光の先
ナツは目の前の光を頼りに進んでいくと、大きな街が現れた。
ナツはほっと息をつく。あの暗闇から出られたのだ。
とはいえ出た先も時刻は夜だった。見渡すかぎりの建物が、みな部屋部屋に燦々と明かりを灯している。
そこは大都市のようで、二百メートルを超えるような高層ビルがナツを取り囲むように立ち並んでいた。
あの闇はまったく消えたようだ。右にも左にも、美しく輝くビルの群れしか見えない。
ナツはふと、さっきまで手にあったはずの感触が失われていることに気づいた。ナツは辺りを見回す。雪人がいない。
ナツは街の中を歩き出す。どこか他のところに雪人がいるかもしれないと思ったからだ。
街は碁盤の目状になっていた。それぞれの区画に大体、四、五棟の高層ビルが肩を寄せ合いながら立っている。街は広大だ。そんなビル群が遥か彼方まで続いている。
空は宇宙の色をそのまま反映させていた。透き通る黒さは、ビル群から洩れる燦々とした白い光を霧のように包む。
見惚れるほどの夜景だ。上空から見ればさぞ綺麗なのだろう。
ナツは街を歩き回っているうち、ふと一つのことに気づいた。
街には人影がなかった。ゴーストタウンのように。車も、歩行者も。一度もすれ違わないし、追い越しも追い越されもしない。
(まるで一晩で人が消えたよう)
ナツは街を見渡しながら思う。
街には静寂が行き渡っていた。ナツの心臓の鼓動が、唯一聞こえる音だった。
ナツは浮浪者のように街の中を彷徨った。一つ一つ、すべての建物とすべての道を見て回り、誰か一人でも人影がないか探した。
孤独にはナツは慣れている。二年間誰にも気づかれず、黄昏の街で暮らしていたのだ。今はそれが繰り返されているに過ぎない。
かなりの時間ナツは街を見て回っていた。時計の時針はすっかり一周してしまっている。その間、誰一人見つけられなかった。
ナツはゆっくりと息を吐く。
(今度はここで、何年過ごすのかしら)
ナツの中に入は少しずつ覚悟が出来上がっていた。もうこれ以上探しても誰も見つからないだろう。ナツは道路の縁石の上に腰を降ろす。
ビル群はどこまでも続いていた。二百メートルはくだらないビルが、地平線の彼方まで続いている。
(こんな夜景の中で過ごせるなら幸せかも)
ナツはビルを見上げながら思う。
そしてふと、目を横に向けた。
「あれは……?」
ナツは目を凝らす。遠くに何か蠢く影が見えたのだ。ナツは立ち上がり、一目散にその影へ走り出す。
影は近づくごとに、だんだんと人の形になって言った。ナツの顔に笑みがあふれる。
「雪人!」
ナツは人影に向かって叫んだ。するとその人影はナツの方を向く。だがナツは、人影から十メートルほど離れたところで止まった。
その人影はフードのようなものをかぶっていた。そのうえ体型は明らかに雪人より華奢だった。男性と言うよりかは女性の体型だ。ナツはその場に立ち止まる。この人は誰なのか。
「こんなところへわざわざいらして下さりありがとうございます」
人影は澄んだ柔らかな声で言った。
人影はだんだんとナツに近づいてくる。その影は、攻撃しようと思っているようには見えなかった。ナツは警戒し身構えていた体から力を抜く。
人影がナツの目の前に来たとき、フードの中から微笑みを浮かべた優しそうな顔が見えた。
「誰かの名前を呼んでおられたようですが、人をお探しなのですが?」
人影は聞く。
「え、ええ」
「私は巫女のリラと申します。なにかご協力できることがあれば、ぜひおっしゃって頂きたいのですが」
その声は優しげだった。
彼女はゆったりとした白い絹の服に、花嫁のような真っ白なヴェールを被っていた。
ナツは少しの間、見惚れてしまう。
女性でもそうなるほど彼女は美しかった。
「実は、雪人という人を探しているんです。ご存知でないかもしれないですが、私は真っ暗な霧を越えてきたのです。霧の中に入るときは私と一緒だったのすが、ここの着くとはなればになってしまったようで」
ナツはやっとのことで口を開いた。
「そうですか……途中ではぐれてしまったと……」
リラは少し悲しそうな顔をしてナツから目をそらす。そして申し訳なさそうに言った。
「残念ながら、その雪人さんという方は、この都市の中にはいらっしゃらないと思います。たぶんその方はもう一方のほうへ惹かれてしまったようですから」
「えっ?」
ナツはリラの言う内容が読み込めなかった。
「この空間から出るまではあなたがその人に会う事はできないのです。なにせその人は別の空間にいますので」
「そ、そんなこと! どうにかして雪人のいることろに行ける方法は無いの!?」
ナツは問いただすように言った。
リラは萎縮してしまう。
「ごめんなさい。でもそれは不可能なんです。この世界の理論として」
リラは消え入るような声で言った。ナツはひどく申し訳ない気がした。
「ごめんなさいね。無理を言って。私は話し相手が欲しかっただけですもの。一人でいるのは寂しすぎる。そこをあなたが埋めてくれれば、私は大丈夫よ」
ナツは気丈に言った。
「本当に大丈夫なのですか?」
縋るような目でリラはナツを見る。ナツは横柄に頷く。
「私は大丈夫。構わないわ」
「そうですか」
リラの表情が一気にほころんだ。彼女はほっとしたように息を吐き、ナツの手を取る。
「私と一緒に来てくれませんか? 私はあなたとお話がしたいのです。この先にとっておき場所があります。ぜひそこで」
リラは回れ右をすると、ビル群の奥の方へ歩き出した。ナツは彼女の手に引かれて彼女の進んだ跡を辿る。
やがてクリスタルで出来ているように透明な二階建ての建物の前に着いた。それはひどく透き通っていて、目を凝らさなければ輪郭が分からなかった。
ナツがまじまじと見つめていると、リラが言った。
「ここです。ここは私の家なんです。狭いですけど、気に入ってくださると嬉しいです」
その声は不安そうだった。
慌ててナツは微笑みながら言葉を返す。
「とっても気に入ったわよ」
その言葉にリラの顔はぱっと明るくなり、嬉しそうに玄関のクリスタルの扉を開けた。
「どうぞ、お入りください」
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