信じがたいこと

 雪人は顔を凍りつかせる。


「そんなわけ! 俺、まだここに来たばっかりですよ!?」

「そう言われても……」


 困った顔のナツ。雪人は得心がいかない。


「でも、二年経ってただなんてそんなこと……」

「だったら私の時計を確認する?」


 ナツは雪人の前に腕時計を差し出した。

 アナログ式で文字盤のところに西暦と日付が表示される仕組みの時計。秒針も分針もしっかり動いている。

 日付も確かに二年後だ。


「壊れてなんかないわ。ここに来てから一度も止まっていないもの。それにこんなところじゃ時間を知る手段はこれしかなから、絶対に止めないようにしてたんだから」


 雪人はじっと文字盤を見つめる。


(これは信じるしかないのかなぁ)


 観念したように雪人はナツを見上げた。


「そのようですね。俺はどういうわけか二年後に来てしまったらしいです」


 寝転がりながら、動かせる方の手で雪人は突き出された時計を突き返す。


「本当に? 単に二年過ぎたのに気づいてないんじゃない?」


 ナツは眉間に皺を寄せ、雪人の顔を覗き込む。


「さすがにそれはないですよ。俺なんかここに来てからほとんどの時間をあの幽霊みたいな人々から逃げ回ってたんですから。さすがに二年も走ってたら途中でぶっ倒れてます」

「あなたがマラソンランナーだとか」

「それは違います」

「そう」


 ナツは顎に指を当てる。まだこのことについて考えるつもりらしい。


「この話は一旦終わりにしませんか? ここで話していても埒が明きませんから」

「うーん、それもそうね。でももう立てるの?」

「はい。結構休めましたから。それにこんな格好でずっといるのも恥ずかしいですしね」

「確かにそうね」


 二人はクスッと照れたように笑いあった。


 雪人は腕で体を支えて起き上がる。今度はしっかりと肘を固定できた。そして体を。反転させて仰向きになり、足に力を入れて立ち上がる。足に力を入れたとき、少し痛んだが歩くのには問題ない。

 しっかりと立ち上がると、転んで汚れた服をはたいた。


「それで、ちょっと聞きたいことがあるんですが――」

「ちょっと待って、その前に」


 ナツが雪人の話を遮る。


「あなたの名前を教えてくれないかしら?」


 雪人は、ああそういえば、と思う。


「まだ言ってませんでしたね。俺の名前は雪人、白河雪人と言います」

「そう」


 するとナツはなぜか雪人の目をじっと覗き込んだ。そして顔を近づけてくる。顔がだんだん熱くなってくる。


「なんですかっ!?」


 思わず声が出た。


「あなた、なんでずっと敬語なの?」


 予想外の質問。


「えっ?」

「なんで敬語なの?」

「そ、そう言われても……」


 雪人は困ったように視線をそらす。


「目を逸らさないで!」

「はい!」

「だってそうじゃない。私達たぶんほとんど年齢変わらないでしょう? なのに敬語なんておかしいじゃない」

「いや、でも……あの……」


 雪人はもじもじしながら目を伏せる。


「言い訳はなし! 私は敬語だとなんだか気持ちが悪いのよ。だからため口して! わかった!?」


 ナツは雪人の鼻先に人差し指つき出す。雪人は少し赤くなりつつ、コクリと頷いた。


「ならいいわ。これ以降は敬語はなしってことで」

「は、はい! わかりまし……」


 ナツはむくれた顔をする。


「わ、わかった……」

「じゃあ行きましょう。私が二年間彷徨って覚えたま街を案内してあげる」


 そう言うとナツは雪人の手を取る。


「きっと楽しいから。私、早く雪人を案内したくてうずうずしてたの」


 ナツは輝くような笑顔で言った。

 そしてナツは雪人に背を向け、道の奥へとへ繰り出していく。


「ま、待ってナツ!」


 雪人はナツから手を離してしまった。


「さっきはあなたのわがまま聞いたんだから、今度は私のわがままの番よ」


 振り向きざまにナツは言った。


「そ、そう言う意味じゃないんだけど!」

「そう言う意味よ!」


 だんだん離れていくナツの背中。


 雪人はため息をつき、疲労で痛む足を踏み出す。

 走るたびに痺れるような痛みが足に走った。


(俺の足、大丈夫かなぁ……)


 そう思いつつ、雪人はひいひい言って、ナツのあとをついていった。

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