四話 ゼロとダウト
「――リコルディア帝国が地位を築き上げる少し前のこと、一人の詐欺師が街の貴族という貴族に詐欺を仕掛けていた。だが決して、その男は多少裕福でも、農民や商人には詐欺を働かなかった。その理由はわからない。でも、街では
『ゼロの御加護に』
というかけ声がはやっていた。当時、貧民にとっては神に等しい味方だったからだ。その噂は瞬く間に王まで伝わった。ご乱心だった王は
『直ちに詐欺師のゼロを排除しろ。』
と命令を下した。が、神出鬼没の詐欺師・ゼロは着々と貴族をだましていった。誰にも正体を見せずに。そしてついに怒った王は
『貧民どもを殺してしまえ! 奴らが狙われないのは詐欺師がそいつらの仲間だからだ!』
と、勝手な自己判断で貧民の家を焼き、人を殺し続けた。次々と自分の統治下の国民を、王あるまじき行為で。そのとき、王に謁見したいという一人の男が現れた。その男はぼろぼろの布をまとい、やつれた顔をしていた。王は
『こんな奴を何で城に入れた。』
とご立腹だった。男はその様子を気にすることなく次のように質問した。
『一つ、王様はなぜ人を殺すのですか? 二つ、王様はなぜ人、それも自分の国の人を殺すのですか? 三つ、……それは、ゼロという男のせいですか。』
冷たい口調と、にらみつけてくる紅い目に、王はたじろいで
『貴様は何者だ!』
と怒鳴りつけた。男は静かに
『そのゼロとやらです。』
と言い、王に徐々に近付いていく。王は逃げ出したいのに、なぜか体が動かない。
『無駄ですよ、王様。生かすも殺すも今は僕にゆだねられています。』
王の首にナイフを突き立て、ゼロは軽く笑う。そのままゼロは
『交渉をしましょう。王の権限を全て臣下の騎士に渡し、王の座を降りるか、それともここで死ぬか、どちらか選んで下さい。』
と言った。王は、獣のような形相でゼロにつかみかかった。ひらりとその攻撃をかわし、ゼロはもう一度王に問い掛けた。
『王様、もう一度問います。どちらを選びますか。』
王は怒り狂ったその状態で今にもゼロに襲いかかるような状態だった。ゼロは
『出来ればこんな事はしたくなかったのですが。』
と言い、トランプを王に向けて飛ばした。トランプはまっすぐ王ののど元に向かって飛び、スパッと首を切った。それと同時に、ぼろ布は徐々に崩れ、床に落ちた。権限を受け継いだ騎士がぼろ布を持ち上げると、大量の灰が出てきたという。それ以来、ゼロはリコルディアを救った英雄としてたたえられた。――」
おお、ゼロさんは凄いな。乱心の王に謁見をする度胸とそこからの実行力。見習うべきだ。しかも最後まで平和的な手段をとろうとしたところもすばらしい。深い伝承だ。
「で、ダウトと何の関係があるんすか?」
とユーリが言う。たしかに、ダウトは詐欺師のゲームではない。なのに何でダウトが国のゲームになっているんだ?
「それは、リコルドの名前から取ったのよ。ゼロのウェポンは、ただのナイフ。だけど、それ以外の者で人を傷つけると、自分は灰になってしまうという呪いのリコルドだったの。その代わり、メデューサと同じ力を少しだけ使えるようになったわ。石化とまでは行かないけど、相手の行動を数秒止めることが出来るくらいの力をね。」
ハイリスク……ノーマルリターンって所か。俺が思うに、おそらくそのメデューサの力を存分に発揮できたのが詐欺だったんだろう。でも、基本的に争いは好まないから標的選びに困り、結局裕福な貴族になったということか。
詐欺をしていたのにぼろぼろのローブを着ていたところもまた、謙虚でなんだか格好いいな。最後に自分も死を選んだのは、罪人として生きるのがいやだったのか、それとも人を殺した自分に生きる権利は無いと思ったのか。そこのことはわからないが格好いいことには変わりない。
「で、どうなんだ。」
再び恐怖の強面が徐々によってくる。怖い怖いと思いながら答える。
「い、一応負け無しです。対戦した中では……。」
「何人と戦ったんだ?」
「せ、正確には覚えてませんが、カジノ常連客のおじさん達と百回くらいは。」
答えを聞くと、不服そうな顔で元々座っていた椅子へ戻った。それにしてもドスがきいていて、声までも怖いとは……。などと考えていると、突然バンッ! という音が響いた。
「うわああああ! すいませんすいません……、別に失礼なことなんて一切考えてませんから許して下さいぃ!」
自分でも驚くくらい、マシンガンのように言い訳が出てきた。心臓が本当に止まるかと思った。
「やっぱりこいつが負け無しなんて信じられねえ。おい、勝負するぞ。俺とお前と、あとそうだなクレアでダウトをする。」
「あ、え? あ、ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ああん?」
「いいえ、何でもありません。本当に何でもありません。」
やっぱり怖い。怖すぎて反論が出来無い。でもダウトか、久しぶりだ。ここ半年くらいは忙しくて親父さん達とは会ってないからな。腕が落ちてないと良いが。
「ルール説明は良いわね。カードは、エース、トゥ、……ジャック、クイーン、キングというように数えること。じゃあ、配るわよ。」
なんか、大事なことを忘れてる気がする。いや、今はゲームに集中しないと。国のゲームって言うくらいだから、それなりの手練れだろうし。
「では審判は、この幸村がつとめます。クレアさん、レージさん、ダグスさんの順でカードを出していって下さい。ダウトの宣言がされた場合は、当たっていた場合も外れていた場合も宣言した人から再スタートします。では、始め!」
三人同時に手札を眺める。俺の手札は、エース1、トゥ2、スリー無し、フォー2、ファイブ1、シックス1、セブン3、エイト2、ナインからキングまでは1だ。エースは一枚しかないから危険だな。
「エース。」
クレアが静かにカードを出す。明らかに、嘘をついている。なぜわかるのかと聞かれても、経験からとしか言えないな。だが、ここでダウト宣言なんてしてしまったら、貴重なエースが無くなる。次の時にエースを出さなければ良いのだが、それはそれでダウト宣言される確率は高い。
少し悩みながら、二人の顔を見る。ダグスはこっちをにらみつけている。クレアは様子をうかがっているのか、こっちを見る。明らかに挙動が焦っていた。わざとなのか、本当なのかが怪しいところだが、今はその挑発に乗ってみるか。
「ダウト。」
この戦いを見ているみんなが、驚く。まあ、1手目でダウト宣言する人もそうそういないからな。ダグスも目を見開いている。クレアは、表情からは何もうかがえない。やっぱり罠だったかなと少し後悔はしたが、まだ最初だから大丈夫だろう。
「レージさんがダウトを宣言しました。レージさん、本当に良いですか。」
「はい。」
「では開きます。」
幸村によってそっとめくられたカードは、『スリー』のカードだった。少しほっとして、クレアを見る。やれやれと言った動作をしてこちらを見た。罠ではなかったみたいだな。
「お前、本当に……いや、まだだ。」
ダグスが、心底驚きながら言う。そこまで追い詰められた感じで言うことでも無いだろ、と思いながらクレアに返されるカードを見て、戻す位置を確認しておく。これが俺の秘策の一つなんだが、完全記憶をすることで後々楽になるようにするという方法だ。
「レージさんのターンです。」
しょうがないかと考えつつも、エースをつかんで、はあと溜息をつきながらゆっくりテーブルに出す。
「エース。」
「ダウトだ! こんな奴がやったんだ。嘘に決まってる!」
出してトランプがテーブルについた瞬間、大きな声で言われたから、本当に飛び跳ねた。胸の所からバクバクという心臓の音が聞こえる。
最初からうすうす気づいていたが、ダグスは初心者だな。相手が1発目に嘘を見破ったことから、裏をかいてくるだろうと思い、ダウト宣言をする。だけど、裏の裏を読まないとこの勝負には勝てないんだよな。浅はかすぎる。
「ダグスさんがダウトを宣言しました。ダグスさん、本当に良いですか。」
「ああ、自信しか無い。」
自分でハードルを上げていっている、これは恥ずかしいぞ。ダグスのことだから、だましたなとか大声で叫んでくるんだろうなと考え、少しだけ心の準備をした。
「では開きます。」
凄い力で目を瞑った。思ったより、インターバルが長く、そんなにびっくりしなかったかなと目をおそるおそる開ける。唖然とした表情でこっちを見るダグス。
「てめえ、だましたな!」
やはり来たか。それにしても不意打ちとはなかなか。心臓が再びスピードアップしているのを感じながら、あははとごまかす。だましたわけじゃないし、謝る必要も無いだろう。
「せっかく、裏の裏の裏を読んでいったのに……。」
今にも泣きそうな顔で言うダグスに感じることは二つ、強面ってこんなに涙もろくて良いのかということ、そして意外と読んでいたんだな、だ。
「なんか、すいません。」
こっちに非があるようにしか思えない程の落ち込みようで、思わず謝ってしまう。少しずつ肩身が狭くなっていく中で、クレアが耳打ちしてくれた。
「ダグスはああ見えて、小学生並みの喜怒哀楽を持っているのよ。わかってあげて。」
うわー、こんな人としばらくつきあわないといけないのか、鬼畜過ぎる。と引きつつも、ダグスの戻す位置をしっかり確認する。よし、覚えた。でも、あまり進まないせいか少しこの後の展開が不安だ。とりあえずぱぱっと終わらせたいな。ダウト宣言をやめるか。
その後は順調に進み、一周回って『クイーン』まできた。七つ程ダウトを見送ったが、問題は無いだろう。俺の秘策というか普通の戦い方で、相手を充分につぶせるだけの量を積んでから見送っていたダウト宣言をする。俺はこれを『オーバーキル』と名付ける。標的はクレアだ。クレアの言葉の調子、行動、目の動きをしっかり観察する。
「キング。」
クレアは嘘をついていなかった。やばい、俺はエースを持っていない。ダウト宣言されたら終わりだ。今は演技をしっかりするしかない。そう言い聞かせても、緊張してしまう。ばれたら死ぬという恐怖に怖じ気づきながらカードを出す。手が震えている。これは気づかれてしまうかもしれない。
「エース。」
声が裏返ってしまった。終わった。冷や汗がだらだらと流れ、目が泳いでしまう。心臓の音しか聞こえないくらいの音でバクバクと鳴る心臓。緊張と不安でもう頭がパンクしそうになり、顔を上げると、クレアと目が合った。ごめんねと、口パクでいい、幸村の方を向いた。
「ダウト。」
「クレアさんがダウトを宣言しました。クレアさん、本当に良いですか。」
「ええ。」
めくられたカードは、俺がおいた『フォー』だった。大量のカードが俺の元に集まる。その光景に絶句し意識が徐々に薄れ、ホワイトアウトした。
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