第10話 パラドックス

結論から言うと、悠太は悠太のままだった。いやこの場合、知らない悠太のままだったと言った方が正しいかもしれない。兎に角、部屋がピンク色に染まっても、髪の毛が短くなっても、朝ごはんが和食に戻っても、悠太はお昼御飯を一緒に食べてくれる方の悠太だった。


朝、一緒に登校して、たくさん喋り、お昼ご飯を当然のように一緒に食べて、放課後手を振ってバイバイできる。二日間一緒にいた方の悠太。元の世界の寡黙じゃ無い方の悠太だった。


…外見は同じだけど、人格が違う悠太。果たして同じ人と呼べるのだろうか。彼は小さい頃から幼なじみでいつも一緒にいた、私が好きな寡黙な悠太と同じなのだろうか。


私は果たして本当に悠太が好きなのか、それとも、悠太の外見が好きなだけなのか…


「おい茜、聞いてるか? 」


食べていたブロッコリーを急いで飲み込んだ。


「あ、うん。聞いてるよ。で、なんの話だっけ? 」

「なんだよ、やっぱ、なんも聞いてねーじゃねーか。どした? 最近たまに、ぼーっとしてるときがあるよな。」

「そ…そう?」


誤魔化すように、急いでウインナーを口に運んだ。


「そうだよ。今朝の登校中も何度か声かけたんだけど反応無かったぜ」

「ふぇ?うそ!」


驚いて箸でつまんでいた残りのウインナーを落としかけて、あたふたしてしまう。


「お前このあいだ、登校中に貧血で倒れただろ。もう二週間ぐらいか、あの日からぼーっとしてる事が多くなったな。やっぱり自覚ないか」

「あ、えーっと。うーん。ご、ごめん」

「まあ、いいや。余計なお世話かも知れないけど、悩みとかあったらいつでも相談にのるぜ? 」

「う…うん。ありがとう」


悠太が自分を気にかけてくれるのが、何より嬉しい。頬が熱くなるのを感じ、恥ずかしくなって慌ててうつむく。


「そうだ茜、これやるよ。お前昔から大好きだったよな?」


悠太が赤い梅干しを差し出して来た。梅干しを見て私は少し考えた。


「ゆ…悠太。私が梅干しを食べたら驚く? 」

「は?何言ってんだよ。要らないなら捨てるぞ。俺梅干し大嫌いだし」


どっちだろう、意地悪して楽しんでるのか、それとも本当に大好物だと思って言ってくれているのか。


「ねえ、悠太」


悠太の目をジッと見る。


「な、なんだよ。梅干し嫌いにでもなっちまったのか? 」

「悠太教えて。例えば知っている人が、その人の中身…えーっとこの場合は、そう、見た目は同じなんだけどある日突然人格が変わってしまった場合、うん、そう。その場合、元の人と同じ人と言っていいのかな」

「茜…」


悠太が心配そうに覗き込む。


「な、なに? 」

「お前まさか変な宗教とかやってんのか?」

「悠太、真面目に答えて」

「ちっ、しゃーねーな。 茜?この話は、パラドックスの謎かけか何かか?」

「パラドックス?」


聞いたことのない言葉を突然出されて、私は考え込んでしまった。


「なんだ知らないのか。パラドックスって云うのは、矛盾とか逆説もしくはジレンマって意味だ。」

「うん」

「例えばお前の人格が、俺とになったとしよう。これは誰だ。茜か?俺か? 」

「人格が悠太なら、外見がわたしでもそれは悠太だと思う」

「でも、見た目は茜だぞ。誰が見ても、お前の両親でさえ見ただけでは人格が俺に変わっているとは気づかないだろう 」

「でもそれは、わたしじゃない。あ、そうか、もしかしてそれが」

「そう。それがパラドックスだ」


悠太はそう言って手を伸ばすと、赤く輝く梅干しを私が持っているお弁当のご飯の上にちょこんと乗せるのであった。

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