第42話 婚姻の義
婚姻の義。マルスの時はすっかすかだったが、私がすっかりこの地に根付いたからか、はたまた珍しいからか、もしくはその両方からか。国王様が招待した貴族たちで、会場は満員御礼となっていた。
儀礼用の服を窮屈そうに着込んだ国王様が仲立ちに入り、私とマリーは向き合っていた。ああ、お互いにウェディングドレス……にしたかったのだが、一回着てるしこっちの方が似合うからとごり押しされて、私はなぜか男装である。くそう!!
「……」
「……」
指輪なんてどうでもいいと用意していなかったのだが、国王様の意向で国が用意してくれた指輪は『天使の指輪』だった。盗品じゃん。これ!!
「どうした?」
国王様が不思議そうに聞いてきた。
はぁ、まあいいや。私は指輪を取った。こっそりため息をつきながら、マリーも指輪を取る、そして交換。気持ち悪いぐらい、サイズがぴったりだった。直したのか……侮れん。
式次第を順調にこなし、誓いのキスなんて、今さらなのにエラい恥ずかしい思いをし、バルコニーでお披露目。今度はブーイングではなく歓声だった。矢も飛んでこない。よきかなよきかな。
こうして、私とマリーは正式に結婚した……まではよかったが。
「まさか、侍女があなたとは……」
マリーがちょっと赤面している。
「はーい、よろしくお願いします!!」
そう、マリーと愉快な仲間たち。そのマルスの第二婦人だった方ではない、片割れが担当になったのだった。私はいいが、マリーは……まあ、気恥ずかしいだろう」
「そういや、もう片っぽは?」
聞くと、ニッコリ笑みを浮かべた。
「お城から下りて実家に戻ったみたいです。あの人心の底では嫌いだったので、せいせいしました!!」
……おいおい。
「すいません。きっちり教育します」
おーい、侍女に戻ってるぞ。まあ、いいけどね
「そういや、名前聞いてなかったわね」
侍女様に聞くと、あっと短い声を上げた。
「あらら、これはこれは。私はアリス・フォートレスです。アリスでもアーちゃんでもお好きなようにお呼びください!!」
……この子、好きかも? また、ある意味スーパー侍女だわ。
「本当に申しわけありません。私の教育不足で……」
マリーがしきりに恐縮するが、お主はもうこちら側の人間だぞ。
「じゃあ、アーちゃん。さっそくだけど、この婚姻の義で着た衣装の洗濯お願い出来るかな?」
どう考えても難しい洗濯になるのだが、アリスは胸を張った。
「お任せ下さい。掃除洗濯ならこの私の専門です!!」
かさばる衣装を軽く抱え、アリスは部屋から出ていった。
「いやー、楽しい侍女で良かったわ」
私はポンとマリーの肩を叩いた。
「よりによって、あの子とは。トホホ……」
マリーは寝室にフラフラ歩いていき、ボスッと倒れた。
「いいじゃん、なんか微妙に天然っぽくて」
私は笑った。
「掃除洗濯は、恐らく私以上に上手。簡単な結界魔法も使える。でも、それ以外が致命的に……いや、なんでもない」
「まぁまぁ、あなたのシゴキに耐えていた子なんだから、根性は抜群でしょう。そういう子なら大丈夫」
まさに、その根性が役に立つのだ。いざという時、逃げ出す侍女など要らない。
「さて、どっか出かけない? 暇だし」
「うん、そうしよう」
私の提案にマリーが乗ってきた。
「まずは、アンに報告しないと!!」
あー……。
『墓地で姿出しますね。それなら違和感ないでしょう?』
『了解』
かくて、私たちは城を出て、街外れの墓地に向かったのだった。
私とマリーはならんでアンの墓前にいた。
『行くよ』
『いつでも大丈夫!!』
「ねぇ、マリー。あれから霊術を研究してさ、少しパワーアップした魔法があるの。どうせなら『直接』報告したいでしょ?」
私が問いかけると、マリーは目を輝かせた。
「出来るの!?」
「じゃあ、いくよ。黄昏よりもくら……」
『ストップ!! それモロにパクりだし、なんか違う魔法だし!!』
ふむ、そうか。
「コホン……。マーボードーフブタニコミ。チンジャオロースカタヤキソバ。スブタテイショクショウガヤキ。チャーシューメンにヤキギョウザ。はいトンカツベントウヒレカツツイカにキャベツマシマシカエダマイッチョウ。出でよ、アン・セイバー!!」
『真面目にやれ~!!』
至って真面目である。心外な。
私のネックレスから、アンの姿が現れた。
「あ、あ、あ……」
想定外のクオリティだったのだろう。今まで見たことのないような表情で、マリーが固まった。
「全く、フザケタ呪文で呼び出しおって……。よう、元気か?」
シュタっと手を挙げ、アンはマリーに声をかけた。
「こ、こ、こ……」
マリーの体がプルプル震え始めた。
ん?
「バカヤロー!!」
マリーが放った右ストレートは、アンの顔面にヒット……する寸前で避けられ、パシッと左手で受け止められた。
「えっ、触れる?」
まあ、驚くわな……。
「どーよ、私の霊術」
嘘は言っていないぞ。つなぎ止めているのは私の魔力だ。
「いつの間に……こんな……」
マリーはアンの胸に飛び込み、思い切り泣き始めた。
「あーあ、妬けるわねぇ」
なんて混ぜっかえしつつ、私は紙巻き香草に火を付けた。今回は離れられないので、邪魔だろうけどここにいるしかない。
「もう、私は死んでいるんだからさ。泣くのはやめなって。葬儀の時枯れるまで泣いたでしょうに……」
アンは優しく笑みを浮かべるだけで、マリーに触ろうとはしない。多分、彼女なりの線引きなのだろう。
「だってさ、触れるんだよ。また……」
「はいはい、あなたが見るのは私じゃないでしょ?」
やれやれだぜ……ってね。
「しばらくそうしてあげてよ。マリーだってそんな馬鹿じゃないから」
その後、どれくらい経ったろうか。マリーはアンからそっと離れた。
「ごめん、ちょっと取り乱しちゃった……」
「あはは、いい顔見られたからよし」
さて、茶番だけど真面目にいこう。
「ほら、マリーから切り出して」
私が促すと、マリーはうなずいた。
「アン、今日は報告。この子……っていうか大先輩だけど、ミモザと結婚したの。その報告……」
アンは小さくうなずいた。
「よし、私の呪縛から逃れられたか。気になっていたのよ」
とっくの昔に知っているはずだが、うまく合わせるアン。
「やっとね……。アンの事を忘れるのは無理だけど、乗り越えたよ」
マリーは笑みを浮かべた。
「よしよし、それでこそ後輩。ちゃんとうまくやるのよ。下手打ったら祟りにいくからね」
小さくうなずくマリー。
「じゃあ、私はもう行かないと。そこの術士が変な呪文で呼び出したからさ、不安定なのよ。じゃあね!!」
シュッとペンダントの中に消えたマリー。
『何あの呪文!!』
『腹減ってるのよ』
「さて、行こうか。私たちが帰る場所はここじゃないわよ」
「うん!!」
『なんかこうもっと厨二病臭い呪文がいいなぁ』
『恥ずかしいから嫌!!』
まったく、疲れる……。
結婚初夜……何もない。今さらだ。
マリーは早々に寝てしまった。色々と疲れが出たのだろう。
なんだか飲んでばかりで恐縮が、私はいつも通り一人晩酌を嗜んでいた。
「なんかまぁ、落ち着くものが落ち着く場所に落ち着いた感じね」
取り合えず、そんな感じである。
ああ、言う気にならず伏せておいたが、マルスは重症を負ったが生きている。それが幸せだったかどうかは、私には分からないが……。
『ねぇ、侍女足りてる?』
おぅ、ビックリした。アンがいきなり言ってきた。
『あれ、現世が恋しくなっちゃった?』
マリーに聞かれると上手くないので、思念で返す。
『いや、単純に暇……』
……あっそ。
『いたらいいだろうけど、どうやって働くつもりよ。やめなさいって』
『姿変えられない?』
……言うと思った。
『それはかなり厳しい。魂の形は変えられない』
……霊術は万能ではないのだよ。
『そっか……じゃあ、憑依とか』
『出来るけど、怖いから嫌』
……やってはならない禁則事項だ。
『いけず!!』
……マリーも言ったが、どこの言葉じゃ!!
『いいから退屈してなさいって。時々変な呪文で出してあげるから』
『あれはやめて……』
それきり、アンの声は聞こえなくなった。
「やれやれ、どいつもこいつも……」
一人苦笑しつつ、お酒をチビリ。
ちなみに、極端に代謝がいいエルフは、よほどの事がないと酔うことはない。
だから、あんな燃料みたいなお酒が造られるわけだが……。
「さて、寝るか……」
そろそろ時計がてっぺんを回る頃。寝るにはちょうどいいだろう。
私はお酒を片付け……マリー起こすと悪いから、ソファで寝る事にした。
「あれ、ミモザ。起きてたの?」
適当に寝床を作っていると、寝ぼけ眼のマリーが声をかけてきた。
「あっ、起こしちゃった?」
なるべく静かにやったつもりだったが……。
「なんでそんな場所で? 一緒に寝よう」
寝ぼけているマリーに引っ張られるままに、私はベッドに入った。
なにするでもないが、これはこれでいい。隣では早くもまたマリーが寝息を立てている。実に平和な時間だ。私は静かに目を閉じた。
「……マーボードーフブタニコミ。チンジャオロースカタヤキソバ。スブタテイショクショウガヤキ。チャーシューメンにヤキギョウザ。はいトンカツベントウヒレカツツイカにキャベツマシマシカエダマイッチョウ。出でよ、アン・セイバー!! あれ、出てこない……ZZZ」
……
『……言っておくの忘れたけど、この子って超難解な呪文も一発で聞き覚えるのよ。私、出た方がいい?』
『結構です』
呪文は大切にね。サーモバリック魔法使い共同組合
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