薄暮

 ――ねえ、起きて。


 かすかに声がした。


 ――おーい、起きて。


 声が大きくなった。体が揺すられる。だがひどく眠い。


 ――起きて。


 なんかこのシチュエーション、どこかで見たような……。


 ――起きろー。


 耳元で叫ばれる声。雪人は飛び起きる。


「またかよ!」


 耳鳴りがひどく響いていた。雪人は耳を覆い顔を顰める。雪人の視線の先にはワイシャツを着た少年がいた。


「アケ、さすがに二度もやられると俺も怒るんだけど?」

「二度? お兄さん、僕に会うのは初めてだよ?」

「は? 何を言ってるんだ、アケ。さっき会ったばかりじゃあないか」

「何言ってるの? 僕はお兄さんなんか知らない。それに僕の名前はクレ。アケじゃない」

「え?」


 少年の姿はアケそっくりだった。顔も、来ている服も、背も皆同じだった。


「だってお前……」


 だが雪人はひとつの差に気づく。

 アケと瞳の色が違う。

 アケは美しい琥珀色だった。だがこの少年は鮮やかな赤色だ。


「君は本当にアケとは違うの?」


 少年は首を縦に振る。


「そう。僕はクレ。薄暮の番人だからね」


 その言葉は得意げだった。


「そう、クレ君か。俺はアケに案内されてここに来たんだ。夜を繰り返すべきだと。俺は何をすれば良い?」


 するとクレは首を傾げた。


「お兄さん、さっきから言っているアケって誰?」

「え? アケを知らないの? だって君と瓜二つだよ?」

「知らない。僕はこの世界しか知らない。この薄暮の世界しか」


 クレは両腕を広げてみせる。雪人は周りへ視線を移した。


(気付かなかったけどすごく暗い……。まるでさっきとは反対だ。世界が吸い込まれそうなくらいの闇に包まれてる……)


 空がどこまで続くかわからない。横も上も下も墨汁の中にいるように真っ黒だ。見えているのは自分の体の輪郭とクレの姿だけ。


(なんで光もないのに見えるんだろう)


「それは命の光だからさ」


 雪人は目を丸くしてクレを見る。


「なんで俺の思ったことがわかるんだ? アケだってそうだった」


 クレは何かを考えるように顎に指を当てる。


「勘かな?」

「勘?」


 雪人は目をきょとんとされる。


「なんかすごいピンポイントで当たってるんだけど……」

「でもさ。そんなことどうでも良いじゃん? ねえ。僕と一緒に来てよ!」

「えっ、あっ、ちょっと!」


 クレは雪人の腕を引っ張っていく。上半身だけ起こしていた雪人はこけそうになりながら立ち上がり、クレに引っ張られていった。


「僕、とっても良いところ知ってるんだ。今から連れて行ってあげる。とっても美しいところだよ。お兄さんも気にいると思うな」


 クレは引っ張りながら嬉しそうに言う。


「そう。美しいのなら俺も嬉しいよ。でもそれはどこにあるの?」

「それはここにあるし、あっちにもある。あるのはここのすぐ裏さ」

「裏? そこにはどうやって行くの?」

「それはこうだよ」


 クレはその場で一度ジャンプした。するとそこに穴でもあったかのように下へと落ちていく。


「えっ、ちょっと待って! うわあああ!」


 雪人はがけで足を滑らせた人のように、真っ逆さまに奈落へと落ちていった。

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