雨は静かに降り続いています。


 黒い仔猫がつまらなそうに言いました。

「おうちで、おもちゃで遊ぶのはとっても楽しかった。ネズミのおもちゃも、魚のおもちゃも、おねえちゃんが、おこずかいで買ってくれたんだ。おとうさんは、キャットタワーやもっと大きなおもちゃも、たくさん買ってくれたよ。お気に入りだったおもちゃはいっぱいあったのに、舟に乗るとき、みんな置いてきちゃった」


 白い仔猫も不満そうです。

「あたしもよ。『ひとつだけならいいよ』って渡し守さんは言ったのに、あたしが選んでいると『それはダメ、これもダメ』って。だから、選べなくなっちゃって、あたしもみんな置いてきちゃった」


 歌うたいの猫が答えました。

「虹の橋に、地上の荷物をひとつだけしか持ってこれないのはね。重い荷物を積むと、舟が動かなくなってしまうからだよ」


 黒い仔猫がたずねます。

「歌うたいの猫さんは、何か持ってきたの?」


「うん。声を持ってきたよ」


 白い仔猫もたずねます。

「声? 声って、なあに?」


「話したり、笑ったり、歌ったりする声だよ。ぼくは大好きなおかあさんの歌声を持ってきたんだ。きみたちだって、ちゃんと持ってきているよ」


 ふたりは、やっぱり歌うたいの猫の言っていることがわかりません。

 歌うたいの猫は「耳を澄ませてごらん」と言うと、首から下げた鈴の音に合わせ歌い始めました。


 黒い仔猫と白い仔猫は、耳を澄ませました。

 雨音の中、始めは、歌うたいの猫の声しか聞こえませんでした。


 それでもピンと両耳を立てて息を詰めていると、かすかに何かが聞こえてきます。


 ふたりはその何かを聞こうとして、首を伸ばしたり背伸びをしたりしました。あんまりいっしょうけんめいだったので、ふたりはお互いの存在をすっかり忘れて、ぶつかってしまいました。ぶつかった拍子に、ふたりの首の鈴が鳴り出しました。

 

 すると、どうでしょう。

 鈴の音に重なって、地上のみんなの声が聞こえてくるではありませんか。



 いつものように、黒い仔猫の名を呼ぶ声。

 白い仔猫がした仕草しぐさに、あたたかく笑う声。

 可愛いねと、黒い仔猫を抱き上げる声。

 白い仔猫にそっと語りかける声。


 

 懐かしい声は、黒い仔猫と白い仔猫を暖かく包みこみ優しく撫でてくれました。


 歌うたいの猫がうたうのをやめると鈴の音も鳴り止み、地上からの声は聞こえなくなりました。

「ほらね。きみたちだって、地上から大好きなみんなの声を持ってきているじゃないか」


 黒い仔猫が顔を輝かせます。

「ほんとだね! さみしくなったら、歌うたいの猫さん、また、歌ってね。そしたら、ぼく、今みたいに耳を澄まして、おうちの人の声を聞くからさ」


「きみが歌えばいいんだよ。きみの鈴の音に合わせて」


「鈴?」黒い仔猫は、自分の首についている鈴を見ました。

 

「その鈴の中に、きみたちが地上から持ってきた一番大切なものが入っているんだよ。その鈴の音が、大好きだったみんなの声になるんだよ」


 それを聞くと、白い仔猫は大喜びです。

「わかった。あたしも歌えばいいのね。そしたら、おうちのみんなの声が鈴の中から、聞こえるのね。おうちのみんなにも、あたしの声が聞こえるのね」


 歌うたいの猫は首をかしげました。

「それはどうなのかな…… でも、聞こえるといいね。ぼくはいつか、ぼくのおかあさんに聞いてもらえるように、毎日うたうんだ。ぼくはこんなに元気だよって」


「ぼくも、毎日、うたおう!」

「あたしも、毎日、うたう!」



 突然、灰色の仔猫が耳をふさぎました。目には大粒の涙が浮かんでいます。

 灰色の仔猫はしばらく嗚咽を堪えていましたが、堪えきれなくなって、わっと突っ伏してしまいました。



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