1-2 潮騒の街ポートアレア
海竜騒動の後はそのまま残骸が流れてくる方向を目指した。
予想通り、船の残骸にしがみつく人や救命船に乗った人々を発見し、居合わせた乗員はもとより、数人の乗客も手伝いながら救出活動を行った。
救助しながらの航行はさすがに時間を要し、あと半日の行程も1晩またいでしまった。海竜的に同海域扱いだったのか一切現れず、残り1日となった航海も無事果たすことが出来た。
グランドリス大陸最西端の港町ポートアレアは、大陸国家サイペリアのフレス大陸とミューズ諸島をつなぐ玄関口であり、全世界の港の中で最大級の貿易高と渡航量を誇る。行きかう種族も最多であり、毎日が人種の博覧会とも言われている。
時間も正午に差し掛かったポートアレアの港には、国籍や大きさなどさまざまな多く船が停泊していた。本来ならこの半分が海に繰り出し、漁をしたり、人や物を運んでいる。
多く停泊している理由は海竜が現れたことにより、出航を見送った船が多かったということだ。そのため、港にもヒトが多く、船のメンテナンスや積荷のために桟橋を行きかう人が多い。
俺たちが乗り合わせた船は寄港が遅かったため、貨物降ろし専用の区画に割り当てられ、乗客も急遽設置された木製の桟橋を使って、船を下りることになった。
当然、あのうるさいご婦人は、救助をしながらの航行にストレスは
「ちょっとどういうこと!? 私を誰だと思っ……」
最終的には桟橋を利用してくれたものの、姿が消えるその瞬間までクドクドクドクドだった。
自分も歩いているが、大きな浮きによって浮いているこの桟橋は、ヒトが歩くたびにゆったり揺れ、少し慎重に歩かないとすぐ海に落とされてしまいそうになる。所々の浮きも流れ着く漂流物によって損傷し、妙に小さくなったために桟橋が斜めになっていたりする。歩くだけでも結構神経を使っている。
ラディスはさすが海の民と言う感じで、当然スイスイっと歩いている。カキョウはバランスがいいのか、そこまで気を使わなくてもヒョイヒョイ歩いている。
「う、うあっと!」
前言撤回。バランスはいいのかもしれないが、少々注意散漫のようで今こちらがも腕を掴んで、海に落ちるのを防いでいる。軽く引っ張り、桟橋の上に落ち着かせた。
「ありがとー! 水面にクラゲが見えたからついつい」
自分より更に小柄な彼女だったからこそ腕を掴むだけで引き戻せた。これがネヴィアだったらと考えると、まず体格差と重心のせいで引き戻すことができない。それどころか2人とも海に落ち、あっという間に藻屑となるだろう。
行きかう人の中には女性もいるので、たまに目をやるとやはり自分の知っていた腕に比べてかなり細く見えた。
ホント、片腕1本で引き寄せれるほど小柄で、掴みやすい腕というのはいいものだ。
これが世界の普通というなら、俺が見ていた世界とは何だったのか。
本当に、「普通」とは無縁の位置にいたんだなと、つくづく思った。
だからこそ、箱から目覚めて触れる世界がこんなにも気持ちいい。
行きかう人が、いよいよ人ごみへと代わりはじめ、波止場が終わりを迎えた。
「本日最後の魚だよー! 海竜も出たからほんとうにこれが最後だよ!!」
「見よ! この美しい刀身は、かのコウエンよりわざわざ輸入した一品だぜ! さーさーみていってくれよ!」
シュタール邸の窓から見下ろしたティタニス首都の街並みも活気にあふれていたとは思っていたが、規模が違った。
商業区と呼ばれる波止場に隣接する海の玄関口は、様々な国の屋台や露店、店舗が建ち並び、
呼び止める声、宣伝する声、吟遊詩人やパントマイマーのような野外活動をする人々など、お祭りでもないのに人があふれている。
そのため人の数、種類もすごい。船乗りのシープルはもとより、サイペリア国領だけあって商人風のホミノスやガルムスが一番多い。数はかなり少ないが、カキョウのように頭に角がある有角族(ホーンド)や背中に翼のある有翼族(フェザニス)もいた。
中には俺の頭が胸位置にしかないという、たった3日ですでに懐かしくなってしまった人々もいた。
タイタニア。世間では巨人族と呼ばれる2.5メルトから3メルトの巨体を持つ種族で、フレス大陸の南部に彼らの国ティタニスがある。純血を好み、首都は純血及び混血でもタイタニアの特徴である巨体であれば、住むことを認められる……というほど、純血主義国家ということらしい。
このことを昨晩ラディスから聞いたときは、絶句というより言葉すら思い浮かばないほど、頭の中が白くなった。
純血主義国家において、なぜかホミノスのような小柄に生まれたのか?
止められた刻も含め、損というより生まれ自体を呪うべきなのかとも思った。
「ダイン」
自分よりも小さいから、カキョウは自然と覗き込むような姿勢になった。
ああ……ネヴィアなら頭をつかんで、自分の見やすいように上を向かされたりなんてあったなと、もう昔のような感覚だった。
「どうしたの? 本当は船酔いでもしてたの?」
隔離された生活で接触が出来た女性といえば、ネヴィアとルシアさんぐらいだった。どちらも自分より大きかったから、カキョウの行動一つ一つが新鮮で、ついネヴィアやルシアさんと比べてしまう。
「いや、こんなにたくさんの人々や人種であふれかえってる光景は初めてで、驚いていたんだ」
半分は事実なので、妥当なところでお茶を濁しておく。
「確かにここまでいろんな人たちがごったかえしてるのは初めて。うちの国じゃ有角ばっかりで、あとは物好きな人たちぐらいしかいなかったね。あと、こんなにも華やかな街じゃなくて、魚屋ばかりの漁港だったから目移りしちゃうね」
確かに目移りしてしまうほど、物と人と活気にあふれていた。
こと、自国の港とはほんと無縁だったため、港という存在自体はじめてな自分にとって、これがはじめて感じた港だった。
「このポートアレアは、ティタニス、ミューバーレン間での定期船があるから、船の往来の数では世界1位じゃないかな。そのため貿易目的や渡航目的の人であふれているんだ。
と言っても、海竜騒ぎのせいで渡航できないという人が増えて、立ち往生してしまっている人も多いんだ。歌ったり、飲んだりしてないとやってられないって、みんな口々だよ」
そんな苦笑しているラディスもまた船の仕事を手伝っている以上、同じ状況になってしまうのも時間の問題だろう。俺の案件が終わったら、そのままミューバーレンへ戻ると言っていたし、船が出せない状況もあるだろう。
「ラディス、俺に何か教えることがあるんだろう?」
「うん、その件もあってあるところに向かってる最中さ」
なら、さっさとその件も終わらせて、ラディスを解放してやらないといけないな。
と、思っている最中に目的の場所に着いたようだった。
商業区の中にはあるものの、その建物の周囲は人気が少なく、少し物々しい雰囲気だ。近くにいる人も商人や町の人より、警戒心がむき出しの人や、こちらを見定めるような目の人、見た目は屈強な戦士といったほうがいい人もいる。
「随分な場所ぽそうだが」
「普段はここまでひどくは無いんだけどね」
少人数ではあるものの、周囲にいた関係者らしい人々は俺たちが建物に入るまでずっとこちらを見ていた。
扉を抜けると、バーに似た場所だった。少し古めかしい木製のテーブルやイスが並び、右の壁面には募集と書かれた紙や、賞金額と似顔絵の書かれた紙がずらりと並んでいる。
左のほうはバーカウンターのようで、数人が飲みながら何か喋っていた。
「よぉ、ラディス。今日はどうしたんだ?」
正面の受け渡し口のような受付にいたホミノスの男が、ラディスに話しかけてきた。無精ひげにボサッとしたショートヘア、細身の体にやつれ気味の目から、何か気苦労の耐えなさそうな印章を得た。
「先日伝えてあった人を連れてきたよ。しかし、いつになくやつれてるね」
「最近、海竜関係の事務処理が増えてな……事務方全員で右往左往してるんさ。さて、そこの大きいのが謎箱君だね」
あまり何度も箱箱といわれると、箱入り息子のようで気持ちいいものではない。と、思いつつも実質、状況も生活も何から何まで箱入り状態だったことを意識すると、少々滅入るものだ。
「そんな嫌な顔しなさんな。無事な人間が箱に入ってるなんてまずないから面白いのさ。さて、自己紹介をしよう。俺の名前はジョージ・ファンゴ。ここの事務方してる」
無事な人間が箱に入っているなんてまずない。引っかかる言葉だが、一応問題なく自分がここにいるので頭の片隅に追いやった。……この言葉の意味を知るのはそんなに遠くなかった。
「よろしく、ダイン・オーニクスです」
「そちらのお嬢さんは……ほう。ホーンドか……、どういった関係?」
「どういった……昨日会ったばかりの仲間です」
「ふーん、なるほどねぇ。大事にしてやんなよ」
なんだろうか、少し引っかかる言い方だったが、今はスルーすることにした。
「ここはどういった場所なんですか?」
疑問に対しては、傍観していたラディスのほうから説明が来た。
「言ってしまえば登録制何でも屋派遣サービス事務局だよ。正式にはハンターズギルド。自分では解決できないことをお金を払って、ハンターに代行してもらうサービス請負業。主に害獣駆除などの討伐、商隊の護衛、あえて自分たちが重要な荷物を運ぶなどの輸送。他にも日雇い労働などアルバイト的なものも請け負ってるね。
僕が二人をここに連れてきたのは、これからの路銀調達手段として一番手っ取り早い方法ということで紹介しようと思ってね。カキョウちゃんも腕に自信があるみたいだし?」
つまり、俺の国外追放計画の中には今後お金を稼ぐ手段までプランニングされたということだった。本当にどこまでも不明瞭でどこまでも手厚い計画なんだろうか。
「確かにうちらギルドは、お金を稼ぐのには手っ取り早い。だが、ハンターとして登録するためには審査が必要なんだ」
「審査? つまり、あたし達を試すということ?」
「そういうことさ、お嬢さん。ここは人を派遣するのがメインであるから、人との繋がり、つまり信用が大事というわけだ。信用を得るためには誠実な対応、真摯な取り組み、そして仕事に失敗しないこと。特に討伐や護衛は戦うことが想定されるわけだから、強い人じゃないと依頼が失敗してしまったりするだろ?」
「弱い人はお断りってことね」
「イエス。というわけで、あんたらに審査を兼ねた仕事を1つ渡そう」
そういうとジョージは、机の下から数枚の書類束を取り出した。書類は概要書と地図だけという簡素な物だった。
「この町の北東にある教会のシスターさんがさらわれた。先に行っている先輩ハンターと一緒に救出してくれ。先輩ハンターには“援軍”と伝えればいい。はい、概要書と地図」
出された概要書と地図をカキョウが受け取った。地図を見ると、教会はここの裏手にある小さな丘の上のようだ。
丘の上の教会……今夜はあの夢を見るかも知れないなと思った。
「あー、あとラディス。魔術士不足だからお前もついていってやれ。どうせ船は明日まで出航禁止令がでてるしさ」
「え、あ、出航禁止令でちゃったのか……」
「あいつには俺から言っとくさ。あと、ちゃんと報酬も出す」
ラディスは苦笑しながら、了解と返していた。あいつと言ってるのは船長のことだろうか?ラディスとも仲がよさそうだったし、帰郷の便宜も図ってもらえるのだろう。
「それじゃぁ、早速行こう」
俺の掛け声に二人がうなづき、事務カウンターとジョージから離れた。後ろからは「がんばー」と少々間の抜けた声援をもらった。
ギルドの裏手にある小さな丘は建物の2階より少し高く、丘の上からはポートアレアの町が一望に見渡せた。
下船してからまだギルドに寄ったりと1時間ほどしかたってないため、遠くに見える海と空が騒動なんてなかったかのように穏やかで鮮やかだった。カキョウの口からも「綺麗……」と言葉が漏れ、3人とも立ち止まって一望を見ている。
見上げればカモメたちが優雅に飛びまわり、地上の苦労もどこ知らぬ顔という感じだ。
「空が飛べれば自由になれるかな……」
カモメを見上げている彼女は何を思ったのだろうか。
確か彼女は家出をしてきたと言っていた。家出をして、危険を冒して出国したくなるような生活だったのか?
それなら、カモメの自由な姿は羨ましいものなのだろう。
確かに自分も、翼があればあの家から、あの国から早々に飛び立ち、誰にも迷惑をかけることなく、自分も自由だったのかと思った。
「フフ……自由の翼ってところかな? 確かにあったらいいね。自由の翼……」
一緒に見上げてカモメを見ているのかと思えば、ラディスは街のほうを見つめていた。
こんなにも華やかで、輝いていて、自由を体現したような街の中に、ラディスが悲しそうな顔をする何かがあるのだろうか?
こちらの視線に気づいたのか、ラディスはニコッと笑みを返してきた。
「さて、教会に入ろうか」
笑顔と言葉からとは違い、なぜか通り過ぎるラディスの背中に引っかかるものを感じた。
上ってくるまでずっと見えていた丘の上の教会は、潮風でできた錆や風化がちらほら見受けられる、少し古めかしい石造りの建物であった。裏手には菜園が広がり、数種類の果樹も見受けられる。
教会の扉の前に立ち、数回のノックをした。中から「どうぞ」と声が聞こえ、応じるように木製の扉を開けた。潮風で錆が少しきているのか、よくあるキィという音が耳を刺激する。
中は3人がけの長いすが中央の通り道を隔てて5席ずつほど置かれている、やや小規模の礼拝堂だった。正面には聖フェオネシア教が救世主として崇めている奇跡の少年フェオネシアを描いたステンドガラスが大きく飾られていた。赤や青などの彩度の強い色を使わず、自然光に近い白や黄色、淡い緑などをベースに作られたステンドグラスは、昼間の礼拝堂に明かりが必要ないほどの採光をやさしくもたらしていた。
中には1人の初老にさしかかったようなシスターが1人と、最前列に腰掛けている人影がひとつあった。
初老のシスターはつま先が見えるか見えないかぐらいかなり長い丈の修道服に、頭をすっぽりと覆ったヴェールで顔が見えづらかったが、表情に不安の影を落としてるのがありありと分かった。
最前列の人影がこちらに気づき振り向くと、ある人物を見つけ、すぐさま腰を上げた。
「おお? ラディスじゃんか。久しぶりだな」
「トールも元気そうで」
トールと呼ばれた男性は、輝かしいゴールドブロンドにそれと同じ色をした毛並みの耳が頭についていた。尻からも同じ金色の美しいフサフサとした尻尾が生えている。
一目で牙獣族(ガルムス)とわかった男性は、そのブロンドが似合うような美青年と言っても過言じゃないほど整った顔つきながら、口が開くたびに見え隠れする牙が彼の顔つきを一気に少年ぽくさせる。同性なのに、そんなアンバランスさが目を引いた。
トールは後ろに控えていた俺とカキョウを見て、爽やかな笑顔をくしゃりと歪めてしまった。
「んーっと、ラディス、もしかしてかい?」
「うん、僕も含めて“援軍”だよ」
「見かけない顔だけど?」
「お察しのとおり」
くしゃりとした歪み顔が徐々にダーク交じりの不敵な笑みへと変わっていく。背景にケケケ……と印字されそうな雰囲気だ。
「……あんにゃろー、終わったらどついてやる」
左手コブシを右手で包んで、ポキポキッと骨まで鳴らしたトール。どうやら、期待はずれなんて言葉を通り越したものを俺たちに感じたようだ。まぁ、ギルドの仕事経験など皆無でド新人が来たとなれば当然か。
トールは気を取り直すと改めて、俺とカキョウを見た。目がいろいろ移動してるあたり、目で見える範囲の観察をしてるようだ。
「俺はトーラス・ジェイド。愛称はトール。今日は俺のサポートということでお二人さんよろしく」
トールは俺たちに近づくと、挨拶に右手を差し出してきた。もちろんこちらこそと名乗り、彼の手を握ったのだが、そのとき気がついた。トールは俺よりも目線がわずかに高い。
つまり、カキョウのいう「普通の範囲内であるけど十分背の高いほうに」分類され、かつ俺より少し高い男性となる。
自分の中で新しい「普通」を発見したと、内心驚きとともに何か嬉しいモノを感じた。
続いてトールはカキョウと握手した後、彼女の頭の角をしげしげと見ていた。
「これ、飾りじゃなくて本物かい?」
「そうよ」
俺もまだ2日の付き合いだが、ポートアレアの街も船の中もそうだったが、彼女以外のホーンドを見たことがない。それだけホーンドという種族自体が珍しいものなんだろう。
「あの……よろしいですか?」
そこへ一人取り残された状況のシスターが声をかけてきた。彼女はシスター・マイカといい、この教会兼孤児院の責任者で、今回の依頼主である。
今回さらわれたのはこの教会に所属していたシスター・ルカ。昨晩、就寝中に街でも悪名高い軽犯罪集団バッドスターズに攫われたという。しかも、攫った際に「返してほしければ~」と物語の定番的手紙をおいていってくれたという。
また、今回シスター・ルカの引渡場所に指定されてるのは、バッドスターズのアジトと思われる街の北にある山の麓の元木こり小屋。
先日、小屋の主である木こりが自分の小屋を取られたので取り返してほしいという依頼があったらしい。しかし、トールとは別の中堅手前のハンターが1人向かったものの、10数名という数に圧倒され、逃げ帰る形で依頼に失敗したという。
「その……言っては何ですが、大丈夫でしょうか?」
トールの表情から俺たちが予想外で悪い方の戦力であることも伺えただろう。中堅手前とはいえ、俺たちと違い経験者で先輩であるハンターが負けたのだ。多勢には多勢をとはいっても、知人で魔術師枠らしいラディスはともかく、俺とカキョウじゃ戦力に入るかどうか未知数である。トールも同じように心配したのだから、シスターが不安を感じないわけがない。
しかし、聞かれた当のトールはあっさりさっくりだった。
「問題はないでしょう。そこ青髪のラディスは何度か手伝ってもらってるし、そこの新人2人も出来ない素人というわけじゃなさそうですから」
トールの自信のような態度にシスター・マイカは戸惑いつつも、自信があるのならと表情が少しだけ和らいだ。
「わかりました……どうか、シスター・ルカをよろしくお願いします」
「了解しました。というわけで、早速行って来ます!」
トールも微笑み返し、さぁ行くぞと彼の荷物一式と長物の武器のような物を担ぎ、俺たちを外に連れ出した。
教会内にはそれほど長くいなかったので、太陽の位置はあまり変わっていなかった。
教会の丘を下り、街の出口となる東のほうへ足を進めていた。一度見た風景でも行きと帰りでは逆に映り、立ち止まって見渡したはずなのに、見る方向が違うだけで街の新しい発見が生まれる。季節によってまた変わるんだろう。
4人ともやや気まずい雰囲気の中、無言を通して町の入り口を出た。北に進路を取ったところで先頭を歩いていたトールが立ち止まり、こちらに向いた。
「さて、お二人さんがジョージから何を聞いたのか教えてくれないか?」
表情は教会内で少し見せた怪訝そうな表情。
「俺たちは概要書と地図を渡され、教会で先輩ハンターに会ったら『援軍』と伝えればいいとしか聞いていない」
俺が話をしてる間に、カキョウが仕舞っておいた概要書と地図を取り出し、トールへと渡していた。受け取った概要書を一通り見終わると、トールはため息をついた。
「いつも通りのおっさんだったわけか」
驚いた様子ではないが困った顔にため息、垂れ下がった耳とすとんと落ちた尻尾が彼を大いに表してくれる。いつも通りと言ったあたり、こういうことは頻繁なのだろうか?
「ま、あいつが送ってきたんだ。ド素人さんだろうと何か見出したんだろう。ちょーっと苦しい仕事だろうけど、よろしくな」
それでも一定の信頼はあるようで、斡旋する側としてはデキる人なのかもしれない。俺たちが選ばれたのも偶然ではなく、ジョージの采配だとすれば、何か意味でも有るのだろうか?
それは考えすぎだろう。今は与えられた初任務に専念すると雑念を振り払った。
「歩きながら説明するけど、バッドスターズの人数は確認されてるだけで10人。リーダーのグローバスはタイタニアとのハーフらしく、2メルト越えの巨体。ガルムスも数人いるから、暴力沙汰にはやや強い。だが、あくまで一方的な暴力であって、対面した戦いの経験は無いと思われてる」
タイタニアという言葉に全身で反応してしまった。カキョウと出会ってから初めて聴いた言葉なのに、もう何十年も前から刻み込まれていたかのような言い知れない感覚に襲われた。
それは、無自覚ながらずっと感じていた『差』を言葉にされ、ずっと押し込めていたものを解き放ったのかもしれない。
特に同郷の血を引くものが犯罪者とあっては、身に詰まるような感覚になった。
「どこにでもそういう連中っているんだね」
「若気の至りから抜け出せない連中がいるのは万国共通、種族差無し。今回はそれを懲らしめるのもお仕事さ」
トールの口ぶりからすれば、恐らく戦闘は不可避と思っているのだろう。実際、戦わなくて済む相手なら俺たちは要らない。数合わせなんかじゃない、戦力としてトールは援軍要請をしてるのだ。そんな気持ちに呼応するように、カシャっと背中のブロードソードが小さく鳴った。
「そうそう、聞き忘れていたが……二人は人を切ったことはあるか?」
いよいよ、戦闘が不可避どころか、武器を使った殲滅も視野……いや、最初からそのつもりだろう。命を奪わない程度で相手の戦力を削ぐには、傷をつけたりして戦意を消し、無意味さを知らしめるのが効果的である。何でも屋とあって、こういった荒事も引き受けるんだろう。
「俺は模擬の対人戦程度までなら。だが、意図的に誰かに傷を負わせるのはまだ……」
ネヴィアとの模擬戦はあくまで相手の力量などわかった上で、確実に打ち合うことを前提とした試合だ。勝敗の決定も武器を奪う、戦意喪失、次の行動が死と想定できる状態にすることでしかない。武器である以上、何かに向けられる刃の行き先に目をそらし続けた模擬戦だった。
「ヒトはないけど、動物とかなら」
カキョウはその分熊を倒したと言っただけはあり、武器を武器として使った経験がある。その点は俺より2歩も3歩も前にいるのだなと思った。
「そっか。なら言っておく。俺たちハンターは対象物の救出・護衛として正当防衛の下に、加害者への部位欠損が生じるレベルの戦闘を許可されている。今回は人攫い。相手は凶悪犯罪集団。対象カテゴリは救出。対象の救出を最重要とし、その目的に対する障害物はすべて排除」 確か、サイペリアの法律でいかなる理由であろうと殺人は重労働付終身刑か死刑となるらしく、不慮の事故でもヒトを殺めれば、同等に命もしくは人権を無くす法律となっている。逆に、相手を殺さない程度なら何をしてもいいということだ。
しかし、殺さないようにしつつとはいえ、部位欠損とは物騒というより、もう相手をヒトとしては見ないような言い方で、眉をひそめてしまった。
以前呼んだ本にも「犯罪者はヒトにあらず」なんて書き方されていたが、どんな犯罪者であれ、犯罪を犯すまではヒトであった。なら今はヒトではなく、犯罪者という生き物となんだろうか? その答えは、彼らに会えばわかるのだろうか?
トールやラディスから見れば、俺の顔は悩みふけっているような顔になってるんだろう。横目でカキョウを見れば、なんだか落ち込んだようなどんよりした顔になっている。それを見てかトールとラディスは何故か安心したような顔をし、出発しようと合図してきた。
俺たちは一路、北の山の麓を目指し歩みだした。
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