三話 転送


 そして今日に至る。技術の先生に頼み込み、『転送できるわけないから、適当でも良いか?』という条件付きでプログラムしてもらった。俺らも協力して、できるだけでたらめになるように作製した。これで良いのかと、問いたくなるほどに。


 まあ、転送の方法自体は意外と簡単だ。三人一組で転送陣に乗ってもらい、少しの調整を加えて、スイッチを入れ転送完了。


 でもこれは、ハイリスクローリターンの賭けな訳で、当たり前だがみんな親からは大反対されたそうだ。『あんた正気?』とか何とか。その制止を押し切って転送することになったわけだ。


 まあ、それは置いておいて、先に四十川あいかわ五六ふかぼり、山田が。後に、俺とユーリが行く。もう一人は別に居なくても平気だろう、多分。


「いよいよですね。」


 一切物音のしない部屋で、五六ふかぼりが呟く。みんなに緊張が走り、俺の頬に汗が伝う。またこの緊張感か、辛いな。というか、なんで調整を俺がやることになったんだ。


 絶対五六ふかぼりの方が安全だろ。責任を負いたくない訳じゃない。結局みんな同じ分の責任背負ってるんからな。だけどどう考えたって五六ふかぼりがやるべき仕事だ、これは。


 はあ、時間が無いし、諦めるか。そして今思ったが、何で俺はこの部にあんな変な名前を付けてしまったのだろう。あの名前さえ付けなければこんな事にはならなかったのに。


「準備は良いか?」


「はい。」


「おー。」


「うん。」


「ああ。」


「じゃあ、五六ふかぼり四十川あいかわと山田は転送陣の上に乗ってくれ。今調整する。」


 教室に沈黙が走る。気まずいな。俺がみんなの運命を握ることになるとは考えもしなかった。ただほのぼのと部活動を楽しく過ごしたかったのに。ああ、俺の高校生活が……、まだ友達五人くらいしか作ってないのに。


「よし、できた。……い、いくぞ。」


 震える指でスイッチを押す。と同時に、けたたましい金切り音とまばゆい光がはしる。失明するかと思うような光の中、それ以上にまぶしい青白い光で転送陣がきらめき、一瞬にして三人が消えた。


「「おお!」」


「ほんとに転送したの……?」


「みたいだな。」


 まさか本当に転送が出来るなんて、ノーベル賞ものだぞこれ! という内心は抑えつつ、俺は至って冷静に反応した。ユーリは信じられないという顔をしている。


 それはそうと、これは困ったな。成功するとは。このままじゃ俺たちも行くことになってしまう。いや、別に行きたくないとか、死にたくないとかではなく、ただ単に帰るすべがないまま異世界へ行かないといけないことが不安だ。とてつもなくウルトラスーパー憂鬱だ。


「はあ、じゃあ俺たちも行くか。」


「おう!」


 先ほどと同様に転送陣の上に乗る。ただ、人数、重量、体積など転送に関わってくる全てのことがさっきとは違う。だからここで失敗して、死んでもおかしくはない。これはあくまで極論だ。もう少しポジティブに考えるとするか。ハンデがめっちゃついたりとか。これも極論だな、かなり。無心になるか。


 そんなことを考えつつ、パソコンを近づけ、細かい設定を変えていく。さっきよりも手が震える。そりゃそうか。考えてみれば自分で自分の運命を決めた事なんて無かったな。そうこう考えている内に、設定が終わった。覚悟を決めるしかないな、俺の選んだ道なんだから。


「準備は良いか、ユーリ。」


「ああ!」


「いくぞっ!」


 スイッチを押す。……おそるおそる目を開けてみるが、転送はできていなかった。さっきは一瞬で転送できていたのに、なんでだ? やっぱり二人じゃ色々とまずかったのか? と考えながら、パソコンに近づく。すると突然、顔面に衝撃が走った。バランスを崩し、尻餅をつく。


「いってぇーー。」


 何事かと思い顔を上げると、バリバリと音を立てて電気のような閃光がせわしなく動く、文字がかかれた半透明の壁が、転送陣を囲むように出来ていた。


「うおおおお! な、なんだこれ。」


 先ほどまではなかった壁に少しテンションが上がり、すぐに立ち上がる。文字を読もうとしてみるが、見たことはない文字だった。見た目は、アルファベットに一本だけ線を加えたようなものだった。類似するアルファベットに置き換えて読んでみると、『Don't go out(外に出てはいけない)』となっていた。もしかしてと思い、もう一度壁に触れてみる。


「いてっ!」


 触れたところに電気が走るようになっているようだ。結界と言ったところだろう。だけどこれじゃあ外に出られないし、何より調整が出来無い。どうしたら良いんだ。と、ありもしない脳みそをフル回転させる。


 ふと横を見るとユーリがいた。そういえばこいつもいたな、などと思いながら肩をたたく。だが、変わらず顔を手で覆いしかめっつらのまま、目を強くつむりうずくまっている。本当に、今回の件のせいで今まで0に等しかった好感度がマイナス振り切ったぞ。


「おい、いい加減やめろよそれ。」


 ユーリは全く動かない。ちょっとむかついてきたので、とりあえず120%くらいの力で蹴る。……やっぱり微動だにしない。というか、脚がとてもジンジンする。石でも蹴ったみたいだ。理解が追いつかない。今何が起きてるのかがわからない。考えれば考える程疑問が浮かんでくる。


「あー、もうわけわかんねぇ。」


 そう呟き、なんとなく窓の方を見る。俺は目を疑った。ボールが浮いていたのだ。


 しばらく眺めていたが、微動だにしない。ここは二階、ボールが同じ場所でとどまるなんてあり得ない。混乱して幻覚でも見ているのかと思い、目をこするがボールはそのままだった。


 外ではサッカー部などが練習をしている。たまに、ここの高さまで蹴り上げることがある。となると、時間が止まらない限り、こんなことは起きない。


「……! 時間が止まった?」


 時間が止まっているなら、ユーリが動かないのも、ボールが止まっているのも説明がつく。だけど、そんなことがあり得るのか? 確かめようにも、なぜかこの部室には時計がない。しかも俺は腕時計を付けていない。そしてこんな時に限って、スマホを家に忘れてきた。


「あ、俺もしかしてめっちゃ役立たず?」


 自分で言ってとてつもなくへこんだ。でも落ち込んでいる場合じゃない。何か無いのかと、部屋の中をなめ回すように見渡す。何でもいい。何か時間を確認出来るものはないか。ひたすら目をこらす。全神経を集中させて、記憶をたどりながら部屋を見ていく。


 そういえば、大掃除の時に見つけた時計が段ボールの中にあったな。いや、外に出られないんだった。ここからでも時間がわかる物は何だ。


「そうだ! 太陽光で動く置物!」


 窓辺にある花の形をした、その置物を見る。太陽はさんさんと照りつけているのに、動いていなかった。


「やっぱり時間が止まってるのか?」


 とりあえず落ち着いて、状況整理をしよう。仮説ではあるが、今俺は時間が止まった世界にいる。


 でも、さっきの転送では一瞬だった。五六ふかぼりたちが同じ体験をしたかはわからないが、一応俺だけの時間が止まっていないのだろう。呼吸も出来るし、息苦しさはない。心臓の音も、脈もある。体を動かすのに違和感はない。


 昼時だが、空腹感もない。となると、このまま閉じ込められていても、死にはしないだろう。


「はあ、考えても打開策が浮かばないな。」


 何となく、もう一度壁に触れる。バチッという音と共に痛みが走った。やはり出ることは出来ない。とりあえず頭を使いすぎて疲れたから寝るか、と考え寝転がる。


 そのとき、いきなり視界が暗転した。別に目を閉じているわけではないのに、いつのまにか目の前にあった物がなくなって、ただただ真っ黒な世界が広がっていた。転送装置も、部室も、ユーリもいない。


「どういうことだよ……。」


 理解が追いつかない。さっきまでいた部屋はどこに行ったんだ。夢? いや、そんなはずはない。視界がぐるぐると回っていく。頭を使いすぎてパンクしたのか? 立ちくらみのようにくらくらする。やばいと思ったとき、声がした。


 ――お前らはこちらに来てはいけない。来た場合、即刻排除する。――


 とても野太く恐ろしい声だった。


「な、何言ってんだ! お前誰だよ!」


 返答はない。大量に噴き出す冷や汗と、背筋が凍るような寒気がした。意識が飛びそうになるが、耐える。何をするつもりだ? いやそんなの決まっている。殺すんだ。どうする? 俺のせいでみんなが死ぬ? そんなのダメだ。もしかしたらもう手遅れかもしれない。


 そんな考えが一気に脳を支配した。もうノイローゼになりそうだ。そう思ったとき、けたたましい金切り音が鳴った。


「うおああああ!」


 慌てて耳を手でふさごうとした。が、そこに手はなかった。まるでアニメのように、体が分解されていく。痛みはない。血も出ない。ただ、その光景を呆然と見るだけだった。すぐに、目のくらむようなまぶしい光が俺を襲う。


 ――その道を選ぶか……。――


 また声がした。俺に決定権も、拒否権もないみたいだ。そんな考えがよぎって、視界がブラックアウトした。










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