部屋=海
「あっ」
部屋の中に入るとナツは声をあげた。
そこは建物の中ではなかったのだ。広い砂浜の一画に見える。
リラは可愛らしくクスッと笑って言った。
「やはり驚きました? ここにいらっしゃる方は大体、この景色に驚くんです。やはり、部屋の中に海が広がっているなんて、みなさん思いもよらないんでしょうね」
空に昇った満月に照らされて、水晶が砕かれて撒き散らされたように砂粒がキラキラ輝いている。海は平らなつやつやした黒い面を遥か彼方まで広げながら、砂粒の光る砂浜に駆け寄っては帰るを繰り返していた。
ここはさっきの大都会よりは音があった。波の寄せる音や、砂に水が染み込む音。心地良いゆったりとしたリズムが、太古から未来まで永遠に続いているよう。
「すごく素敵なところね。さっきの都会も美しかったけど、ここはとても居心地が良い」
ナツは心からその言葉を言った。お世辞でも、社交辞令でもなかった。
「そう言っていただけると嬉しいです。さあ、あそこに小屋がありますからあそこへ」
リラが指差す先には、木製の小洒落た
四阿の中央には海を向いたベンチが一脚あった。ベンチと言っても丸太を横に倒して上面を平らに削っただけの簡単なものだ。
「それで、話ってなにかしら?」
ナツはベンチに腰を下ろしながら言った。リラもベンチに座りつつ、言葉を返す。
「あなたに一つ質問があるのです。それは私がここにいる理由でもあり、そして私がここに来た人に絶対に話さなければならないことなのです」
ナツはよく意図が読み取れなかったが、一応頷いた。
「ナツさん、あなたはこの世界に神はいると思いますか?」
「え?」
――神。比喩的に使うことはあるが、その本来の意味で使うことはあまり聞かない言葉。
ナツは舌の上でその言葉を転がした。だが何もその言葉に返すべき単語が見つからない。これがどこかの街の路上で突然呼び止められて言われたことであったら、どこかの宗教の布教活動だと思うだろう。しかし今は、リラという、巫女と名乗る女性がたった一人しかいない世界で、彼女自身がそれを尋ねて来ている。適当に返すこともできようが、そのようにして良い質問には思えなかった。
ナツが答えに逡巡していると、リラは申し訳なさそうに言った。
「こんなこと、突然聞かれたら驚きますよね……。ごめんなさい。答えていただかなくても大丈夫です。他の質問もありますから……」
目を伏せて、ナツから視線を逸らそうとするリラ。
ナツは彼女の肩を掴む。
「私は神はいると思うわ」
その言葉にリラは顔を上げてナツを見る。
「なぜ……ですか……?」
「それはわからないけれどなんとなくよ」
「え?」
「なんとなくだけど、神はいると思う」
リラは珍しいのもでも見るようだった。
「そんな理論の方は始めて見ました……」
「神はいる、私はそう信じた。それじゃいけない?」
「いけなくはないですが……理由を伺わないと……」
「なかなか実証主義的なのね」
ナツはあれこれ理由付け出来そうなことを考えてみた。
「そうそう、この世界よ」
なかなかの理由を思いついたと思う。
「え?」
「リラ、この世界が理由じゃいけない? この世界はまるで変な世界よ。こんな世界、神がいなくちゃ成り立たないじゃない」
リラは目を丸くしていた。
「なかなか上手いことを言いますね……」
「私もそう思うわ」
「わかりました。それがあなたの答えですね。神はいるかいないかどうでもいい、臨機応変に、と」
「そんなにツンケンした言い方じゃないと思うのだけれど」
だがリラは何も答えなかった。
「それではあなたに、この先へ進む許可を与えます。あなたはこの先きっと良い答えを得る。そして雪人さん支柱となることを期待しています」
「え? リラ! どういうこと!?」
そのとき海が大きく膨らんだ。まるで巨大な壁のように。十メートルを超えるような黒い塊がナツに迫る。
ナツは海に飲み込まれた。
洗濯機の中にいるようにもみくちゃにされる。
だがなぜか息はできていた。
「不思議ね。こんなこと。でも、私が死んだのにまだこうしていられることのほうが不思議かしら」
やがてナツの意識は闇の中に消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます