再び
ナツは気がつくと、砂浜の上に寝ていた。
そこはさっきまでの砂浜ではない。夜だった空は、明るくなり、昼の様相を呈している。あの神社の中以外では見ることのなかった青空だ。久しぶりの太陽の光に、ナツはそれを痛く感じた。
ゆっくりと体を起こす。砂は焼けるような熱さではなかった。少しひんやりとして気持ち良いくらいだ。
辺りを見回す。
砂浜を歩く人はまばらだった。遠くの方には海に突き出る桟橋が見え、そこに二隻の帆船が帆を真っ白な帆を広げながら停泊している。
その船はそろそろ出港するのだろう。桟橋の上ではせわしなくゴマ粒のような人々が動き回っていた。
ナツの背後には、海辺まで迫る山の斜面にへばりつくように家々が並んでいた。それらは真っ白なギリシャ風の建物で、肩を寄せ合いながら上の方まで続いている。家と家の間の迷路のような路地には坂を登り降りする人影がまばらに見えていた。
「ナツ!」
遠くから声が聞こえた。
砂浜の奥のほうから迫る人影。その姿は見覚えのあるものだった。
「雪人!」
ナツは砂浜から立ち上がって、彼の方へ走り出す。
二人の近づく速度は二倍になった。
「やっと、見つけられたよ!」
ナツのもとへたどり着いた雪人は息を切らせながら言う。
「男のくせに随分と情けないわね」
「仕方ないでしょ、だって俺、体力ないんだから」
疲れた様子の雪人は砂浜に寝転がっていた。
「情っけないわね」
そう言いつつ、ナツは雪人の隣に腰を下ろす。
「あなたはここで、どれくらい過ごしたの?」
ナツが訊く。
「だいたい、三日くらいかな。でもここは黄昏の街とは違って、現地の人と交流できるからまだ寂しさはなかったかな」
雪人の呼吸はまだ荒いままだった。
「ここの人たちとは触れ合えるの?」
ナツは興味深そうに雪人の顔を覗き込む。
「ああ、そうだよ」
雪人は首だけをナツに向けた。
「そう。じゃあ他にもなにかわかったことはある?」
ナツがそう聞くと、雪人は切れ切れの呼吸を整えながら、この街について伝え始めた。
雪人が言うには、この街はどうやら中世の街のようであるらしい。街の人によると、この空間はかなり広く、地球くらいの広さはあるようだ。
「それと。住んでいる人や町並みは、みんなヨーロッパ風だけど、全員日本語を話してくれてるよ」
そう雪人は最後に続けた。
「すると、生活するのには苦労はなさそうね」
「ここで長期間過ごす気?」
「ええ、そうよ。ここを拠点にまたどこか外に出られるところがないか探すわ」
「そう」
雪人はナツから視線を離して、空を見上げる。彼はなにか考えている様子だった。
「どうかしたの?」
ナツが尋ねる。
「いや、何でもない。じゃあ、俺のいる宿へ行こうか」
雪人はそう言って立ち上がる。
「宿? あなた、宿に泊まってるの?」
「ん? そうだけど」
雪人は体に付いた砂を払いながら言う。
「お金は? 私たち一円も持っていないわよね?」
「それなら大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのよ。まさか逃げようなんて考えて――」
「宿代は要らないって言われたから」
「へ?」
ナツは目を点にする。
「そんな気前の良い宿なんてあるはず……」
「俺が働いて宿代を返すって言った」
「はぁ!? ってことは、ここで働かなきゃいけないの!?」
「そう言うことになる」
「はぁ……」
ナツは頭を抱える。
「それじゃあ、あなたを連れ出せないじゃない。私だけで出口を探さないと。出口を探すのって、大変なのよ」
「ご、ごめん! でも宿の人は、数日働いてくれれば構わないって言ってくれたから! だからすぐに辞められるよ!」
ナツは顔を上げて雪人を見る。その顔には少し疑いの念が含まれていた。
「本当?」
「う、うん、本当」
雪人が首を立てに振ると、ナツは小さく息を吐く。
「なら良いわ。数日間あなたは働いておいて。私は出口を探してくるから。でもあなたと落ち合えないといけないから、これから宿へ連れてってくれない?」
「うん、わかった」
「さあ、なら行くわよ。時間は限りあるモノだから」
ナツはそう言うと、雪人に背を向けて砂浜から街のほうへ歩き出した。雪人はその後を追った。そして砂浜と街の境目辺りに着いたとき、雪人はナツの横に並んで、ナツを先導した。
日差しは強く、空は宇宙が見えているほど蒼い。海からは潮風が吹き付ける。目に痛いほど輝く白い壁たちには、さながら自分が雪の中にいるような錯覚を覚えさせらる。世界は青と白だった。
街ゆく人は、時折挨拶をしてくれる。その姿が街の色と相まって輝いているように見えた。
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