ誤解が生まれるような言い回しで使うんじゃない! だいたいモンスターが……あ、モンスター。」
まさに、『あ、モンスター』だった。俺はあの化け物のことを完璧に、すっきり忘れ去っていたのだ。そしてさっきまで、モンスターのいる前でこのよくわからないやりとりをしていたということになる。
ゆっくりとモンスターがいるであろう方を向く。が、モンスターは遙か彼方、遠い向こう側の壁の方にいた。どういうことだ? あんなにしつこかったはずのモンスターが何で?
「うーむ、アレは『はぐれコボルト』のようだ。」
「『はぐれコボルト』?」
「そうだ。基本的にあのような禍々しい形をしたモンスターは、『はぐれ』という言葉がつく。その名の通り、群れからはぐれたモンスターなのだが、こいつらはなぜかダンジョンの外を自由に動くことが出来る。普通のモンスターなら絶対に出来無いことだ。でも、『はぐれ』でも元はちゃんとしたとしたモンスター。そのため、はぐれる前のモンスターの特徴を一つだけ、しっかりと受け継いでいるのだ。たとえば、『はぐれハーピー』なら大きな声に共鳴する。『はぐれゴブリン』なら服をはぎたがる。そして、『はぐれコボルト』は……。」
ゴクッと息を呑む。それなら俺たちがしてきたことの中に、そいつの弱点となることがあったって事になるな。俺がいつどんなことをしたかはわからないが、弱点があるなら戦いやすい。
「『はぐれコボルト』は……?」
「夫婦げんかは犬も食わない、だ!」
「は?」
沈黙の時間ができる。リベリアは自分のうんちくの一つをひけらかしてどや顔をしているが、全くもって理解が出来無い。
何だ、『夫婦げんかは犬も食わない』って。他のはちゃんとモンスター感あったのに、何でいきなりことわざなんだよ。そして何でそのことわざがこの世界にあるんだよ。しかも『夫婦』じゃないし。ていうかコボルトってオオカミだろ。性格のせいかどんどんツッコミが浮かんでくる。
「とりあえず、お前は役立たずって事がわかった。」
「ええ!? なんでぇ……。」
「まずは、走れっ!」
「ちょ、ちょっと!」
リベリアの言うことは全て無視、または却下することを覚悟出来る良い機会だった。ただし、これは俺からの質問以外での話だ。リベリアが俺と同じペースで走り始めたときに聞く。
「おい、お前地図持ってるか? 今の場所がわかるだけでも良い!」
「お前じゃない……。」
「ああ! 面倒くさいなあ! リベリア! これで良いだろ。」
「うん!」
本当によくもまあ、コロコロと表情が変わるなと思いながらその顔を見ていると、突然目の前の扉が開いた。そこには、見慣れた奴がいた。
「フィン!」
「どうしたんだお前。そんな走って……って、女の子っ! お前本当にどうしたんだっ!」
お前がどうしたんだよ。女の子を見てから急に必死さとか、声の大きさとかが変わったぞ。その理由を知りたくもないし、理解したくもないがな。本当にアホしかいないのか、この世界は。
「それは後。『はぐれコボルト』とか言う奴に襲われたから逃げてたんだ。」
「ああ、あの緊急クエストはそういうことだったか。」
「ん?」
「何でも無い。お前はその子を見てろ。」
凄い速さで走っていった。よくもまあ、あの頑強な鎧を着用しながら、あんな速さで走れるもんだ。まあ、とりあえずフィンが出てきた部屋に入るか。急いで扉を閉めて前を向くと、目の前には四十川と五六がいた。俺は固まる。
「マジですか……。」
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