二話 色欲と女神 

 なんだか生臭い。嫌な予感がした。一瞬で飛び起き後ずさりする。予感は的中だ。


「うわああああ! い、犬が何でここに!」


 くりくりとした目でこちらを不思議そうに眺めてくる悪魔。そう、奴らは悪魔なのだ。


 俺が中学の時のことだ。家に帰ると、犬がいた。その後、母さんが出てきて飼うことになったと聞く。そのときはまだ、犬は嫌いじゃなかったが、その犬はなぜか俺には懐かなかった。その上、近くを通っただけで噛み付かれるようになり、毎日毎日傷が増えていくことがトラウマになってしまった。


 そして克服も出来ないまま、今に至るわけだ。ということで、犬は絶対拒否だ。


「非犬三原則! 犬に近づかない、近寄らせない、会ったらすぐ逃げるだ! こんちくしょう。」


 そんな感じで悪魔に気をとられていたら、突然大きな笑い声が聞こえた。冷静になってみるとそこには、冒険者という感じの出で立ちの人が大勢いる。


 身軽そうな恰好に身を包んだ人、重そうな鎧を着た人、魔法使いのようなとんがり帽をかぶった人。


 とてもにぎやかで、なかには幼稚園児のような子や、かなりお年を召した方、獣耳が生えた人、エルフのような耳の人もいた。


 そして、壁が煉瓦になっていて、とても広い。暖かな光のランプがおいてあり、上にはシャンデリアのような照明。ランプをたどって周りを見回す。いろんな設備があるようで、酒場のようなところ、掲示板、本がとても置いてある図書室のような場所、宿泊所のような部屋もある。


「うわぁ、すげえ。これぞ異世界って感じだな。」


 思わず笑みがこぼれる。ニヤニヤしながらあたりを見渡していると、フィンがいた。知らない人たちと話してる。楽しそうだ。フィンがこちらに気づき、駆け寄ってくる。


「やっと起きたか、あんちゃん。」


「さっきの奴らは誰だ? 知り合いか?」


「そうだ。そしてあいつらが俺の仲間の門番だ。お前さんの仲間のこともだいたい聞かせてもらった。」


「って事はここにユーリ達はいるんだな。」


「物わかりが良くて助かるぜ。今から会わせてやる。あともう二つ。一つ目、何があっても俺たちはお前達の味方だ。少なくとも俺は決して裏切らない。それを覚えておいてくれ。」


 こいつが仲間とは、かなり心強いな。ありがたい。


「ああ。」


「よし。二つ目、お前らはどこから来た?」


 これは答えて良いのか……? ここで嘘をつくべきではないのはわかってはいるが、簡単に教えても良いのか? 少し考えた後、俺は覚悟を決めた。


「……日本だ。日本の東京ってところから来た。」


 フィンは、フッと笑ってから、


「ありがとよ。これでもうお前を疑うことは絶対にない。安心しろ。それとお前らのことは俺が王様に伝えておくからな。」


「すげーな、お前ってそんなに偉いのか?」


「んなわけあるか。」


 何故か可笑しくなってきて俺は思わず笑ってしまった。フィンも吹き出す。何か、どこの世界でも友達って言うのはつくれるんだなと思ってしまい、さらに可笑しくなってくる。


 ひとしきり笑い終えると、フィンはみんなの元へ連れていってくれた。建物の奥へと進んでゆく。そこはホテルのように、廊下の至るところに扉があった。


「こっちだ。」


 フィンが一つの扉を開けた。そこには、大きめの長方形のテーブルと四つずつ向かい合うようにして椅子が置かれていた。だが、誰もいない。


「みんなはどこだ?」


「安心しろ。結界を張っているだけだ。解けばみんなが見えるようになるさ。」


 するとフィンは部屋に入り、壁に手を当て、何か呟き始めた。よく聞き取れないが、多分、結界を解除しているのだろう。


「いや違う、結界は解けない。1回張ってしまったらな。そこで必要なのは、呪文式の解読とその呪文式を打ち消す詠唱が出来ることだ。。」


「ふーん、そういうことか。簡単に言えば、酸性の液体に、アルカリ性の液体を混ぜて、中性にするって感じだな。なら、いまは逆結界を張っているんのか。」


「ま、そのたとえはわからないが、そういうこった。」


「あとさりげなく人の心を読むのはやめてくれ。」


「あははっ。すまんちょっと面白くてな。お前さんの考えてることが見え見えすぎて。」


 ええい、忌々しい奴め! と、思わず悪役のボスのようなことを言いそうになる。何か無性にむかつく。


「よし。」


 フィンがそう言うと、部屋一帯が、青白い光で包まれた。光の間から文字がちらっと見える。転送装置の壁に書かれていた文字だ。でも、スペルの羅列が、てんでばらばらで読めそうにない。


「うおっ! すげえ。フィン、お前本当に何者なんだ?」


 少々あきれ気味に言った。だがフィンは、ははっと笑ってごまかす。まあ、味方なんだからどうでも良いけど。


「そろそろだ、目を押さえろ! 失明するぞ!」


「なんでそんな危険がいちいち伴うんだああああ!」


 俺はそう叫びながら、慌てて目を押さえる。手で顔を覆ってもとてもまぶしい。そりゃあ失明するわ。暫くまぶしい光が絶え間なくおそってきていたが、徐々に光も収まっていった。


「もういいぜ。」


 そう言われ、俺は手を下ろす。目の前には見慣れた奴らが……、


「ごふっ!」


 いたと思う間もなく、謎の影が俺を襲い、顎に何かがクリーンヒットする。体勢が崩れ、後ろに倒れる。


「レージ君、無事だったんだね! おかえりー!」


 あー、お前か四十川。しかし、再会して早々に抱きついてくるとはな。って! 抱きついているだと?! 女の子とまともに話すことのない、コミュ障の俺にか? 何段飛ばしたんだよ! ……ん、ちょっと待てよ、ということは今俺の胴体に感じられるこの感触はもしかしてっ!


「先輩、大丈夫だったんですね! すっごく心配したんですよ!」


 お前は女神か、五六! こんなに良い子が、俺の事を心配してくれているのか! 今、色欲で頭がいっぱいな俺を! 嬉しいけど、罪悪感がとてつもない。精神的ダメージが凄い勢いで一気に俺のMPを削っていっているぞ。


「ま、俺はお前が無事で帰ってくるとわかっていたよ。」


 ユーリが追い打ちをかけてきた。人とシチュエーションが違えば、友情を存分に確かめ合えただろうに、なんてこったい。前髪をかきあげ、中二っぽく、かつナルシスト感をあふれさせていう言葉ではない。そして、女に抱きつかれたまま聞かされる言葉でもない。とても……イタい。そう、とてつもなくイタい奴だ。


「はあ、まあいつも通りで何よりだよ。ところで、調子は大丈夫なのか?」


「うん、全然平気だよー。」


 それは嬉しいことこの上ないが、流石にそろそろ離れてくれないか。と、言おうとする。だが、その言葉はなぜか声にならない。


「くっ、俺の精神よりも、俺の欲望がこの体をコントロールしてるということかっ!」


「何変なこといってるんですか、先輩は。あと、四十川先輩も、早く離れて下さい。あと、私も大丈夫です。」


「はーい。」


 少し不満そうに離れる四十川。ナイスだ五六! もう少しで、俺の精神がぶっ壊れるところだった。


「んー、おれは、脇腹がとてつもなく痛いが、それ以外は無事だな。」


 あー……、あのことはあえて伏せておこう。これ以上MPを削るわけにもいかないし。


「僕もです。」


「うおっ! いたのか、山田。」


「「「「「あははは!」」」」」


 俺たちはずっと笑っていた。腹筋割れるかと思う程。かなりマジで。フィンはその日俺たちのことをそっとしておいてくれた。つくづく気の利く良い奴だ。


 寝床に入っても俺たちは語り合い続けた。門番との会話のこと、この世界のこと、モンスターのこと。ちなみに言うと、やっぱり俺が一番手荒な歓迎を受けたようだ。最悪だな。だが、再会できたおかげでやっと希望が見えてきた(何の希望かはわからないが)、多分。明日、フィンが町を案内してくれるらしい。ついでにこの世界のことも。


「ま、やるだけやってみるか。」


 これからの異世界生活、帰るすべも生き抜くすべもないがいけるとこまでいってみようじゃないか。

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