船着き場

 ごはんとおもちゃが減っても、荷物は少しも軽くなりません。猫は重い荷物を引きずりながら、やっとのことで船着き場につきました。



 船着き場には幾艘いくそうもの渡し舟が乗客を待っていましたが、猫はすぐに自分の乗る船がわかりました。


 渡し守は切符を確認してから、猫の荷物を見て言いました。

「舟には、大きな荷物は積めないよ。持っていくものを一つ決めたら、あとのものは、みんな置いていきなさい」 


 猫はこの一年の間ずっと病気でしたから、真っ先に痛みと苦しみを置いていくことにしました。それから老いも捨てると、だいぶ身軽になりました。


 あとはたくさんの思い出の中から何を持って行こうかと考えました。

 でも、いくら考えても一つに決めることができません。猫にとっては、どれもみな掛け替えのない大切なおかあさんとの思い出だったからです。


 渡し守はいつまでも迷っている猫を急かそうともせず、舟に寄りかかって歌を口ずさんでいました。


 いつの間にか、猫の後ろにさっきの仔猫が立っています。

 猫はこの子もこれから船に乗るのかと思いましたが、地上の荷物も船の切符も持っていません。ただ一つ猫のあげたおもちゃを持っているだけでした。


 猫が仔猫を見ながら首を傾げていると、渡し守が教えてくれました。

「この子はね、生まれ変わって地上で暮らすために、今し方、虹の橋から来たばかりなんだよ」


 それで、これからの地上での生涯が怖くてたまらず、道に落ちていた箱の中に隠れて震えていたのでしょう。

 ごはんやおもちゃをもらっても不安は消えず、親切にしてくれた彼の後について船着き場にまた戻って来てしまったのです。


 猫はふと思いました。この子は、今から自分の乗るこの船に乗って、入れ替わるように虹の橋からやって来たのかもしれない。それなら、自分の地上での思い出をこの子に全部託すのはどうだろう。この子ならきっと大切に受け継いでくれそうだもの。


 猫は思い出をみんな仔猫に渡すと、舟に乗りました。

 渡し守が舟を漕ぎ出します。これから虹の橋に向けての旅が始まるのです。



 仔猫はおもちゃと思い出を抱え、舟が見えなくなるまでずっと見送っていました。



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