渡し守はさおを操って、舟を進めます。その棹の先には、リボンで結んだ鈴がひとつ付いていました。鈴は棹さす度に澄んだ音をたて、渡し守はその音に合わせてうたいました。


 猫は長い舟旅の間に、渡し守のうたう歌をすっかり覚えてしまいました。

 そして、いっしょに口ずさむようになりました。



 虹の橋に着くと、渡し守は棹の先に結んだリボンを解き鈴を外しました。そして、舟を降りた猫の首にリボンで結んであげました。


「きみが、地上から持ってきた大切なものだよ」


 猫は、驚きました。荷物はみんな地上に置いてきたはずです。大切なたくさんの思い出も、これから地上で暮らす仔猫に託してしまいました。だから何も持たず、虹の橋に渡って来たとばかり思っていました。


 渡し守は、猫に言いました。

「歌ってごらん」


 猫が覚えた歌のひとつをうたいはじめると、鈴がきれいな音で鳴り出しました。

 鈴の音は話し、笑い、うたいました。その音は地上に残した大好きなお母さんの歌声となって、猫の耳にとどきました。


 猫はおかあさんといっしょになって、その歌をうたいました。地上で暮らしていたときと同じように。



 猫が虹の橋に持って来たたったひとつのものとは、猫をなによりも愛してくれた人の懐かしい声だったのです。

 その声が渡し守のくれた鈴の中に入っていたのでした。



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