涙の虹

 その人は、窓の方に振り返りました。

 窓から死んだ猫が覗いているような気がしたのです。



 猫が虹の橋に旅立ってから、もう、どれくらいの月日が過ぎたことでしょう。今でも、家のどこからか、ひょっこり猫が出てくる気がしてなりません。

 でも猫はもうどこにも居なくて、思い出すたびに悲しくてたまらなくなるのです。その悲しみはみぞおちで硬く凝り固まって、ずしんずしんと重くなっていくばかりでした。

 とっくに枯れ果てたはずの涙が、また溢れ出してきます。体中の水分が全て涙になって流れだしたと思っていたのに、それでもまだ涙は尽きること無く溢れ出してくるのです。


 涙の中で知らず知らず、その人は猫が好きだった歌を口ずさんでいました。

 猫はその歌が大好きで、尻尾で拍子を取りながら、いっしょにミーミーと歌ったものでした。

 この歌をうたうのは、本当にどれだけぶりでしょう。

 猫が旅立ってからは、ずっと口ずさんだりしていませんでした。

 なぜなら思い出すたびに、胸がつぶれそうになって、とても歌うことができなかったからです。

 それなのに今日に限って自然に歌が口をついて出てきたのです。


 ふと、歌に合わせて鳴く猫の声が、窓の外で聞こえた気がしました。


 どうせ、またいつもの空耳で、窓の外を見たって猫はいなくて、よけいにつらくなるだけだと、その人は思いました。


 なくしたものはものは、二度と戻らない。

 なくしたものとは、もう二度と出会えない。

 

 その人は幾度となく自分に言い聞かせたことを、また繰り返しました。

 でも、それでも、やっぱり、窓を開けて確かめずには入られませんでした。

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