六話 屍と兄妹
全力で叫ぶ。声帯が壊れそうだ。パニックに陥りそうなこの状況で、歯を食いしばって正気を保つ。焦りと、不安と、恐怖。そんな感情がじわじわと心をむしばんでいく。
「くっ! 太郎さん! レージさん! 下がって! リディア! ウェポンを展開しろ!」
「うん!」
「「
シグとリディアが手を重ねて同時に叫ぶ。クレアの時と同じように、二人のそれぞれのウェポンが構築された。実体化完了と共に、雷鳴のような大きな音と水しぶきが飛んでくる。
シグは、七十センチ程の剣を持っていた。周りの景色を反射する程にきれいな刀身と、柄の豪華な装飾が目立つ。
リディアは、火縄銃のような見た目をした銃を持っていた。黒光りする銃身から、木の木目が映える持ち手が特徴的だった。
「準備は良いですか! 死神さんっ!」
「いくよっ!」
シグは素早い身のこなしで骸骨を斬り倒していった。右斬り払い、斬り返し、斬り上げ、斬り落とし。一本の流麗な線を描くように、どんどん敵を倒していく。
リディアは、シグの危険が見えたら、狙撃して援護している。かよわい少女が撃っているとは思えない程の正確無比な射撃に唖然としていた。
徐々に、敵の数が減っていく。一瞬だったのか、時間がかかっていたのかはわからなかった。だが、それをただ見るだけの俺の無能さを俺は憎んだ。
「くそっ! 何か出来ることは無いのか?!」
何か助けになることはないかと辺りを見渡す。すると後ろから、骨がぶつかり合うような気味の悪い音が鳴った。案の定、骨の大群が来ていた。必死で戦う双子。だが、後ろからは敵襲が迫っている。
「嘘だろ……?」
絶望する。徐々に近付いてくる骨。恐怖で足がすくむ。力が抜けて、膝から崩れ落ちそうになったとき、こちらの状況に気づいたシグが叫んだ。
「リディア! こっちは良いから後ろの敵を狙撃してくれ!」
「わかった!」
返事と同時に振り返って、連射していく。どの弾も敵の頭を正確に貫いていった。本当に凄い子だ。つくづくそう思う。やっぱり俺の出る幕はなかったと、そう思ったのも束の間、兄妹の背中がぶつかった。
「くっ! 敵が多すぎる。……仕方ない、リディア! 形態変化だ!」
「OK、お兄ちゃん!」
「「
セコンド? 形態が変化するっていうのか? そんなことが出来無いとは聞いていないが、出来るのか? 疑問を抱きながら二人のことを見つめる。二人は手をつないで、淡い光を放つその剣と銃を頭の上で交差させている。そして、そのまま交差させた剣と銃を敵へ向け、もう一度叫んだ。
「形態変化、セコンド!」
淡かった光が強烈な閃光へと変わり、キンキンという音を立てている。刀身、銃身共に光に包まれていてその様子はうかがえない。だが、強烈なパワーを感じる。それは、オーラと言ったら良いのか、圧力と言ったら良いのかわからない。とにかく、空気が変わった感じがした。
かかってくる空気に気圧されたのか、骸骨達はその場で立ちすくみ動かない。重く、苦しい圧の中で俺は山田をかばいながらその光景を見ている。ふと、山田のことを見ると気絶していた。無理もない。こんな状況の中で正気を保てる奴がそうそういてたまるか。
「
シグが呟くと、激しい落雷のような音、暴風、強烈な光が発生した。意識を保つのが精一杯なくらいの中で二人の形態変化が完了した。と同時にさらに強い風、閃光、爆音がおそってくる。本当にいちいち危険が伴うな。顔を上げつつそう思う。顔を上げた先には、なぜかシグしかいなかった。
「どういうことだ……?」
「第二形態……。それは僕とリディア、そして僕のウェポンとリディアのウェポンが一つになる、僕たちだけに許された奥義です。」
ということは、今シグの体にはリディアの精神があり、ウェポンも一緒になったって事か。凄い……! 心からそう思った。こんなトンデモ兄妹がいるとは。
でもこれならこの状況を打破できる。全身からオーラのような明るい光を放つシグ。その手には、しっかりと銃剣が握られていた。まるでどこかに飾っていそうな、豪華な装飾の銃剣。宝石が至る所にちりばめられている。実用性は全くなさそうに見えた。
「今度こそ、いきますっ!」
シグがその言葉を言った途端姿を消した。すぐに骨を斬る音、銃声が敵のど真ん中から聞こえる。まるで瞬間移動のような、肉眼で捉えることが出来無い早さで敵に突っ込んだみたいだ。
少しずつシグの姿が見えてくる。とてつもない速さで骨をばらばらにしていく様には驚いた。銃をヌンチャクのような動きで動かしながら銃の先端についた短剣で敵を切り、同時に銃の引き金を引く。だが、驚異のスピードで倒していっているのにもかかわらず、敵の数が減らない。いや、減ってはいるが、その分の数の敵が押し寄せてきているのだ。
「くっ、まだまだ!」
シグはそう言う。だが、明らかにスピードが落ちている。おそらく長くは持たない、一撃必殺の奥義と言ったところだろう。
光景を呆然と見ていたら、突然首に圧力がかかると同時に、足が地面から離れた。苦しい、息が出来無い。首が絞められているみたいだ。もうろうとする視界の中に、骸骨がいた。なんて力だ、片手だけで俺を持ち上げているのか? 抵抗してもびくともしない。
「あがっ、うぅ、ああああ!」
必死で声を出そうとするが、首を締められているせいか声がうまく出なかった。死にたくないっ! そう思った時、雄叫びと共にシグが走ってきた。
「うおおおお! レージさんを離せええええ!」
骸骨を斬りつける。だが、骸骨には全く効いている気配がなかった。シグはそれでも一心不乱に斬りつけていた。俺も必死で抵抗する。最後に、肋骨辺りに銃剣を突き刺したのが効いたのか、俺は解放された。
「ごほっ! げほっ、げほっ、はあ、はあ……。」
「うああああ!」
助かったと安堵したのも束の間、シグが声を上げて倒れる。はっとして、骨をよく見ると魔方陣が展開されていた。魔法が撃たれたのだ。シグに目を移すと、隣にはリディアも倒れていた。思考回路が一旦停止する。
「俺のせいで、俺が無能なせいでみんなが死ぬ……。」
そんな考えが頭をよぎった瞬間、自らへの怒りと、みんなを助けたいという思いがわき上がった。体が勝手に動き、いつのまにか武器も持たずに敵の中に突進していた。不思議と恐怖はなかった。だが、体中に鈍い痛みが走る。
「くっ……! こんなもん、フィンのパンチに比べれば痛くもかゆくもねえ!」
そう叫び、骸骨を片っ端から殴っていく。がらがらと音を立てて崩れる骸骨。殴るたびに痛む手。そんなことは気にも留めず、ひたすら殴り続ける。三人がいるところへ敵が行かないようにということをだけを考えて。
しばらくしてパンチの威力が弱くなったのか、一撃で骸骨が倒れなくなった。本気を出して殴ってもひるまない骸骨にこちらがひるんでいたとき、突然目がくらむような光が現れた。敵の魔方陣だ。そのとき、無意識に言葉が口から発せられた。
「
すると今までいた空間の至る所に、大小様々な赤い魔方陣が展開された。そして、いつの間にか俺の手に握られていた真っ黒な刀身のダガーと、目に感じる違和感。だが、そんなことよりも展開された魔方陣に嫌な予感を覚え、急いでシグ達を一カ所に集める。そして、俺はみんなに被さるようにかばった。
骨たちは魔法の気配に気づいたのか辺りをきょろきょろと見回している。次の瞬間、魔方陣から大量の炎が、敵に向かって次々と飛んでいった。俺は目を見張ってその光景を見ていた。ただ呆然と、ババババという轟音が鳴り続ける空間で。
何が起きているのかわからないままその音は鳴り止んだ。煙が薄れたときにはもう、敵は跡形もなく消え去っていた。そして少しずつ、真っ暗な世界が明るくなっていく。ほっとして、力が抜ける。体が鉛のように重くなり、体中に痛みが走る。気が抜けたせいか、視界が徐々に薄れていく。
「俺は……みんなを守れた……のか?」
そんなことを呟いて、意識は完全に飛んだ。
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