1-終 旅立ち
出発はお昼だったが、もう夕暮れに差しかかろうとしていた。
ハンターズギルド・ポートアレア支部に帰ってくると、俺とカキョウはジョージの資質審査に合格したらしく、正式なハンターになるため契約書へのサインと、ライセンスカードに張るための写真を撮影することになった。
それが終わると1F左にあるバーエリアで、一仕事を終えた先輩ハンターたちと一緒に本日の打ち上げをすることになった。
集まった先輩方はおよそ30人ほどで、どの方も年季の入った屈強そうな男性ばかりだった。
「おうおう、お前たちがあの悪ガキ共のボスを倒したのかい? すげーじゃねーか!」
「ほぇー、にいちゃんの武器、タイタニア用のブロードソードだろ? よく振り回せるな」
「成人したんだっけ? なら、ほれ! のめのめ~」
このように、現在先輩方にかわいがってもらっている最中である。トールも別の先輩と話してるようで、ラディスはジョージや俺たちが乗ってきた船の船長と話していた。
カキョウはというと……。
「おお! 本当にホーンドの女の子だぜ!!」
「剣の腕が立つってまじ? どう? 俺と一緒に行かない?」
なんとも、盛大にナンパされており、本人は嬉しいとか嫌がるとか以前にアワアワと混乱状態になっている。
「止めとけやめとけ。その子は、そっちのナイト様と一緒なんだから~」
「「「ええええええ~……」」」
ジョージのからかいに、カキョウに群がっていた男たちがいっせいにダラ~ンとやる気をなくした。中には俺と勝負して勝てばとか模索し始めてるヤツもいた。
カキョウは正直、見た目こそ普通な少女なので、それだけホーンドの女の子で強いという属性は希少ということなのだろうか?
とはいえ、俺からカキョウについてきて欲しいといった訳だから、当然全力で相手をする所存である。
もちろん、模索し始めた先輩は回りから「野暮ったいことするなよ」「馬に蹴られるぞ」と時々よく分からないことを言われながら止められていた。
「ダイン、カキョウちゃんちょっといいかい?」
周りが弾む空気の中、笑顔ながらもどこか神妙な面持ちのラディスが俺たちを呼んだ。
近づくと、やはり苦笑いというよりは、申し訳なさそうな雰囲気が伝わってくる。
「実はさっき、船長が来てもうすぐ船を出せるって……」
それでさっき船長がここにいたわけだったのか。
「ああ、わかってる」
元々、ポートアレアまでの船旅と少しの案内が彼の役割だった。それが終わるだけであって、人生またどこか出会うことは出来るだろう。
「海竜騒動が落ち着いたりしたら、行ってみない?」
彼女と考えることは一緒だったようで、どうせ手紙にも好きにしていいと書かれていたわけだから、寄り道したりしても誰も文句は言われない。
「そうだな。そのときはぜひ尋ねさせてもらうさ」
だが、なんだろう……別れのときなのに、寂しいや辛いなどの感情がわいてこない。
出会って1日だからとかではなく、この別れはほんの一時のもののように感じている。
「ありがとう。ほんと、短い間だったけど楽しかったよ。二人の今後に幸あらんことを」
差し出された右手に、こちらも右手で強く握り返した。
「そっちも帰路に無事があらんことを」
武運とかじゃなくて、幸といったあたりに微かな疑問を覚えたが、こちらも似たような感じで返すのが精一杯だった。
「またね」
彼女からもサヨウナラではなく、再会を約束する一言が出てきた。
彼は大きく笑顔でうなづくと、トールとジョージに軽く会釈して支部の建物を後にした。
遠くない未来、どこか出会える。
そんな彼の背中に向かって、俺とカキョウは一時的に台においていた杯を高々と掲げた。
ラディスを見送ってから、1時間後には打ち上げも一旦お開きとなり、支部の2階にあるハンター専用のちょっとした宿で寝ることになった。
カキョウは鍵つきの個室だったが、俺はトールや他の先輩たちと一緒に大部屋でもう少し騒ぎながら一夜を過ごした。
そこで一つ分かったのは、酒は成人してからという意味について。トールも先輩方もあんなふうに暴走状態やら爆睡状態なってしまうから、自己責任を取れる大人に限定される飲み物なのだと痛感した。
なお、トールからは「お前とはもう勝負しないからな!!!」と叫ばれてしまったが、意味が分からない。
それでも昨晩は楽しく、そのおかげか朝は快調に起きることができた。
隣で寝ていたトールはえらくうなされるというか、青ざめた表情をしていた。とりあえず水を渡して、先に下に下りることにした。
支部の1階に降りてくると、昨日の修道女姿と若干違い、スカート丈を若干短くした(といってもひざ下だが)外出用の修道服にレザーブーツ、聖フェオネシア教の刺繍が施されたケープといった姿のシスタールカがいた。
「あ、ダインさん、おはようございます」
ペコリと礼儀正しくお辞儀してきたあたり、しっかりしてるなと感心する。こちらも「おはよう」と返すと、後ろの階段から下りてくる軽いステップ音が聞こえた。
「あれ? ルカどうしたの?」
振り向けば、カキョウの姿があった。その後ろにはどうにか起きてこれたフラフラのトールもいる。カキョウも今トールに気づいたようで、振り向くと「うわ、何その顔!?」とちょっと大声になり、トールの頭にダメージを入れていた。
「おうおう、みんな元気だね~」
颯爽と事務カウンターから現れたジョージもまた元気そうだった。彼は書類と封筒を持っており、一つの封筒を手渡してきた。
「はい、まずこれ。昨日の報酬ね」
トールにも同じ封筒を手渡している。カキョウの分はと聞くと、俺の持っている封筒に二人分入れてあるらしい。
次に、俺とカキョウにカードが手渡された。
「はい、二人のライセンスカード」
カードのほうは名前とFと書かれたランク表記。あと、昨日帰ってきて宴会が始まる前に撮らされた証明写真が貼られていた。
「これで君たちも正式にハンターになったわけだ。よろしくね」
二人とも差し出されたジョージの手に、こちらこそと握り返した。
次にジョージが取り出したのは新しい依頼の概要書だった。
「では、依頼について説明する。依頼主は、再び聖フェオネシア教会からのでね。そこのお嬢様の護衛ツアーというわけ」
「ごえい……つあー?」
なんとも拍子抜けなカキョウの声だが、俺も同じ気持ちである。ツアーということは旅行感覚のようなものだろうか?
聖フェオネシア教の下位信徒のシスター及びクレリックには、大陸に点在する大聖堂への巡礼の旅が義務付けられており、巡礼を終えると一つ上位の“プリースト”への昇級試験受験資格が与えられる。
巡礼の終了条件はこの国の各街にある主要教会をすべて回り、最後に首都の大教会で祈りを捧げること。期間は特に定めていないようだが半年もあれば充分に回りきれるらしい。
しかし街の外は安全ではなく、魔物や盗賊など危険分子が多く存在する為に、教会はハンターズギルドと相互協力の約定を締結。ギルド側はシスターやクレリックの護衛を引き受け、協会側は専門の癒し手や浄化が必要となったとき人員を出すというものである。
今回もそれに則り、シスタールカの旅路にハンターズギルド側は人員をあてがった。そこで選ばれたのが俺、カキョウ、トールだという。
「はは~ん、応援にかこつけて、俺との顔合わせをああいう風にしたってわけか」
「ご名答♪ ま、カキョウちゃんはイレギュラーだったけど、むしろ好都合だったし。それに、彼らの戦いを見れたからよかったでしょ?」
「まぁな」と返しつつも、トールはやれやれと呆れているあたり、こんな感じで毎回何かしらの形で振り回されてたりしたんだろうか?
しかしなるほど、俺は最初からトールと共にシスタールカの護衛に決まっていたらしい。偶然、彼女の拉致が起きたため、そこで俺とカキョウを投入することで実力確認を行ったわけか。
「はーい、質問。ツアーって旅行ぽく聞こえるけど、護衛つけるようなことがそんな軽くていいの?」
ここで俺も思っていた疑問をカキョウが聞いてくれた。
「いいのいいの。基本的に街道沿いしかいかないし、今までの実績から大事故はめったに起きてないから。ほとんど慣例みたいな感じだし」
なんてアバウトでゆるい感じなんだ……。
街道は確かに整備され、護衛連れの商隊や巡回兵もいたりするので比較的安全とは言われている。逆に街道から外れると危険度が増して行き、森などでは逃げ場が減るためさらに増す。
ジョージから概要書をもらい早速添付の地図でルートを確認して見ると、やはりすべて街道に沿った形になっている。
理にかなっているし、全員の負担を考えたらそうなるし、何より危険をわざわざ選ぶ必要もない。
「あと報酬については、行く先々のギルド支部で行程終了毎に受け取ってくれ。というわけで頼んだぞ、お前ら!」
とてもにこやかなジョージの顔には不安などまったくなさそうで、それだけ新人を交えたパーティでもこなせるほど簡単で、いつも通りということなのだろう。
「……こ、これから長い旅になりますけど、どどどどうぞよろしくお願いします!」
シスタールカはかなり緊張した様子で耳まで顔を真っ赤にさせながら、ガバッと90度の直角お辞儀を披露してくれた。これにはちょっと驚き、カキョウは頭を上げてと駆け寄り、トールはジョージと一緒に腹を抱えてみていた。
「もう、びっくりしたよ~。さて、改めまして、あたしは紅崎華梗」
「俺はトーラス=ジェイド。トールとでもお兄さんとでもお好きに呼んでね」
「ダイン=オーニクスだ。ダインでいい」
3人とも名乗り終えると、シスタールカは俺とトールの顔を見ながらそれぞれの名前を小さく口ずさんで、一生懸命覚えようとしていた。
一通りかみ締め終わったようで、1回深呼吸することで自分を落ち着けさせたようだ。赤らめていた顔が少し引いき、ようやく状況に慣れてきた様子だった。
「し、シスタールカです。気軽にルカと呼んで下さい」
まだ緊張が抜けきっていないにしても、先程よりは大きく違いモジモジしているだけだ。
こちらもそれぞれうなづくと、トールがジョージに「行ってくる」と伝え、出口のほう歩き出した。
「さ、ルカ、行こう!」
ルカの肩にタッチをしながらカキョウがトールに続き、ルカも追うように出て行った。
「がんばれよ。世界はお前が思ってるより広いからな」
振り向けば、鼻歌を奏でながらバックヤードへ下がっていくジョージの後姿があった。
俺のすべてを聞いているからこそ、投げかけた言葉なのだろうか。
その言葉の裏側に何が潜んでいるのか今の俺には全く分からないが、これから起きるすべては箱に葉の中では絶対体験できないものとなるだろう。
「ダイン?」
出て行ったカキョウが出口からひょっこりと顔を出して、こちらを伺っている。
不思議そうにこちらをこちらを見つめてくる真紅の瞳が懐かしさと何か抉るものを感じる。
「今行く」
だが、瞬きをすればそれは気のせいだったかのようになくなり、返事を返して俺も扉のほうへ向かった。
扉を開けた先では一瞬視界のすべてが白く奪われた。視力が戻ると石畳に反射した朝の日差しが活動エネルギーとして体に注ぎ込まれ、筋肉を伝って体全体に流れていく。
箱庭を放り出された生き物は、水から出された魚のようになるのか、千尋の谷から這い上がってきた獣となるのか。
踏み出す1歩が自然と力強くなった。
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