第43話 結婚生活

「アリス、そうではありません。ここをこうして……」

 朝の恒例行事。それはマリー先生の髪型セット教室だった。

「マリー、いきなりこれは無謀じゃない?」

 『サウザン ウィズリー ノット ロング』

 やたら複雑な事で知られるこれ、ショート用とロング用があり、地面に付きそうなほど長い私の髪は当然ロング。難易度はかなり高い。

「えい、ここはオリジナリティー!!」

 しかしめげないアリスは、途中で微妙に崩した形に……おっと、これは!?

「あら、素敵」

 思わず口走ってしまった。

「いわば、アリス・スペシャルね。これはこれで……」

「ダメです。基本形も知らずにアレンジなど……」

 おうおう、怖いねぇ。

『相変わらずガッチガチねぇ。よし、先輩が指導したる!!』

『いやさ、暇なのは分かるけど、ここでどうやって出すのよ?』

 どうしろと?

「マリー、程々にね。可哀想だから……」

「王族の務めじゃないの。こういうの?」

 キョトンとしてマリーが聞く。

「王族が言うのは取りまとめ役に対して。侍女一個人に対しては、よほどの事がなければ言わないから……あっ、そういや取りまとめているの誰?」

 アリスに聞くと、彼女は難しそうな顔をした。

「はい、マリー様の代わりなんてまずいなくて……今はまだ誰も」

『ほら、私の出番!!』

 ……

「ねぇ、マリー。もしも、の話しよ。もしも、アンがここでアルバイトしたら喜ぶ?」

「えっ? まぁ、そりゃ嬉しいけど。どこか頭でも打った?」

 心配そうにマリーが聞いてきた。まあ、そうだよなぁ。

「冥府に住みたもう言霊よ。我が名ミモザの名において願い奉る。今一度現世にその姿を示し、時給金貨3枚、勤務時間応相談 土日歓迎 未経験者でも丁寧に指導、楽しく明るい職場です。汝の名は、アン・セイバー!!」

『だから、真面目に~!!』

 ペンダントが光り、アン様が降臨しなすった。

「なんで、こう途中で呪文崩すかなぁ……やっほ~」

 アンは、完全硬直したマリーとアリスに手を挙げた。

「アハハ、この馬鹿術者に頼み込んで来ちゃった」

「あ、アン!?」

「あ、アン様?」

 マリーとアリス。それぞれが驚愕の表情。無理もない。

 元祖スーパ侍女アン・セイバー。その実力やいかに。

「マリー、あなたねぇ。相変わらずガチガチ過ぎるんだって。真面目なのは美点だけど、それじゃついてこないよ。アリス、セットの仕方はこう」

「は、はい!!」

 は、速い。アリスはもちろんだか、マリーよりも格段に速い!!

「でね、ここはこう……」

 しかも、指導しながらだぞ。これが、アンの実力。

「マリー、次はあなただから、そこ座って。あなたは『エイトフォーエイトオクテット』」

「は、はい!!」

 かくて、朝の行事はあっという間に終わった。

 結局、アンはそのままここの侍女を取りまとめる役職へと就いた。一日四時間のバイトだけど、暇つぶしにはなるだろう。


「ミモザ、なんでアンを呼び出すのよ。なんか、泣いて損したっていうか……」

 あーあ、もうご機嫌斜めねぇ。

「変な縁が出来ちゃってさ、取り憑いてでも出るっていうから、呼び出したのよ」

 まあ、この程度の嘘は許されるだろう。完全に外しているわけもないし。

「……凄いでしょ、アンって」

 マリーの口調が変わった。

「そうね。確かに強烈だわ。さすが、元祖スーパー侍女って感じ」

 侍女の仕事は多岐に渡るが、その全てにおいてアンはスーパーだった。自然と他の侍女たちも彼女を頼り、たった一日で上手く回りはじめている。

「私なんて凡人よ。アンにはとても並べない。勝つなんておこがましい。さすがにヘコむわよ」

 マリーが苦笑した。その手には燃料酒。それ、やめい!!

「あなたはもうこっちの人間なの。大人しく世話されていればいいのよ」

 こちらも苦笑を返し、氷結寸前まで冷やしたテキーラをショットで。うむ、美味い。

「そう簡単に侍女が抜けると思う? 体が動いちゃうのよねぇ」

 ……まあ、そうか。

「じゃあ、王族の嗜みってヤツを教えてあげるよ。徐々にね」

 私はマリーの肩に手をかけた。

「まずは……」

「ミモザ……」

 私はスッと道具を取りだした。

「ピッキングから」

「要らんわ!!」

 うーん、便利なんだけどな。このくらい、王族なら誰でも出来る……と思うけど。

 しかし、まあこの隙を逃す手はない。私は、ガラ空きになった口に思い切りキスをしたのだった。

「ズルイ!!」

「で、ピッキングなんだけど、まず……」

 私は道具を広げた。

「ってか、すでに出来る。あなたより速く!!」

 あっ、そっか。

「この、さっきのキス返しなさいよ!!」

「やだ」

 速攻で返す私。

「そうそう、あなたの事一つ分かったわ。熟睡中ならうなじ舐めても平気みたいよ」

 お酒をチビリ。うん、美味い

「た、試すな。そして、勝手にガッテンするな!!」

『あはは、マリーの別顔面白い。私見たことないわ』

『そうなの?』

 チビッとお酒を飲む

『先輩と後輩だもん、ないわよ』

 ……それもそうか。

「くっそー、絶対ミモザの弱み握ってやる!!」

 はいはい。私は全身が弱みみたいなものだから、いまさら叩いたってなにも出ないと思うけどなぁ。

「はいはい。それで、今悩んでいる事があるんだけどさ。うちのとーちゃんに挨拶というか、顔出した方がいいかなって」

 マリーが唸った。

「そうねぇ、本来はそうしたいけど、エルフの掟だけ? またあれを破ったら……」

「そうなんだよねぇ、なんかのついでに行ければいいかって、まあ、そんな感じではあるけれど」

 まあ、言っていても栓はない。私は別の話題に切り替え、私たちはゆったりとした時間を過ごしたのだった。


 まあ、滅多な事は口にしない方がいいものである。

 翌日の朝イチで国王様に呼び出され、私たちは親書を携え、ロックウェル王国へと向かっていた。「ついで」がこんなに早く訪れるとは私も思わなかったが、私が再婚したので、その事について早く挨拶しておきたかったのだろう。私はそう思っていた。

 そんなに遠い場所ではない。「新人王族」のマリーはガチガチに緊張していたが、うちのボンクラとーちゃん相手なら、外交の手始めにはちょうどいいだろう。

 馬車は程なく森に到着し、ほぼ中央にある城の前で止まった。

「はい着いたよ。侍女の時と同じでいいから」

 叩けば壊れそうなくらいかっちかちなマリーに言ってから、私は馬車から降りた。

「おうおう、使者はお前か。で、そっちのお嬢さんも見覚えがあるな」

 とーちゃん……父王は相変わらず暢気そうだ。

「紹介します。私の妻のマリーです」

 やっと馬車から下りてきたマリーを示して、私は少しだけ改まった口調で紹介した。

「どういうことじゃ、あの坊主は?」

「まあ、その辺は中で話すから。はい、これ国王様からのラブレター」

 私は親書を父王に手渡したのだった。


 客間に通されボケーッとしていると、父王の方からやってきた。

「まず一つ。結婚おめでとうと言わせてもらおう。事情はどうあれ、最終的に落ち着いたのだ。手放しで祝福しよう、

 そして、お前。政略結婚といったはずだが、ちょっと神ってるな……」

 ……へ?

「サーモバリック国王から、打診というか、なんかそれっぽいものがしたためられておった。『国王にしてもいい?(ハート)』的な感じでな。もう早馬は出した『バカ娘でよければ』ってな」

 ……ぬわぁ、こっち固めやがった!!

「なんで相談しないのよ!!」

 思わずクソ親父をぶん殴っていた。避けられたけど。

「お前に相談する事ではない。これは外交上の話しだ」

 ええー、そうかぁ?

「まあ、今日はゆっくりしていけ。積もる話しもあるしな」

 こうして、思いの外早くやってきたロックウェル訪問の夜を迎えるのだった。


「ほぅ、そんなにこのバカ娘を気に入ってくれたのか。親としては喜ばしいのぅ」

 サーモバリックではない家族が食卓を囲む光景。それが、このロックウェルにはある。

「ったく、こき使いおってからに……」

 テーブルに並ぶ料理は、私の作品である。こういう所も変わっていない。

「……ごめん、練習しておく」

 マリーがしょぼんとしてしまった。

『ダーハハ、あの子の料理クレイジーでいいでしょ!!』

 ……可哀想だからやめなさい。

「いいのよ、得手不得手はある。で、とーちゃん。マジでサーモバリックに連絡しちゃったの?」

 もはや、王とか言ってる場合ではない。

「うむ、早い方がいいからな。しかし、サーモバリックの国王に我が娘がと思うと、感無量だな」

 マジか。

「悦に浸っているところ悪いんだけど、まだ決めたわけじゃないし……」

 なかなか強引に攻めてくれるが、私にはまだその意思はない。

「なんじゃ、まだ決めかねておったのか。お前も漢なら……いや、女じゃったか、まあ、王族の身なら腹を括れぃ!!」

 国王がどれだけ大変か、知らぬ父王ではないだろう。まあ、なった事ないから、想像でしかないけど。

「でも……」

「デモもストもないわ。こんなもん、バッとなってダッとやってザッと玉座に座っておればいい。大体側近がやってくれる!!」

 擬音で語るな!!

「ま、まあ、いいわ、考えてみる。ねっ、ずっとローストビーフばかり食ってるお嫁様?」

「ひゃい!!」

 マリーがビクッと体を震わせた。ったく、人事だとこれだ……。

「美味しい?」

 指をバキバキ鳴らしながら、私はマリーに聞いた。

「ひゃ、ひゃい……」

 思いっきり引きつった笑みを浮かべるマリー。

「冥府に住みたもう言霊よ。我が名ミモザの名において願い奉る。今一度現世にその姿を示し、悪しき魔を打ち払わん事を。深遠なる闇より今ここに‥‥アン・セイバー!!」

『なんで、こんな時だけ真面目なのよ~!!』

 ペンダントが光り、アンが現れた。

「あ、アン!?」

 マリーの顔色がいよいよ真っ青になった。

「お仕置きだってさ。ちょっと表に出なさい」

「嫌だぁぁぁぁ。殺されるより殺されるぅぅぅぅ!!」

 あーあ、泣いちゃった。まあ、いい旅を。

 暴れるマリーをアンはズリズリ引きずって、どこかに行ってしまった。

「……禁術じゃな。見なかった事にしておいてやろう」

「そうしてちょうだい」

 凄まじい悲鳴が聞こえたが、まあ、気のせいだろう。

 こうして食事をしながら、私はとーちゃんとの食事を進めたのだった。


「ううう、もうお嫁にいけない……」

 なにされたのかは知らないが、大丈夫だ問題ない。もう結婚した。

 ここは客室である。当然、アンは引っ込めてあるので二人きりだ。

「マリー様もアンには勝てないか」

 私は小さく笑った。

「勝てるわけないでしょ。あんなバケモノ。いや、本当のバケモノになったら、さらにパワーアップしているし!!」

『……出して』

『却下』

「あーあ、さすが元祖か。さてと……」

 私はお酒のグラスを片手に、マリーがうなされているベッドにちょこんと腰を下ろした。

「全く、弱っているマリーって無駄に可愛いのよね。おっと、手が滑った!!」

 私はうなじをサワサワしてみた。

「ひゃぃ!!」

 ジタバタする彼女の体を、空いている手でそっと押さえた。

「どう、私の弱み見つかった?」

「ちょ、ちょっと、や、やめ……!!」

 こうして、マリーがグッタリするまで遊んだ私は、満足してその横に寝そべた。

「あー、いい夜だなぁ……」

 適度にお酒も回りマリーも撃沈。これ以上何がある。

「……ねぇ、本当に国王になるの?」

 マリーが背を向けたまま聞いてきた。

「さぁね。今のところ、やる気はないけどさ。私には荷が重いよ」

 ごろんと転がり、マリーの頭を撫でながら言った。

「そんな事はないと思う。私もついているし、もしミモザが国王……てか、女王か。になるなら、全力以上にサポートするもの。不安?」

「不安に決まっているでしょうが。いくらあなたと現国王様がバックアップに付くって言っても、全国民の命を預かるのよ? いわば国の顔が私よ? 耐えられるか……!?」

 不意にマリーがこっちを向いたと思ったら、とんでもなく深いキスをしてきた。呼吸が止まるような……。

「ゲホゲホ……強烈ねぇ」

 私は苦笑してしまった。

「このくらいしないと、止まらないもの。これが、弱みかな」

「この!!」

 マリーとのじゃれ合い。まあ、楽しい。

 こうして夜が更けていったのだった。

 サーモバリックで、少なくとも私にとっては、とんでもない事になっているとは知らずに……。

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