第41話 前夜祭?
マルスとの離別が正式に国王に承認された。ロックウェル王国へ帰されるのが一般的ではあるのだが、私の場合は事情が違った。次期国王候補筆頭である事、そして、なによりもこれだった。
「ま、まさか、あんな簡単に……」
「ねっ、言ってみるものでしょ?」
驚愕しているマリーに、私は小さく微笑んだ。
時は一時間ほど遡る。
謁見の間で国王様にマルスとの離別を承認して頂いた時のことだった。
「以上、これでお前さんは再び独身だ。故郷へ帰るというなら、俺も無理に止めはしない。この国留まるのであれば、国王の件を前向きに検討してもらいたい。すでに第五王子までの王位継承権放棄は取り付けてある。お家騒動になる可能性は低い。そこは安心してくれ」
……完璧に外堀を固めたわね。もはや、逃げ場がない。
「是非もなしという感じですね。しかし、もう少しだけ考えさせてください」
断る理由を探すのは難しい状況ではあるが、それでも意地を張ってみた。
「タハハ、さすが見込んだだけの事はある。ここまで詰めて折れないとはな。俺ももっと詰めるぜ」
おー怖い怖い。
「あの、国王様。一つお願いがあります」
改めた私の口調に、国王様はサングラスを外した。その鋭い眼光が私を射貫く。
負けるか!!
「後ろに控える侍女、マリー・エクステンダーとの婚姻をお許し願いたいのです」
言った、言ったぞこん畜生!!
「なに、侍女と結婚だと? けしからんな。実にけしからん!!」
クソ、ダメか……。
「ええい、もっとやれーい!!」
瞬間、私は思いきりスッコケた。室内の衛兵も残らず倒れ、私など天井から金だらいが降ってきた。ゴンと頭部にジャストミート!! 誰だ、こんなもん落としたのは!!
「あ、あの、このパターン、流行っすか?」
杖を伝って何とか立ち上がり、私は国王に聞いた。
「なに、お約束ってやつよ。まあ、人の恋路に口出しはしねぇし、お前さんにはデッカイ借りがある。だから、引き替えに国王になれなんてセコい事も言わねぇよ。一つだけ条件はあるがな」
「条件……ですか?」
訝しんで聞くと、国王はニッと笑みを浮かべた。サングラスをかけ、太い葉巻に点火した。
「ああ。前祝いにパーティーやろうぜ。ミモザにマリー!!」
なんとなく嫌な予感がして、私とマリーも同時にサングラスをかけたのだった。
そして、時間は戻る。
「さーて、パーティーの準備しなきゃね」
ここは私の部屋だ。呆けていたマリーが我に返り、クローゼットに突撃していく。そして、引っ張り出してきたのは普通のドレスだったが……。
「それじゃあ、ドレスコードに引っかかるわよ。あの様子だと、多分これね……」
全く、男はいくつになっても子供である。
黒ずくめに覆面。こんな格好では、堂々と城から出る事は出来ない。
部屋の窓にロープを引っかけて地上まで下り、国王様と閉ざされた城門の近くで合流した。
「ほぅ、『パーティー』の意味が分かったみてぇだな」
嬉しそうに言う国王様の出で立ちは、まんま「特殊な職業の人」だった。
「ええ、故郷にいた頃に少々嗜んでいたので……」
私はニヤッと笑った。
「なんというか、二人揃って不良王族というか何というか……」
頤に手を当てながら、マリーがため息をついたが気にしない気にしない。
「それで、標的は?」
背負っていたザックの中身を確認しながら、私は国王様に聞いた。
「ああ、王立近代博物館だ。そこの特別展示室にある『天使の指輪』が狙いだな。首尾よくやれば十五分でケリがつく」
歩きながら必要な情報を頭に叩き込んでいく。無計画もいいところだが、この程度の警備なら問題ない。
「さて、状況開始っと」
私は誰ともなくつぶやいた。
夜闇に紛れ、二つの影が走る。そして、下準備は完了した。
「いつでもいけます」
「こちらも終わりました」
私とマリーは同時に戻ってきた。
物陰に身を潜めていた国王様が、黙ってうなずく。やっぱり、闇の中に立たれると怖い。
目の前には、博物館の建物。その周囲を取り囲む道路には、今さっき撒き終えた魔法石がある。この魔法石、魔力を吸収したり増幅したりと効果は様々だが、今回は増幅。そして、使う魔法は……。
「『睡眠』(呪文詠唱サイレントモード)」
一瞬だけ魔力の光りが建物全体を覆った。そして、ここから見ていても分かるくらいの勢いで、バタバタ倒れていく警備のみなさん。
そう、なんの事はない。警備のみなさんをまとめて眠らせたのである。増幅させたので 建物の中にも効いてるはずだ。よし、まずは第一段階。
「さーて、パーティおっ始めるか!!」
まるで装甲車のように歩き始めた国王様には、侵入を拒んでいた門の扉などまるで意味をなさなかった。結構頑丈なはずの鉄扉が、まるで粘土みたいに曲げられて投げ捨てられる。すげぇ……。
「ふん、大した事ねぇな。行くぞ!!」
私とマリーは国王様のあとを黙って付いていく。これが一番安全だからだ。
程なく建物の出入り口に到着。高級なガラス製の扉ではあったが……。
「フン!!」
オッサン……もとい、国王様の蹴り一発で枠ごと吹っ飛んだ。せっかく王女の嗜みである、ピッキングをしようと思っていたのに。
「だらしねぇな。こんなんじゃ余興にもならねぇ。醒めちまうぜ」
……まあ、いいわ。
「さて、仕上げちゃいましょうか。えっと、確か特別展示室はこっち……」
図面は頭に叩き込んである。そこここに魔法で眠った警備の人たちがいる。どうやら、上手くいったらしい。
私たち一行は素早く廊下を駆け抜け、程なくいかにも頑丈な扉に守られた部屋に到着した。
『第一特別展示室』
間違いない。ここだ。私は探査系魔法で探りを入れた。
うわっ、この扉ってミスリル製。魔力遮断機能つきで、内部構造は不明……か。
って!?
「うぉらぁ!!」
国王様ったらお盛んな事で、いきなり扉に向かって回し蹴りを叩き込んだ。しかし、扉にヘコみ一つつかない。当たり前だ。ミスリルといえば、最強クラスの金属だ。蹴ったくらいで壊れるわけがない。
「ほぅ、やっと面白くなってきやがったな……」
国王様はサングラスを外した。その眼光は、野獣そのものだった。……だから、怖い。
「行くぞ……奥義・黒竜衝波斬!!」
国王様が付きだした両手の平から、魔法とは違う、なにか謎の黒いエネルギー塊が飛び出した。
ええええ!?
ドガン!!ともの凄い音を立て、扉が大きく歪んだ。うぉ!?
「ほう、ドラゴンすら粉々にするこれでもダメか……」
「私が開けます。ぶん殴ればいいってものではありません!!」
私はピッキングツールを取りだし、鍵を開けた。まだまだ鈍ってはいない。
「……あれ?
鍵は開いた。しかし、扉が開かない。
「ほら、扉が歪んじゃったせいで、開かなくなっちゃったじゃないですか!!」
そう、誰かさんが中途半端な仕事をしたせいで、開かなくなってしまったのだ。
「はぁ……ミモザ、ちょっとどいて……」
静かに様子をみていたマリー様のご登場である。なにをする気やら。
彼女はパチッとフィンガースナップして「ポケット」を開き、中から僅かに湾曲した刀身を持つ、見たことのないような剣を取りだした。
「……その刃、鋼をも容易く切り裂くことが銘の由来よ。秘剣・斬鉄剣!!」
パキーンと澄んだ音が聞こえ、ミスリル製の扉が砂糖菓子のように、真っ二つに切り裂かれて落ちた。
「おいおい、すげぇな」
さすがにこれは国王様も口をアングリさせている。
「ま、マリー、そんなもんどこで……」
さすがマリー。変な物を隠し持っていた。
「侍女の嗜みです。お気になさらず」
カチンと剣を鞘に収め、マリーは静かに目を閉じた。
「さすが、スーパー侍女。なんでもありねぇ……さて、とっとと頂いて帰りましょう」
いつまでも遊んでいる場合ではない。私は室内に入ると、目的の物を探す。それは、部屋の中央付近にあった。
ガラスのカバーに覆われた一対の指輪。間違いない。「天使の指輪」だ。
「さてと……」
また蹴られる前に、私はガラスカバーの鍵を開けるべくピッキングを開始した。
ほぅ、これはまた面倒臭い……。
「面倒くせぇ!!」
ガッシャーンっと、国王様の鉄拳がガラスカバーを叩き壊し、指輪を鷲づかみにした瞬間、けたたましいアラームが鳴り響いた。
「だぁもう、撤収撤収!!」
ここの警備は寝ているが、外で聞こえたら警備兵が集まってくる。とっとと逃げるに限る!!
廊下をダッシュし外に出たところで……遅かった。
「ぶぁはは、逮捕だぁ!!」
くたびれたトレンチコートに帽子、絵に描いたような「警部」がそこにいた。敷地の向こうには、警備隊員がぎっしり……。
さすがにブチ殺すわけにはいかない。
「フン、またお前か。エンドール警部殿」
国王様が鼻を鳴らした。
「あれ、お知り合い?」
私が聞くと、ああ……とうなずいた。一体、なにをやっているんだか。
「それはこっちのセリフだ。いい加減、とっ捕まえてやる!!」
「やってみろ……」
二人がバチバチやっている間に、私は呪文の詠唱を終えた。
「『睡眠』からの『麻痺』!!」
取り囲んでいた警備隊員達がバタバタと倒れていったが、最優先標的としていた何チャラ警部殿には全く効かなかった。バケモノかい!!
「アイツに生半可な魔法は効かねぇぞ。やるなら、殺すつもりでな。俺がフルパワーでぶん殴っても、アザ一つ出来ない正真正銘のバケモノだ」
国王様が静かに言う。もはや、人間じゃないな。
「というわけで、逮捕だぁ!!」
「うるせぇ!!」
飛びかかってきた警部殿を、国王様のキックが出迎える。
まともに食らった警部殿は吹っ飛んで……と思ったら、上空で見事に体を捌いて綺麗に着地した。怪獣VS怪物か……。
「ほらな?」
私はうなずくしかなかった。また出たよスーパー。今度は警部かい!!
「スーパー侍女殿、どうなさいますか?」
「……」
マリーは返事をしなかった。いや、出来なかった。目を見開いたまま、完全に硬直している。仕方ない……。
私は思いっきりうなじを舐めてやった。
「うっひゃあ!!」
「こ、こら、そこ、なにをしている!!」
警部殿が叫んだ。おや、こういうのに弱い?
「なにって、こういうこと!!」
今度は軽くキスしてみた。
「よ、よせ、公然わいせつも付けるぞ!!」
「今よ!!」
「おう!!」
国王様の蹴りがまともに警部殿に入り、見事に吹っ飛んでいった。
「ずらかるぞ!!」
「あいよ!!」
「ミモザのバカァ!!」
泥棒と王族は脚力が命。私たちは、全力疾走で城に逃げ帰ったのだった……。
「いや、だから、ごめんって……ダメ?」
「ダメ」
博物館から帰ってきたマリーは、猛烈に不機嫌だった。
原因は分かっているが、あの時は最善の策だったと思っている。
こうなる事も、ある程度は覚悟の上ではあったが……まいった。
「とりあえず、お詫びの印に取っておきのお酒開けるから。ね?」
私は棚にしまっておいた、考え得る限りエルフ製最強のお酒、その名も「ニョール・ミサエル・バハムート」を取り出した。共通語に訳せば「究極のバハムート」だ。恐るべきそのアルコール度数は、99.9%。もはや、普通のアルコールでしかない。
それを二つのショットグラスに注ぎ、一つをふくれ面のマリーに持たせた。
「えっと、乾杯……」
こんなの一気に飲んだら天国まで意識が飛ぶ。私はチビリとやったのだが、マリーはガバッといきやがったのだ。アホめ……。
「う、美味い!?」
えっ、「ゴブリン」で飛んじゃうのに、これ平気なの?
「ちょっと、なんでこんなの隠しているのよ。ますますけしからん!!」
あれ、なんかマリーの顔が真っ赤。ほら見ろ、こんなの一気に飲むから。
「もっと飲む!!」
ガッとグラスを差し出してきたので、私は反射的に注いでしまった。
結局、このお酒というより燃料みたいな代物をボトル一本開けた時、マリーがゆらりと立ち上がり……。そして、床に倒れた。
「ったく!!」
私は慌てて最強の攻撃……アブね、落ち着け私。回復魔法を魔力が切れるまで使った。実は、様子を見ながらこっそりちょこちょこ使っておいたので、アルコール中毒は避けられたようだが、完全には対処しきれなかった……。
「よっこらせっと……」
正体のないマリーをベッドまで運んでそっと寝かせると、私はリビングに移動してソファにグデッと横になった。魔力切れというのは後からくる。案の定、体が怠くなってきた……。
もう、深夜どころか朝が近いくらいの時間だ。私は怠さに任せてウトウトし……そのまま眠りに落ちたのだった。
……が、いきなり覚醒するハメになった。
回復魔法が効いたのか、すっかり元通りになったマリーが、すっごい極悪な笑みを浮かべて立っていた。
「……酔わせて忘れさせる作戦だったでしょ?」
「……」
バレてた!!
「ミモザ、甘いよ。ちゃんと貸しは返してもらうからね。今、なんか動けないみたいだし、ちょうどいいや」
言うが否や、マリーは私にそっと覆い被さってきた。
「大丈夫。そんなに酷いことしないから」
「よ、よせっ。話せば……きゃあ!!」
長い耳はダテではない。「あらゆる刺激」に敏感なのだ。
「人にやっておいて、自分は何もなしなんて思っていないよね?」
マリーの目が据わっている。怖い……。
「……好きにしていいよ。ごめんね」
私は全身から力を抜いた。
「えっ、ちょっと……なんか調子狂うんですけど。いつも通り、ギャーギャー言いながら抵抗しなさいって!!」
そう言われてもな……。
「マリーに悪い事したんだもん。しょうがないじゃないの」
「え、えーっと、なんかごめん。虐めてるみたいで嫌」
マリーは立ち上がった。
ふっ、決まった。殊勝攻撃。マリーの性格を知るからこその技だ。
「あら、もうないかもしれないのに……」
私は笑みを浮かべながらソファに座り直した。マリーがその隣にちょこんと座り、さりげなく寄りかかってきた。
「……ねぇ、婚姻許可出たね」
なにか、妙に艶っぽい声でマリーが言った。
「うん、金だらいにはまいったけどさ」
私はその頭を撫でながら返した。
「まぁ、そういう人だから、今の国王様は」
……どういう人やねん!!
「一緒になったらどうしよっか。やっぱり侍女?」
「そうねぇ……」
マリーはこの国の王族に連なる者。すなわち眷属となり、待遇は王族と同等になる。さらに言えば、私がもし国王……女王になれば、王妃様だ。それは、この国の法にちゃんと定められている。過去に例は少ないが……。まさか、侍女というわけにはいかないだろう。
「少なくとも、もう侍女はないわね。新しく侍女が付くはずよ。あなたは王族と同等になるから」
「うげっ、侍女の方が……」
そんなに嫌がらなくても……。
「スーパー侍女がスーパー奥さんになるだけよ。王族の作法は……しごいてあげる」
「うげげ……」
そんな、轢き潰されたカエルみたいな声を出さんでも……。
「まあ、何とかなるって……」
私はそっと、マリーを抱きしめたのだった。
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