第6話 梅干し

「ちくしょう。こんな所しか空いてねぇな。まぁ良いか、今日はここで食おうぜ」


悠太は屋上の一角に座ると、そそくさと自分の弁当を開き始めた。

屋上から見る風景は、格別だった。見渡すと様々な色の屋根が敷き詰められ、遠くにはそんなに高くないが、山々が連なる。空は快晴とまでは行かないまでも、雲はチラホラとしか無く、何しろ太陽が真上から柔らかい陽射しに照らされて暖かい。


「うげ、また梅干しか。茜、はやく弁当開けろ。俺の梅干し受け取ってくれ」


悠太は箸で梅干しを掴んで、私に差し出してきた。

私は差し出された梅干しを見て我に返り、慌てて悠太の横に少し間を開けて座ると、手に持っていたピンク色の巾着を開きお弁当を取り出した。


「わぁ」


お弁当は色取り取りに飾られていた。


「うお、茜の弁当はやっぱいつ見てもすげぇな。おばさん料理上手で羨ましいぜ」


悠太が私のお弁当を覗き込む。


「す…凄いね。私こんな綺麗なお弁当初めて見た」

「ははっ。何言ってんだ、お前いつも文句言ってるくせに。それより梅干し受け取ってくれや。もう、手がだりい」

「あ、あ……そっか、うん。ありがとう」


(悠太の梅干しもらっちゃった……)


私はご飯の上で陽の光を受け綺麗に紅く光っている梅干しを眺めた。


「何嬉しそうに見てやがる」

「えっ、梅干しあの、好きだから…」


私の言葉を聞いて悠太が怪訝そうな顔をする。


「はっ?お前梅干し大っ嫌いだったろ? 」

「えっえっ。私、昔から梅干し大好きだよ」


悠太は自分の弁当から卵焼きを取り出して、口に放り込む。


「はは。茜、無理するな。お前の梅干し嫌いは俺ん中では有名だ。ご飯が梅干しに引っ付いて紅くなっただけで嫌そうな顔する程じゃないか」

「え、そ……そうだったかな」


(梅干し、大好きなのに……)


「やっぱ、昨日から変だよな。お前」


悠太はいたずらっ子っぽい表情で私を覗き込む。


「え、そ…そうかな」


私は慌てて悠太の視線を逸らしたが、頬が熱くなるのを感じた。


「それだ、それ」

「えっ、今度は何? 」

「昨日から俺と目が合うと真っ赤になるよな。面白いんだけど、お前らしくないぞ。どした? 」

「そんな事ないと思う…けど」


私は再び目を伏せる。


「ほら、それもだ。今までならもっとこう、食ってかかってくる感じだったのに。何だか女の子らしくなっちまったと言うか。まあ、俺としてはガミガミ五月蝿いよりもそれぐらいの方が良いんだがなあ」

「えっ、私そんな五月蝿い感じだった? 」


顔を上げて悠太に聞いた。


「五月蝿いも何も、かーちゃんが何時もそばにいる感じだったなぁ」

「えっ、何よそれ」


思い当たる節は無かった。それどころかお昼ご飯を悠太と食べたことなど、今まで一度もないのに。何だろう。もしかして、長い夢でも見ているのだろうか。

目の前にいる悠太はどう見ても、幼馴染の悠太である。間違いない。でも……でも、悠太はここまで私に心開いてなかったかも。


「ふー食った食った。お、茜、食わねえんだったら最後のおかずもらって良いか?さっき梅干しあげただろ? 」


悠太はそう言うと、トンビが油揚げを取っていくが如く箸を上手に操って、私のお弁当からおかずを奪っていった。


「やっぱ、おばさんの料理の腕は間違いないな」


悠太はお弁当を片付けると、立ち上がった。


「さあ、授業が始まるからそろそろ帰ろうぜ」


悠太が立ち上がったタイミングで、私はこっそり残っていた梅干しを口に含んでお弁当を片付けた。


「片付いたか? 」


悠太の問いかけに、「うん」と言いかけたが、梅干しで口がいっぱいなのに気づき、私は慌てて大袈裟に頷いた。


「じゃあいくぞ」


来た時と同じように、悠太の後ろに付いて屋上を後にした。

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