さよなら

 渡し舟は降りしきる雨の中を進んで行きます。



 地上に最後の別れを告げるように、舟は猫が暮らしていた家の上に差し掛かりました。舟から身を乗り出して見下ろすと、台所の窓に明かりが灯り、人の影が動いています。


「おかあさんだ! おかあさんが、ごはんのしたくをしているんだ!」


 猫は恋しさのあまり舟から飛び降り、住み慣れた地上の家に戻ろうとしました。でも渡し守が猫を舟の中に引き戻し、静かに首を横にふりました。

 猫は舟の床に突っ伏して、わっと泣き出しました。


 猫の耳の奥で、地上からの声が聞こえてきます。

 話し声。

 笑い声。

 猫のために作った歌をうたうおかあさんの歌声も聞こえてきました。


 猫はハッとして、顔を上げました。

 でも、猫が大好きだったその歌をうたっているのは、渡し守でした。




 舟は空高く上がり、猫のいた地上の家はもうどんなに目を凝らしても見えませんでした。



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