五話 ウェポンと結界
目を開けると質素な木の壁があった。視界の隅に幼い顔が二つ、こちらを不安そうにのぞき込んでいた。シグとリディアだ。ということはこの壁は天井か。
ぼーっとその模様を見ていると、クレアとダグスがやってきて、俺の顔色をうかがうようにのぞき込んできた。
「まさかあんな方法で私たちを負かすとはね。ルール違反ではないけど、少し強引だったかしら。」
クレアが言っていることはわかるが、意味がよく理解できない。頭でも打ったのか? 考え事をしたら、頭が痛くなる。
「大丈夫か? あの後、お前ときたらすぐにぶっ倒れて。」
さっき……? そういえば、さっき俺ダウトしてたな。それで確か負けた。ん? クレアは負かしたって言っていたよな。
「おれ、さっき途中で倒れて、負けたんじゃないのか?」
とてもだるかったが、上体を起こして話を聞こうとした。返答は予想外のものだった。
「何言ってるの。勝ったじゃない。」
どういうことだ? 話がかみ合わない。意識が飛んだのは、『オーバーキル』に失敗したときのはずだ。そのときにはしっかりと負けが確定する程のカードが渡されたはず。記憶はそれ以外に思い出そうとしても見つからない。無意識だったのか?
「ごめん、ちょっと記憶が飛んだみたいだ。俺が大量にカード渡された後のことを教えてくれないか。」
「覚えてないのか。お前、カードがいっぱいになった後はずっとうなだれて自分のターンになってもしばらく黙っていただろ。で、いきなり顔を上げたかと思うと、『
「……は?」
話を聞いても状況が理解できない。というかさらに混乱してきたぞ。俺がウェポンを使った? 記憶が全くないんだが。みんなの手札が場に出されて俺の勝ちが確定……。んん?
「すまない、全く理解できない。もう少し詳しく言ってくれないか?」
「詳しくも何も、そのままのことだ。」
「フィンさんに聞けば何かわかるのでは?」
「あ、それもそうだな、っていたのか山田!」
なぜ普通に出てきてくれないのかと一瞬文句を言いそうになったが、過失がほぼ全て俺にあるので押し殺した。
「そうね、私も知りたいわ、貴方のこと。」
クスッと、妖艶な笑みを浮かべたクレアに見とれてしまったが、みんなの視線で正気に戻った。呆れたような目でこちらを見る視線が痛い。何事もなかったかのように前を向く。
「ずっと思ってましたけど、レージさんって女の方に弱いですよね。」
「そ、そそそんなことはないよっ! うん!」
シグとの最初の会話がこんなものになるとは思ってもいなかったな。それにしても俺もここまで焦って言うことじゃなかったか。明らかに図星な反応に見えたかな。いや、図星なんだけどね。
「はあ、じゃあそういうことにしておいてあげますよ。とりあえず今はフィンさんに聞くことが第一優先です。立てますか、レージさん。」
「ああ。」
扉を開けて出ると、そこはさっきまでいた廊下とは装飾などに少し違うものがあった。多分、さっきとは違う階か、離れたところなのだろうと考え、口にはしなかった。だがクレアが突然両手を広げ、みんなを止めた。
「様子がおかしいわ。嫌な予感がする、少し下がってて。」
緊張が走る。ピリピリとした空気が、全身をなで回すように張り付いている。またこの緊張感だ。クレア達『ガーディアン』は、戦闘態勢になっている。
「
静かな空間の中でクレアがそう言うと、右手に青白い光を放つ魔方陣が展開され、その瞬間に右手から転送の時の逆再生をしたように、徐々に棒のような形をしたものが構築されていった。
形が整った直後に、激しい風と共に禍々しいオーラをまとったその物体は、姿を露わにした。それは大きな鎌だった。持ち手の部分は黒く、赤い帯で装飾されていて、刃は灰色できらりと鈍い光を放っている。そして全体的にくすんで見えた。おそらくオーラをまとっているからだろう。
「それが……ウェポンなのか?」
「ええ。ウェポンは、それぞれの記憶を構成する感情と、心に一番残っているもので形を成すの。」
思っていたより複雑そうだ。リンピアントは後悔を表し、ファルチェは鎌を表わす。これは、学校で習ったイタリア語で知っている。なぜか俺たちの高校は、イタリア語を教えているからな。他の感情を表す言葉も、少なくはあるが知っている。
「後悔と、鎌……。色々あったみたいですね。」
山田がそう言うと、クレアは少し驚いたような顔をして振り返ったが、すぐにほほえんで前を向き直した。まあ、ウェポン展開だけで転移したての人にそれを読み取られたら驚くだろう。
だけど、また一つ疑問が出来たな。オリジナルウェポンに記憶は関係あるのかだ。後でフィンに聞かないとな。
「シグ、リディア、レージ君達をお願い。ダグス、ウェポンを展開して。」
「はい。クレアさん、くれぐれも気をつけて。行きますよ、レージさん、太郎さん。」
シグはすぐに俺たちの前を先行して、走るように促した。ダグスは俺たちの前ではウェポンを展開しなかった。多分、記憶の断片でも知られるのがいやだったのだろう。
シグ達の方を見ずに走っていたせいか、かなり距離が離れていた。距離を詰めようと急いで追いかける。さっきのウェポン展開に気をとられていて気づかなかったが、壁一面がどろどろとした雰囲気の鉛のような壁になっていた。長い廊下に出口は見当たらなく、しかも光はないのに不気味な明るさに包まれている。
「フィン達は無事なのか、シグ。」
「はい。おそらくここは僕たちだけを狙った結界のようです。」
「じゃあ、結界を早く解かないといけないじゃないか。」
「すいません。僕たち『ガーディアン』の中で、結界を解くことが出来るのはフィンさんだけなんです。」
やっぱりフィンは凄い奴だなと思わず感心してしまう。が、今はそれどころではない。
「なにか、何か無いのか。ここを抜け出せる方法は!」
今走っているのはおそらく敵と対峙するのを防ぐ為。だとしても、敵が俺たちを狙っているのならいつか会ってしまうことは明白だ。それが俺たちのスタミナ切れでも、相手からのトラップでも。なら、はやめに打開策を見つけないといけない。
俺はこの世界に来てからのことを、脳をフル回転させて思い出す。結界なら打破する方法は、逆結界を張ることだけ。でも逆結界には、それなりの知識が必要だ。だからフィンにしか使えない。
……いや、ちょっと待てよ。それなりの知識が必要と言っても、『ガーディアン』のメンバーはかなりの手練れだ。もう一人くらい結界を張ることが出来る人はいても良いはず。
その場合、フィンにしかない環境が一つのヒントになるな。フィンがおかれている特別な環境。貴族ゆえの知識量、オリジナルウェポン、フィン自身のウェポン、ギルドマスター。考えれば考える程浮かんできてしまう。体力も、インドア派の俺には考えながらだともうきつい。後はシグに頼るしか無いな。
「はぁ、はぁ、はぁ、シ、シグっ! ちょっと休ませてくれ!」
「もう少し走りたかったですけど、しょうがないですね。少しだけですよ。」
「はぁ、はぁ、サンキュ。」
「レージ、体力無い…。」
リディアが初めて喋った。この兄妹との最初の会話が、どっちもおかしいんだが。まあいいや。とりあえず今は結界について聞かないと。壁にもたれかかり腰を下ろす。だが、全然息が整わない。
「ごほっ、げほっ、はぁ。シグ、ギルドについて聞きたいことがある。良いか?」
「別に良いですけど。」
「オリジナルウェポンが使えるのはフィンと幸村だけか?」
「はい。幸村さんは、錬金術ですが、フィンさんのウェポンはわかりません。」
「OK。二つめ、シグは結界についての知識はあるか。」
「あります。結界を展開するレベルの話はしっかりと記憶しています。」
それでも結界が張れないということは、やはり、ウェポンに関係するのか。でも結界を張れるのはフィンだけ。整理すると、オリジナルウェポンでしかこの結界は張れない。そのウェポンも適合するものしか出来無い。敵は貴族か転生者か……か。ただ一つ確定して言えることは、
「俺しか頼りはいないって事だな!」
勢い余って立ち上がり、大声を出してしまった。三人はぽかんとしている。俺がこの答えに至った根拠、それは二つだ。ひとつ、オリジナルウェポンが使える人しか結界を張れない。ふたつ、俺はオリジナルウェポンがこの状況の中で、唯一使える可能性がある。
このことから俺ががんばるのが手っ取り早い。だけど、成功する保証はない。とにかく今は時間が無いんだ、急がないといけない。
「シグ、俺はダウトの時ウェポンを使ったんだよな。」
「え、あ、はい。ギルドに入らずウェポンを使ったのには驚きました。」
「よし! なら良い。」
「全く何をしたいかわからないです、レージさん。説明して下さい。」
「すまない、時間が無いからそれは省かせてくれ。」
俺はウェポンを使った覚えはない。勿論、感覚もコツもわからない。ましてやどんなウェポンだったかもわからない。だけど、ウェポンの名前は知っている。成功することを祈るしかない。冷たい壁に手を当て叫ぶ。
「
……あれ? 何も起きない。おっかしーなー、どうしてだろー。後ろから刺さる視線が痛い。すいません、すいません、期待を裏切って本当にすいません!
「
やっぱりできない。これはまた走ることになりそうだ。溜息交じりで後ろを見て俺は驚いた。冷たい視線を送る三人の後ろにローブをまとった骸骨がいたからだ。
「うしろおおおおおおおお!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます