三話 ハイスペックな世界

 

「うわああ! すっげえ! 夢みたいだ!」


 夢じゃねえから安心しろユーリ。俺も見えてる。信じたくはないがな。


「いやあ、まさかこの異世界がこんなにハイスペックだとは思いませんでした。」


 フィンが教えてくれたことは俺たちの想像の斜め上をきれいな放物線を描きながら越えていった、とでも言ったところだろうか。


 この世界は『記憶』がものを言う世界らしい。記憶=権力と考えるのがこの国の政府だが、一般の人たちは、冒険に使うものと考えているとのことだ。その中枢がここ、リコルディアらしい。


「記憶の都、リコルディアですか。なんだか楽しそうですね!」


「うんうん、ほんっと面白そうだよね! あ、フィンさん、街を見てまわってきても良いですか?」


「ああ。迷子になるんじゃねえぞ。あと、まだ教えなきゃならないことがあるから鐘が鳴ったら戻ってこい。」


「鐘ですね! わかりました。いこっ、ふかっち。」


「あ、ちょっと待って下さい! 四十川先輩。」


「僕もついて行きます。」


 楽しそうで何よりだな。俺はどうしようか。ユーリもいるし、まだフィンの話でも聞いていくか。


「レージ、お前さんは武術とかは習っていたか?」


「いきなりどうしたんだ? そんなこと聞いて。」


「いや、これからの為になっ。」


 そう言って、フィンは胡散臭く笑う。あ、そういえばこんな奴だったわ。昨日の凄く聡明な人は誰だったっけ? 忘れた。


「お前絶対失礼なこと考えてるだろ。」


「いやいや、全くもってそんなことはないぞ。」


「で、どうなんだ?」


「うーん。あんま覚えてないけど、確か十歳くらいまではじいさんに稽古つけられてたな。色々な武道の歩法とかを極めた人らしいし。」


「そうか、ならいい。」


「は?」


 今日はそれで終わった。


 だが、フィンにはこの世界のことを詳しく教えてもらった。だが、みんなが集まって集中できる状況で話さなければいけない大事なことがあると言って帰っていった。


 翌朝、一昨日のように悪魔に起こされた後、俺たちはフィンに呼ばれた。呼ばれた部屋に向かうと、門番達が集まっていた。


「何するんだ? みんな集まって。」


「後で説明する。まずは自己紹介だ。」


 そういや、フィン以外の門番は知らなかったな。部屋にいるのは、六人。大人びた女性、双子らしき兄妹、執事のようなイケメン、理系そうな白衣オールバックの男、グレちゃったっぽい男。みんな個性的だな。


「一人目は、エルフのクレア。街一番の美女だとかじゃないとか。」


「ふふっ、よろしく。」


 思っていたとおり大人っぽい声の人だ。ポニーテールで縛った金色のさらさらな髪、少し前に垂れている髪も、何ともまあ雰囲気が出ている。眼は青く、とてもすんだ色をしていた。白い肌で、露出が少し多めの防具は、胸の真ん中に赤いルビーのような宝石をあしらった、とてもきらびやかなローブ、と言ったところだろうか。


「二人目と三人目は猫型獣人族の兄妹のシグとリディアだ。こう見えて、意外にも十五歳だ。」


「よろしくお願いします。」


「よ……よろしく……お願いします。」


 獣人族。前、フィンに聞いたことがある。


 おおざっぱに言うと、俺たちのような外見の人たちはノーマルと呼ばれることが多い。そして、他にはエルフ、ドワーフ、獣人族が有名なところだと言っていた。


 混合血の種族も確認出来る限りでは名前はあるが、説明が面倒くさいとのことで省かれた。


 兄の方は礼儀正しいな。妹は人見知りみたいだな。ずっとシグの後ろに隠れてる。シグは銀色のつやつやとした髪で、少しくせっ毛かもしれない。そしてひょこっと、さりげなく耳があった。金色の眼は猫を連想させる。動きやすそうな軽装で、胸の所と、手首、肩、腰、肘、膝に薄い金属板がついていた。他は、スポーツウェアのような質感の服を着ている。


 リディアは金色の髪で、肩甲骨辺りまで伸びたさらさらな髪だった。こちらも、またまたさりげなく耳がついている。眼は左右不対称、いわゆるオッドアイで青と黄色だった。言っちゃ悪いが、子供用のかわいげのあるドレスのような服を着ている。ピンクが主体のフリルがついていた。


「四人目は、ノーマルのキルト。まあ、チャラいが多くの実績がある。」


「よろしくっす。」


 ほんとにチャラいな。ユーリと気が合いそうだ。お洒落なスーツを着ているが、茶髪で首にはネックレスを、腕にはじゃらじゃらと色々なブレスレットを付けている。そして指ぬきグローブが合わさり、とてもチャラさがにじみ出ている。茶色の髪はしっかりと整えられ、眼は緑色。この世界の『ノーマル』は何か凄いな。


「五人目、幸村。こいつは、お前らと同じでここに迷い込んだ奴だ。いわゆる先輩だな。」


「よろしくお願いします。聞きたいことがあったら何でも聞いて下さい。」


 堅苦しそうだったが、案外話しやすそうだ。同じ境遇だからかもしれない。真っ黒な髪はオールバックにしていて、少し髭が生えている顔はどこかの研究員のようだ。白衣を羽織っていて、中には、温かそうなセーターを着ていた。ポケットがいっぱいあるサスペンダーも付けている。


「最後に、ダグス。いわゆる吸血鬼の血を引いている。強面ではあるが優しい奴だ。」


「よろしく。」


 あれか、強面は意外にも優しいパターンか。頼りにはなりそうだが。髪は黒いヘアバンドで上に上げられていて、紅い目と白い肌に口を開けたときに見える鋭い牙。本当に吸血鬼なのか。耳に、血のような色をしたピアスを付けていて、忍びのような出で立ちだ。


「最後に、俺はフィンだ。ギルド『ガーディアン』の総括を任されている。いわゆるギルドマスターだ、よろしくな。」


 まあ、こいつは言うまでも無く、胡散臭い程冒険者っぽい防具を着ている。


「次はお前らの番だ。」


「レージです。よろしくお願いします。」


「ユーリです。お願いしゃっす。」


「葉月です。よろしくお願いします。」


「美瑠でーす。元気いっぱいの女の子だよ。よろしくー。」


「山田です。」


「よし、これで自己紹介は終わりだな。みんなに集まってもらったのには訳がある。まずは一つ目だ。金は持ってるか?」


「持ってるけど違うところのだぞ。」


「それで良いんだよ。」


 よくわからないが、とりあえずみんなに持たせていたお金を出してもらう。小遣いがなくて硬貨しか無かったが、一応500円玉を持っている分だけ持ってきていた。


「これならいけるな。頼む、幸村。」


「お安いご用です。」


 そう言うと幸村は硬貨を手のひらにのせ、もう片方の手で硬貨を挟んだ。真剣な顔つきで目を閉じ、深呼吸をしてからまた目を開ける。


錬金術アルキーミア!」


 幸村がそう言うと、手の隙間から青白い光が漏れ出した。よく見ると、結界の時と同じ文字が書かれていた。バチバチと音がかすかに聞こえる。


「終わりました。」


 テーブルに硬貨を並べる幸村。そこには、知らない硬貨があった。


「「「「「うわああああ。」」」」」


 俺たちは思わず感嘆の声を上げた。本物のマジックを間近で見せられた感じだ。さっきよりも少し大きめの金貨で、片面にはおそらくこの街であろう景色が、もう片方には、川のような絵が描かれている。


「これは何の硬貨なんですか?」


と、五六が幸村に聞く。


「これはこの世界の硬貨です。それにしてもラッキーでしたね。皆さんが持ってきた硬貨が全部500円玉で。この硬貨は、同じ素材で出来ているんですよ。しかもこれはこの国の最高金額の金貨です。軽く見積もって、一枚で家は買えますね。」


「「「「「ええええ?!」」」」」


 ご、500円玉が、異国では家を買える価値なのか! 目を丸くしている俺たちの横で、ユーリが質問をした。


「前から思ってたけど、その力って何なの?」


「そう、それが伝えておかなければならない重要なことだ。この力を、お前達には五日でマスターしてもらう。こいつらとマンツーマンで特訓してもらおうと考えているが、そのためにはみんなの力の特徴を知る必要がある。」


「特徴ですか。ということは、門番さん達もそれぞれの力を持っていると言うことですね。」


「察しが良いわね。簡単に言うとそういうことよ。」


「もうお前さん達には話したと思うが、この世界は『記憶』が統べている世界だ。当然ながら、記憶が力として反映される。その力を引き出す為しなくてはいけないことがある。それが、ギルドに入ることだ。ギルドは、それぞれ違う神をあがめていて、加護もまた違う。俺たちのギルドは特殊で、国家直属のギルド、『ガーディアン』。つまり守護者だ。だから門番をやっている。」


 スケールが大きくなってきたな。俺の現実逃避のメーターが半分越えたぞ。でも、記憶が力になるってのは面白いかもしれないな。ま、俺には記憶なんて、そんなに良いものがないが。


「他には?」


「色々ある。神をあがめると言っても神だけしかあがめないわけではない。多いのはドラゴンだな。有名なのは、『ワイバーン』のギルドだ。『ワイバーン』の加護は、攻撃に特化している。そのためクエストも簡単にいきやすい。」


「『ガーディアン』は防御に特化してるのか?」


「半分正解だ。だが、防御だけじゃない。後方支援に特化している。防御は勿論、回復、支援魔法などが強化される。」


「それぞれに良いところがあるんだな。」


「そう、だから今日は、お前さん達にギルドを選んでもらう。そこで注意しないといけないことがある。ギルドに一度入ったら死ぬまでそのギルドに所属することになるということと、掛け持ちは出来無いと言うことだ。掛け持ちをすると、簡単に言うと死刑だ。神に逆らったとしてな。」


「ひええ。こわいなあ、それは。」


 死刑か。まあ、そりゃあそうだ。だけど、一つ腑に落ちないことがある。俺たちでもそんなことが出来るのかって事だ。


 確かに記憶を力にするんだったら俺たちにも出来る。記憶があるからな。でも何でそんなに献身的なんだ。一応、俺たちは侵入者で危険な事をしでかすかもしれないのに、そんな奴らに国が許可を下ろすか? いや、下ろすわけがないはずだ。


 フィンを疑うわけではないが、さすがにうまくいきすぎだ。


「……フィン、いきなりだけど、質問しても良いか?」


「おう、何でも聞いてくれ。」


「単刀直入に言う。この話、裏があるだろ。」


 その瞬間、先ほどまでニコニコと話していた門番達の表情が曇る。苦悶の表情を浮かべる者もいた。


「はあ、お前はほんとに勘が鋭いな。そうだ、この話には裏がある。これから言うことは国家機密だが、お前達は対象外だから話しても良いだろう。」


「いいのかよ。普通対象外だからこそ言わないんじゃないのか?」


「お前達の仲間だからな。隠し事はしない。幸村お願いして良いか?」


「はい。この世界の人々は普通、力・通称『リコルド』をウェポンとして巧みに操り、クエストをクリアしていきます。」


「リコルド……、記憶ですか。」


 なるほど、だからこの帝国はリコルディアなのか。記憶が統べる世界の中心か。便利なところに転送したもんだ。


「リコルドに個人差はあまり出ません。記憶の量、感情などにより使えるウェポンの種類が変わるくらいです。ですが、私たちのような異国の人間は、この世界の理から外れています。そのため、他の人には使えない、自分だけ使えるリコルドが発生します。それを、オリジナルウェポンと言い、研究の材料として扱われています。」


「それって、俺たちのそのウェポンとかが使えるようになるまで待ってから、奪うって事っすか?」


「いや、それは僕にもわかりません。僕の場合はガーディアンのギルドに入ったので、皆さんに守って頂いていますから。ちなみに、ウェポン、オリジナルウェポン共に習得済みで、さっき見せたのが僕のオリジナルウェポン、錬金術アルキーミアです。」


 うーん。ガーディアンに入れば、身の安全は確実に守れる。だが、やりたいことが門番の仕事でかなり制限される。どっちを選ぶか……か。究極に等しい選択肢だな。


 そしてまたいいように丸め込まれそうだったが、もう一つ疑問がある。オリジナルウェポンが使えるのが本当に異世界人、俺たちだけかと言うことだ。そんなに都合良く異世界の人だけが使えるものがあるわけはない。


「異世界人が来るようになったのはいつからなんだ?」


「二週間くらい前ですかね。その日から転生用の門が緊急で設置されて、レージさん達が来たという感じです。」


 設置するの早っ。しかもなじむのも早すぎだろ。という突っ込みは入れたいが、やはりこの短期間での発見から行動までの速さは、少しつじつまが合わない。連絡が入っても、国はうかつには動くわけがない。


 となると、元々発見されていたものという可能性は高い。


「なあ、ウェポンって言うからには、それは武器になるんだろ? じゃあ、ウェポンが具現化されたとして、おそらくこれは一つしか出来無いはずだ。なのに何でフィンは、大きな盾と大きな剣を担いでるんだ?」


 どうやら図星のようで、門番達はやれやれと言った動作や、苦笑いをする。


「さすがだ。お前にはもう何も隠し事は出来無いな。実を言うと、オリジナルウェポンを使える奴はお前達以外にもいる。それは、俺のような貴族だ。元々この特別な力があるから、貴族は今のランクまでのし上がったようなものだしな。だが、ここで問題になるのは、いくら王でも、貴族を研究に使って、敵に回したらつぶされてしまう事だ。そこで丁度良くこっちに転生し始めた、俺たちと同じ力を持つ異世界人を使おうとしているわけだ。はっきり言って胸くそ悪い。そっちの都合で勝手に人の命を踏みにじるような奴が俺は大嫌いだ。だから、『ガーディアン』を立ち上げたって訳だ。表向きは門番だが、裏では、転生者の保護、訓練、街の案内などをしているんだ。」


 見たことのないフィンのその苦渋の表情に、その重さと真剣さをひしひしと感じる。そうか、人工のギルドはこういう経緯で作られたんだな。フィンみたいな良い奴のおかげで、俺たちが今ここにいるって事に感謝しなきゃいけないな。


「他に何かあるか?」


「いや。ありがとな。俺の勝手な質問で、何かちょっと迷惑かけちまったみたいで。」


「そんなことはないさ。いつか話すことだったんだ。」


「じゃあ、僕が質問しても良いですか?」


「おうよ。」


 珍しく、山田が口を開いた。長文を聞いたことがなかったからかもしれないが、めっちゃイケボじゃねえか! なんだこいつ。アルバイトで声優してるのか? 滑舌も良くて、聞き取りやすい。マジでなんなんだ。


 おっと、俺としたことが取り乱してしまった。ふうと、落ち着いて溜息をし、目を開けるとみんながぽかんとした顔でこっちを見ていた。俺は焦る。とてつもなく焦る。さっきそんなにきもい反応してたか?


「な、何かようでも……?」


「お前、ダウトで負け無しって本当かよ。」


 早足で俺に近付き、凄い険相で肩を強くつかみ揺すってくる。優しい人だとわかってても、ゼロ距離で強面を見せられたら辛い。リンチされる気持ちってこんな感じなのかな。と、なぜか死を悟ってしまったところで正気に戻る。


「え、あ、いや、ご、ごめんなさい。ちょっと何の話をしていたか聞いていなくて。ははは……。」


「いま、山田君からの質問で、話がそれてトランプの話になったのよ。それで、このリコルディア帝国で認められているゲームは一つだけなの。それが、ダウトよ。まあ、他の国ではその国それぞれの文化を反映したゲームが認められているわ。」


「国の文化? じゃあここは嘘つきと深い関係でもあるのか?」


 知的好奇心で、思わず失礼な質問をしてしまった。と思い、少し身構える。


「そうよ。この国には、二人の英雄がいるの。その一人が詐欺師のゼロ。名前を隠していたから、いつしかこう呼ばれるようになったらしいわ。ここからは伝承だから、少し長くなるけどいい?」


「あ、はい。」


 意外なことに、本当に深い関係があるとは思わなかった。でも、詐欺師と深い関係とは。

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