第7話 並行世界

五時限目、国語の授業が始まった。

教壇には教室中を鋭い視線で見回す事で有名な最上もがみ 甚八じんぱち先生がいた。


「山のあなたの空遠く。いいかー、このあなたって言うのは人じゃあないぞ」


私は窓際の席で校庭を眺ていた。食べ終わった梅干しの種をどこにも捨てることができず、口の中でコロコロ転がしている。


「ここで言うあなたとは、彼方と同義だ。このように…」


最上が熱弁をふるう。


「茜、おい茜」


隣の席にいる悠太がこっそり声を殺して私に呼びかけて来た。


「お前だけ飴舐めてズルいぞ。俺にも一個くれ」

「これは飴じゃ無いわよ」

「さっきから、お前舐めてるじゃあ無いか。コロコロ音が聞こえるぞ」

「これは…」


言いかけて口を噤んだ。苦手だと思われている梅干しとは口が裂けても言えない。


「もう、これが最後の一個だったのよ」

「何だよ、残しておいてくれよ」


悠太の残念そうに絞り出す声が聞こえる。


「はい、いいかー。ここからちょっと趣向を変えるぞ」


最上は教室中に響き渡る声で語り始めた。


「みんなは並行世界って知ってるか? 」


国語の授業なのに意外とも言える最上の問いかけを聞いて、教室中がざわつく。


「並行宇宙、並行時空、マルチバースとも言う。小説やアニメで出て来る、異世界や魔界とは違う。あれは全く別の定義の世界だ」


最上は続ける。


「並行世界ってのは、無数にあって一つ一つはほんの少しずつ異なる世界だ。つまり、たとえて言うなれば少しずつ違うこの教室が無数にある並行世界に存在しているわけだ。どうだ?ちょっと難しいかな。」

「先生、ちょっとずつ違う世界が無数に有るってことは、超、頭の良い俺がいる世界もあるのかなぁ」


男子生徒の冗談に教室がどっと湧き返る。


「あーでもそれは、満更無い話じゃあないぞ。何より重要なのは理論上の話だと思われていた並行世界の存在が、最近実際に実験で確認されたらしいんだ」


最上は自分がすごいわけでも無いのに、ドヤ顔で周りを見回す。


「しかも、その無数にある並行世界同士で情報のやり取りをしているらしいんだ。つまり並行世界間での情報のやり取りをしている。即ち、いま映画で流行っている他人同士の心の入れ替わりってのもゼロじゃあない。」


教室中がより一層盛り上がった。

私は胸がドキドキするのを感じた。昨日から感じてる違和感。少しずつ違うこの世界。もし、自分自身が他の並行世界から紛れ込んでるとしたら納得がいく。


(まさかね……)


「茜、おい、聞こえてるか」

「えっ、う……うん。大丈夫」

「大丈夫って何だよ、ずっと呼びかけているのに」

「ゆ、悠太、何? 飴なら無いわよ」


私は慌てて取り繕う。


「あぁ、飴はもう諦めた。あのさ、お前昨日からちょっと変じゃん?もしかして、この並行世界ってのが原因じゃ無いか? 」

「じょ、じょじょ冗談でしょ?わたしはわたしよ」


悠太は意地悪い笑顔でさらに言う。


「見た目は茜なのに、仕草や好みがちょっとだけ違うんだよなぁ。別人までは行かないんだけど。俺もそんな事有り得ないって思うんだけどさ」


笑いながら言う悠太に私は何も言えなかった。

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