七話 シグと俺の本心
視界に、見覚えのある質素な木の壁が写った。頭が痛い。
「うっ、んん?」
重い体をゆっくりと起こす。俺は大きさ六畳程の、こぢんまりとした部屋にいた。周りには花瓶の置いてある台。カーテンを隔てて向こう側には、もう一つのベッドがある。
ベッドの上では、シグが座って、柔らかい温かな日差しが降ってくる窓の方をぼんやりと眺めていた。その姿が何とも言えなく見とれていると、トントンと扉をノックする音がした。ドアの方を向くと、フィンとキルトが入ってきた。
「もう大丈夫なのか? レージ。」
フィンがこちらに近付いてきてそう言う。今気づいたが、いつもの防具を着ていない。ジーンズのような質感のズボンに、薄めのシンプルな長袖を着ている。
いつもは頑丈そうな鎧を着ていた為、かなり立派に見えていたのだが、実際に見てみたら意外と細かった。
「どこか痛むところは無いかい? あったらすぐに言ってくれよ。」
キルトが訪ねてきた。キルトとはこれが初めての会話になるのか。言い方からして、おそらく俺の事を看病してくれていたのだろう。
左手を腰に当て、右手を握ったり開いたりしている。そのたびに、腕につけたリストバンドらしきものがジャラジャラと音を立てた。
腕を見ていて思い出す。俺は必死で骸骨を殴っていたんだ。感覚がなくなる程殴ったはずなのに、痛くない。そして目立った傷もなく、張れているわけでもない。
「それはキルトの治癒魔法だ。お前達が扉の前で倒れていたのには驚いた。しかも、お前が一番重体だったんだぜ。体中痣だらけで、右手は完全に骨が折れていた。」
不思議そうに手を見ている俺の事を見てフィンはそう言った。マジか……、俺そんなになるほど殴っていたのかよ。自分でも驚く。キルトの魔法が効いている証拠か、手の痛みも体の痛みもない。ほんとに異世界なんだなと、今更ながらに驚く。というか、もう呆れ気味だ。
「ありがとうございます。キルトさん。」
「いやいや、感謝される程のことじゃないから。」
チャラい男の人かと思っていたが、とても紳士的な人だ。謙虚で、多分面倒見が良いのだろう。全身からそんなオーラが漂ってくる感じがする。
「そういえばお前、俺以外には敬語だよな。」
「いや、そんなことはないぞ。現にキルトさんと幸村さん以外にはもう慣れたし。」
「本人の前でそれを言うか、普通。」
「「「ははははは!」」」
そんなこんなで頭もさえてきた。フィンに聞きたいことがあるのを思い出し、言おうとする。だが、フィンとキルトは、間が悪いことに用事があると言って出て行った。
「本当に間が悪いな。もしかしてわざとか?」
独り言を呟く。何かすることはないかと辺りを見回していると、横からカーテンを開ける音がする。横を見ると、シグがこちらの目をじっと見つめて座っていた。
「……僕は、皆さんを守れませんでした。それに、妹を巻き込んで危険にさらしてしまった。兄として、『ガーディアン』の一員として、とても……とても不甲斐ないです。」
「シグ……。」
シグは視線を下に落として、うつむきながら話した。とても落ち込んでいるというよりかは、自信をなくした、生きる気力が無いといった方が適切だろう。とにかく悲しげな表情が、顔を見ずとも想像できる。そんなシグに俺は何も言えずにいた。
俺ごときが語るべきではない責任の重い言葉。たった一言だが、俺には言うことが出来無い。重い空気の中、シグは続ける。
「レージさんのことをずっとつきっきりで看ていたというのに、結界の気配、敵の気配に気づけなかった。レージさんがいなければ、全滅の可能性もあった。経験があるはずなのに的確な判断が出来無かった。結局、僕はいつもいつも他人に任せっきりで、自分はそれを傍観しているだけ。」
なぜかはわからないが、シグの悲しみと無念さが自分のことのように感じられてくる。今にも途切れそうな声で次々と出てくる言葉。重く、感情がとてもこもっているのに、こもっていないようにも聞こえる。
自分までうつむきそうになったとき、シグが顔を上げた。その頬を涙が線を描く。
「僕は! 僕は、何でこんなにも……。」
「
いつの間にか口をついて出ていた言葉。全て俺の本心。きれい事に聞こえたって良いと思った。だって俺が初めて本音を口に出して言えたことだから。
「やっぱり、レージさんは強いや……。」
驚いた顔をしてからシグはうつむき、目をこすって言う。沈黙の時間が続いたが、不思議とさっきよりも重い感じはしなかった。さっきのように温かい光が窓から差し込んでくる。
シグが、突然バッと顔を上げて笑顔でこっちの目を見て言った。
「ありがとうございました! 僕はレージさんみたいに強くはなれない。それでも僕は、レージさんを目指してがんばっていこうと思います!」
言い終わった後、シグは駆け足で部屋を出て行った。その顔はまさに
緊張が解けて体の力が抜ける。もう一回寝たいくらいに疲れた。でも、俺の成長の一歩を手助けしてもらったと思えば、悪くはないか。窓の外でそよ風に揺られる、木々の葉を眺めながらそう思う。
「おーおー、格好良いですなあ。」
その一言で幸福感が一気に消え失せ、現実に引き戻される。はあ、やっぱりわざとだったか。シグのあの状況を知ってて、俺に全部なすりつけやがったな、フィン。近付いて胸ぐらをつかみ、愚痴を言う。
「お前なあ! どれだけ俺が大変だったとおもってんだ!」
「まあまあ、お前の事だし、『ふ、俺も成長できたから良いか』とか思って黄昏れてたんだろ。」
また心を読みやがった。顔の温度が一気に上がるのを感じた。胸ぐらをつかんでいる手まで赤くなり、プルプルと震えている。
「明日、寝かせないくらい質問するから覚悟しとけよ! ちなみにお前に拒否権はない!」
震えた声で叫び、布団の中に一瞬で潜る。もうこいつとは一生会いたくない。心からそう思った。
「へいへい。」
やる気のない声と共に、ドアの閉まる音がした。はあと、溜息をつきながら布団から顔を出す。目の前には、ドアにもたれかかりニヤニヤとしている男がいた。ブチッと何かがキレる音がした。
「てめえ! 早く出てけええええええ!」
気がついたときには叫んでいて、本気で枕を投げつけていた。凄い勢いで飛んでいった枕は、見事男の顔面にヒットする。男はそのまま後ろに倒れた。男の名前は言わずともわかるだろう。奴である。
「お前は人をどれだけおちょくったら気が済むんだ! フィン!」
「すいません。まさか鋼鉄の枕を投げてくる程お怒りになるとは思いませんでした。」
奴はいつの間にかその場で土下座をして弁解していた。
ん? 待てよ。鋼鉄の枕だと? いや、物理的にあり得ることはないし、俺が投げたのはただの枕のはずだ。でも本当なら大けがさせちまったかもしれない。
「あ、えーと、その、ごめ……。」
「嘘だけど。」
せっかく人が心配して謝ろうとしたのに、即答された。俺の良心を踏みにじったのだ。またブチッと何かがキレる音がする。
「……ぶっ殺す。お前だけは絶対に許さん。」
とりあえず顎を蹴り上げる。フィンが空中に浮いて、大の字で仰向けに倒れた。が、すぐに起き上がって九十度に腰を折って、謝った。
「本当にすいませんした。」
なんてタフな奴なんだと呆れている間に、バンッと扉を閉める音が聞こえた。出て行ったらしい。ちょっと速すぎないか? まあいいや。何かもう疲れたから寝よう。
「ふわあ……。」
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