望みと責任

 雪人はナツと宿で別れたあと、自室のベッドに寝転び、天井を見ながら考えていた。


 この三日間、ナツを探しに歩き回ったおかげで、雪人は自分のなかにある一つの感情があることを見つけたのだ。


 自分はナツを求めている。それも彼女と会えない時間が一日でもあると狂おしくなるほどに。


(俺はこの先、どうしたいんだろう)


 砂浜でもこの言葉が雪人の頭によぎっていた。

 

 ここから出られるというのは嬉しい。だが、出られるということは彼女との別れを意味するのだろう。


 ここからの脱出か、ナツをとるか。

 

 だが本来はこんなことをベッドの上でネチネチ考えていても埒が明かないのだ。

 もしナツが自分に微塵も興味がなかったら、ここから出ないという選択肢は存在しえない。

 主導権は彼女が握っている。


(ナツに心のほどを聞くのもなぁ……)


 だがそんなことをする勇気はなかった。

 それにたぶん、今のろころ脈がないのはあきらかだ。ここから先、関係を進めるか進めないかは自分次第だが、どうしたら良いか、という答えがすぐ出てくるはずもない。


(どうしよう……)


 雪人は寝返りを打った。彼の視線の先は、天井から部屋の壁へと移る。


(でも、もうすぐナツと別れなきゃいけいないときが来るんだよなぁ、たぶん)


 ナツの言葉が正しければ、この世界では空間は時間を示す。今この空間は昼だ。――もしかしたら朝かもしれないけれど。


 とはいえどちらにしろ、太陽は昇ってしまっている。つまりはすでに夜は開けたのだ。


 自分たちが「夜を越える」ことを求められているのならば、もう終わりは近いのだ。


(ここに居たいな)


 雪人はそう思った。が、首を振ってそれをかき消す。


 彼女のことを大切に思うなら第一に彼女の考えを優先すべきだろう。勝手な情欲によって決めて良いものではない。


(このまま何もしない方が良いのかなぁ)


 雪人はため息をついた。

 視線をまた天井に向ける。


 天井はところどころ、小さな紅茶色の染みがついていた。

 それはまるで老婆優しげな顔にも似ていた。彼女は優しく見守ってくれている。


 雪人は少し口角を上げた。


「ありがとう」


 天井は微笑み返してくれているようだった。


 雪人は自分の中のものを整理することにした。


 自分は今、彼女を求めている。それはここの世界にとどまることでしか実現しえない。だがそれはナツのためとは言えない。その判断はナツに任せるべきだ。


(これはいつか、伝えるしかないな)


 後悔の無いように。

 積極的な行為の後悔は、消極的な行為の後悔よりも優れている。

 積極的な後悔は、失敗を自分のせいにできるし、責任も明白だ。消極的な行為の後悔は責任が明白ではない。このときああしていれば、という亡霊が永遠につきまとう。


(機を見て――)


 この世界は広い。地球の大きさくらいはあるのだ。一人の人間が一生をかけても回りきることはできない。


 出口が見つかるまでに時間はたっぷりあるのだ。それまでに絶好の機会を逃さなければいい。


 ゆっくりと待っていればいい。それまでに心を整えておこう。たとえそれが失敗するものだとしても、それは自然の摂理として受け止めよう。

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