出来事
「なにごと!?」
ナツの声。
二人は踏切の中で立ち止まり、音のした方に目をやる。だがそこは建物の死角になっていて、何が起きたのか分からない。
「ナツ、激しい音だったけど、行ってみる?」
「ええ。そうね。爆竹か何かだといいけれど」
「そうだね」
口ではそう言っていたが、あの音からするに、普通の事態ではないのは明らかだった。
足早に、音のした方へ向かう。
音がしたのは複線になっている線路の奥の方からだった。
踏切を出たところで線路はすぐに左にカーブし始めている。
二人はそれに沿って進んだ。
そして五百メートルほど進んだとき音の正体がわかった。
四両の列車と三両の列車が衝突事故を起こしていた。あの音はちょうど列車がぶつかったときの音なのだろう。
三両編成の列車が四両編成の列車の側面を抉るように食い込んでいる。三両の方は前方部が少し潰れていた。だが四両の方は側面が大きくめくれあがり大破していた。
「早く、だれかを助けないと……!」
雪人は線路脇の柵を超えて線路の中に入る。三両編成の列車は衝突の衝撃でドアがすこし開いているところがあった。この車両なら生存者がいるように思えた。
雪人はドアの隙間から中へ入る。
だがそこで見たのは思いがけない光景だった。
中にはなぜか一人もいない。
衝撃で割れた窓ガラスが散乱してはいるが、倒れている人も逃げようとしている人もいない。
今まで見てきた人は、みな半透明だったから、雪人はじっくりと車内を見てたがそれでも誰一人として見つけることができなかった。
雪人は首を傾げる。
(まあ、とりあえず四両の方も見てみよう)
狐につままれたような気持ちで雪人は列車を降りた。そして四両の列車へと向かう。
雪人は衝撃で粉々になった窓から、四両の列車の中を覗いた。車内は三両編成の先頭車両が突っ込み、側面がなくなっていたが、誰一人として人影が見えなかった。
さらには椅子も手すりも吊革もなく、まるでこうなることを予測して作られたかのようだった。
(うーん、おかしい)
雪人は割れた窓から車内に入る。
中はまだ通電しているのか、蛍光灯が点いたり消えたりしていた。窓から差し込む夕日がワインのような濃い赤色で車内を照らす。雪人は列車内を歩き回った。そこは放課後の校舎のように静まりかえっていた。
(誰もいない。おかしいな)
念のためにもう一度確認してみたが、誰もいないということを確認するだけだった。
雪人は車外へ出る。
「誰かいた?」
まだ柵の外にいたナツが話しかける。
「いいや」
雪人は首を振る。
「そう……」
ナツは寂しそうにため息をつく。
「ナツ、生存者がいなかったと思ってない?」
「え? そうじゃないの?」
「うん。不思議なことに誰も乗ってなくて」
「慰めるための嘘ならもっと上手くつけない?」
「嘘じゃない。さすがにこんなわかりやすい嘘はつかないよ」
だがナツはまだ信じていないようだった。
「私がこの目で確認する」
「良いよ。なら柵を越えよう。俺が手伝うから」
そう言うと雪人は先に柵に登って、下から登ってくるナツの腕を引き上げる。
二人が線路内に着地すると、雪人はナツの手をとり、四両編成の車両へと向かった。彼らが歩くごとに線路に敷かれた砂利が擦れ合う音がする。
先ほど侵入した窓の前まで来ると、雪人はナツに待つように言い、そこから車内へと入る。そしてあまり歪んでないドアを、非常用ドアコックを使って開けた。雪人はそのドアのところにナツを呼び、彼女の手をとって車内へ引き上げた。
ナツは車内のあらゆるところを見た。一つでも人影を見つけようとしたのだろう。
雪人はそんな彼女の様子を後ろから静かに見ていた。
車内いたのは三十分くらいだろうか。
ナツはやっとこのことでこの列車内には誰もいないことを納得してくれた。
二人はさっきのドアから車外へ出る。
「本当に誰も乗ってなかったでしょ?」
雪人は得意げに言う。
「ええ。信じがたいけど」
「でもこんな街ならすこしくらい不思議なことがあっても良いんじゃない?」
「それ、さっき私は神社で言った台詞よ」
少しふてくされたようにナツは言う。
「仕返しさ。さっきの」
「もぅ」
そう言ったあと、ナツは列車の方へ眼を向けた。それは単なる偶然だったのだと思う。
突然ナツは恍惚としたような、奇っ怪ものを見るような表情になる。
「ナツ、何かあったの?」
「ねぇ、列車が……」
驚いているようなナツ。
雪人も列車を見る。
「え……?」
いまはスクラップ寸前とは言え、ついさっきまで現役だったはずの列車が、赤く錆びついていた。車内には草も生えていて、何十年も放置されたようだ。
足下の砂利もいつの間に草の中に埋もれていた。さっきまで周りに広がっていた住宅も全て消えてしまっている。一帯は山間の村の景色に変わり、一瞬にしてワープしたようだった。
(どういうことだ?)
雪人は辺りを見回す。さっきまでの空間の面影は一つも見つけられなかった。
「ここは変な世界なのだから、こんなことがあってもいいじゃない?」
ナツの声。
「そうだね。確かにそうだ」
錆びついた列車は事故という悲惨さを全く打ち消していた。
それは美術作品のような趣きさえ持ち、打ち棄てられたものの独特の寂しさを放っていた。
二人はそのまましばらく列車を無言で見ていた。この穏やかな空間には言葉は野暮だと思った。ただ風と鳥の静かな声に耳を傾けていれば十分だと思った。
「そろそろ行こうか」
雪人が言う。
「ええ。そうね。でないとこれが陽明門になりかねないわ。もう日は暮れてるけど」
「確かに」
二人は列車に背を向けて、そこから見える一番近くの道路へ向った。膝丈くらいの草原は少し歩くのに苦労したが、それはそれで風情があった。
二人が去ったあともその列車は夕日を浴びて静かに佇んでいる。
けれど二人は知らなかった。その廃墟と化した列車の中には、一つの頭蓋骨が無造作に転がっているということに。
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