森の中

 街を出ると、背の低い木々が生い茂る森が広がっていた。


木々は高さがせいぜい五メートルくらいで、巨木は一本も見当たらない。その森は、海辺まで迫る山の斜面の全体を覆っていた。


(さて、雪人には出口を探してくると言ったけれど、どうすればいいかしら)


 ナツは街と森の境目あたりに立ち止まって考えていた。


 出口を探すのに、どこからどう手をつけるのかは全くのノープランだった。雪人の話によればこの世界は相当広いらしい。歩いていける範囲に「出口」があるという保証はないのだ。


(まあでも、とりあえずは探してみないといけないか)


 ナツは一歩、森の中へと踏み込む。

 当然のことだが、一歩進んだ程度では、ほとんどさっきとは雰囲気は変わらない。

 しかし進んでいくうち、空気はだんだんとひんやりしてきた。


 森の木々が大気を濾してくれているのだろうか。不純物が一切混じっていない水のなかにいるように、空気が澄んでいる。

 空気を吸うたび、頭がすっきりしていく。


(心地良い森ね。ずっと過ごしていたいくらい)


 一時間ほど歩いて、ナツは近くの木陰に転がっていた石に、腰を掛ける。

 木の間からは、小さくなった街が透けていた。結構登っていたようだ。街は足下近くに見える。


(どうしたら良いかしら)


 ナツは街を見つめながら思った。

 街は太陽の光を浴びて、白く輝いている。


 この先のことが、かなり思いやられる。

 一時間程度で、出口が見つかるとは思っていなかったが、世界が地球規模と聞くと、気が遠くなってしまう。

 釈迦の喩えにあったが、百年に一度海面に顔を出す盲目の亀が、水面に浮く木の穴に顔を入れる確率よりも難しいかもしれない。


(この世界にとどまるしかないのかしら)


 ナツは街に強く視線を当てながら考える。


 ところで、この街は思いの外住み心地の良いところだった。

 森へ入る前に街を抜けてきたとき、街の人は見知らぬ彼女にも優しく声をかけてくれた。

 助け合いの精神が息づいているのか、浮浪者や貧困者といった類の人は一人も見なかった。

 景観も美しい。


 この街には文句のつけようがなかった。


(でもだめね、この街は良すぎるわ)


 ナツは首を振る。


 街は確かに良い、だが少し理想的すぎた。癖も味気も何もない。

 どんな名画も、ずっと眺めていれば飽きてしまうのと同じだ。

 美しすぎるものは退屈を催す。

 どこかに辛い暗部でもないと楽しめないだろう。


 ナツは石から腰を上げた。

 

 まだ日は高い。出口を探すことは、あと数時間くらいは可能だろう。


 ナツはくっと伸びをする。


 森の木々が風を吹かせて、木の葉を鳴らした。

 風は、歩いて少し汗ばんできた体を涼しくする。


「さて」


 ナツはそう言って歩き始めた。

 森はまだ続いている。探すところはたくさんある。


「いつまでたっても終わらない捜索、それも楽しそうじゃない」


 ナツは顔に挑戦的な笑顔を浮かべつつ、光差す美しい森を進んでいった。

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