第40話 決別。そして……
マルスの刑が決まった。
ヘルファイア島という、小島への幽閉だった。昔から流刑地として使われているらしい。
行かなくていいと言われたのだが、私は第一婦人として同行していた。ちゃんと見届ける義務がある。
王都から港までは一週間。そこから船に乗り換えて、島までは片道約一ヶ月程度掛かるらしい。
護送馬車の隊列は順調に予定をこなし、無事に港に到着した。警備兵に固められて護送船に乗り込んでいくマルスの姿を、私は恐ろしく冷静に見ていた。もう少し、感情が動くと思っていたのだが……。
私とマリーも乗船し、やがて船は出航した。
「全く、物好きというか、クソ真面目というか……」
これで何度目か忘れたが、マリーが苦笑した。
「まあ、一応ね。これが最後だからさ」
流刑は「緩慢な死刑」とも言われている。二度と戻れない。十二才で酷ではあるが、首を斬り飛ばされるよりはマシだろう。
「さて、少しだけ顔を見てくるか……」
船上で暇だった事もあるが、まぁ……一応、顔を出しておいてもいいだろう。
私は牢がある船底部に向かった。嫌がるマリーも結局ついてきた。
出入り口で簡単なボディチェックを受けてから、独房が並ぶエリアに入る。お世辞にも居心地がいい場所ではなかった。
「あっ、ミモザ……」
檻の中にいるマルスは、思ったよりは元気そうだった。
「久々ね……」
それきり会話がない。
「……ねぇ、僕たちどこで狂ったんだろうね?」
沈黙を破り、マルスが言った。
「最初からよ。政略結婚っていう時点で間違えている」
元も子もないが、事実だ。
「そっか……たまに思うんだ。ミモザと会ってなければ、こうならなかったんじゃないかって……」
なにか言おうとしたマリーを止め、私は小さく笑みを浮かべた。
「そうね、間違いない。私なんかと会っちゃったから、あなたの歯車は大きくずれちゃった。不幸としか言いようがないわね」
マルスが驚いたような表情を浮かべた。
「ミモザ?」
「だから、こうして最後まで見送りにきたんじゃない。これでも、責任は感じているのよ。こっちも歳食ってるくせに大人げなかったし」
マルスは混乱に陥ったようだ。明らかに挙動がおかしくなっている。
「じゃあ、次は島かな。まあ、ゆっくりさせてもらうわ」
私はマリーを連れ、船室に戻った。
「ちょっと、なんであんな……!?」
私は文句を垂れ始めたマリーの口を唇で塞いだ。
「なに言われたっていいのよ。最後なんだからさ。もうちょっと、グダグダ言うかと思っていたくらいよ」
マリーの肩から力が抜けた。よしよし。
「ミモザが悪く言われるのは、やっぱりちょっと耐えがたいかな。仮に正論でも」
マリーは苦笑した。
「気にしないから大丈夫。これでも王族、言われ馴れてるからさ」
「いや、そういう問題じゃ……」
ああもう、めんどい!!
「終わり終わり!! うなじ舐めるぞ」
「そ、それはやめて……」
『もう少し際どい……』
アン、いいからそれ。なんか、生々しいわ!!
こうして、航海は順調に続くのだった。
ヘルファイア島。周囲を断崖絶壁に囲まれ、唯一の出入り口は船着き場のみ。まさに、天然の牢獄である。
護送船はその船着き場目指して突き進んでいた。船長に聞いたら、明日には着くということだった。
「いやー、長い船旅だねぇ」
お酒のグラスを傾けながら、マリーがご機嫌に言った。
「そうねぇ、よく考えたらこれが初船旅だったわ」
間抜けな話しだが、今思いついた。船の旅はこれが初めてだった。
「なんか、嫌な船旅だねぇ」
「全く……」
などと間抜けな会話をしていた時だった。
ドン!! と轟音がして、船がガタガタと揺れた。
「なに?」
時刻は夜だ。何事だろうか?
船室から出て廊下を走り、操舵室に飛び込むと……まさに戦場だった。
「これは姫、危険ですので船室へ!!」
船長が叫んだ瞬間、またドン!!と音が聞こえた。
「何事ですか!!」
ちょっと王族っぽく言ってみた。
「敵襲です。攻撃照準魔法のパターンからみて、恐らく、我が国の戦艦でしょう!!」
暗闇でなにも見えないが、この船の周囲に水柱が上がっている。
「分かりました。沈めても?」
攻撃してくる以上、沈めても文句はあるまい。
「もちろん構いませんが、この闇では……」
私は胸を張った。
「問題ありません。マリー、フォーメーションα!!」
「はいよ!!」
そんなものはない。しかし、ノリ良く答えた彼女を連れて、吹き抜けの後部甲板へ。
真っ暗で何も見えない。探査魔法でも遠すぎてダメ。ならば……。
私は背後からマリーを抱え、甲板から飛び立った。なるべく敵に発見されないように、黒い海面スレスレまで高度を下げ、可能な限りの超高速飛行に切り替える。推定時速八百三十キロ。海面からの高度は推定五メートル。
「ミモザ、探査魔法に感あり。大きな物体が四……いや六。距離、約百キロ!!」
「攻撃、叩きのめせ!!」
マリーが凄まじい熱量を持つ炎の矢を連射し始めた。無茶苦茶に放っているようで、ちゃんと制御している。前方で派手な爆発が起こるのと、私が高度を一気に上げたのはほぼ同時だった。暗くてなにが爆発したのかまでは、ほんの一瞬で全く見えなかった。
「ミモザ、全目標破壊。帰りましょう」
「了解」
こうして、真夜中の謎の襲撃は終わったのだった。
「犯行声明ねぇ……」
翌日ヘルファイア島に着くと、警備隊長が慌てて一枚の紙を持ってきた。ピンクの熊さんシールが張ってある便せんにはこうある。
『逆賊マルスを抹殺した』
熊さんの意味が分からないが、残念ながらマルスは生きていて、今船から島の宿舎という名の監獄へと移動中だ。
便せんをクシャっと丸めると、私はまだ桟橋にいたマルスに近寄った。
「これが最後ね。まっ、楽しみなさい」
なにをどう楽しむのかは分からないが……。
マルスは目を閉じたまま、なにも言わない。まあ、しゃーないか……。
恐らく、誰もが油断したその時だった。いきなりマルスが動いた。脇を固めていた警備隊員の一人を突き飛ばし腰に帯びていた剣を奪うと、迷うことなく私を袈裟懸けに斬ったのだ。
「くっ……」
幸い、咄嗟に後ろに飛んだお陰で、傷は浅くもなく深くもなくという感じだったが、武器である杖は船室だ。
「お前さえいなければ!!」
さらに追撃をしようとした時、マルスは警備隊員に叩き斬られた。こうして、一連の事件は終わった。マルスの生死はあえて言わないが、マリーが慌てて回復魔法できっちり傷を治してくれた事だけは言っておく。
「まさか、斬られるとは思わなかったよ。あはは」
船は帰りの旅路についていた。
船室で私はマリー相手に話していた。
「……」
マリーの口数が少ない。珍しい事もあるものだ。
「……」
一人で喋ってもアホみたいなので、私も自然と黙ってしまう。
『ねぇ、マリーどうしたの?』
私はアンに声をかけた。
『あなたも結構ニブチンだこと。怒ってる。かなり』
うむ、困った。
『放っておくしかないわよ。いずれ、動く』
アンの言葉を証明するかのように、マリーはすっごい目で私を睨んだ。
ちょっと待て。私がなにかやったか!?
「だから、行かない方がいいって言ったのに……」
「い、いや、これは結果論……」
なんて、怒った女の子に正論が通るわけもなく……。
「お・し・お・き!!」
「は、話せば分かる!!」
マリーは慌てて逃げようとした私の右腕をガッチリ掴み、謎のパワーで床に捻り倒した。
「いだだだ!!」
ヤバいって。なんかこう、関節的なものが!!
「って、なんで私守れなかったんだろう。警戒していたのに……」
マリーがいきなり手を離した。そして、静かな嗚咽が聞こえる。
よっこらせと立ち上がると、マリーが床に崩れていた。かける言葉が見つからない……。
私は黙ってベッドに座った。空気が重い……。
しばらくして、マリーがゆっくり立ち上がった。そして、俯いたまま私の隣に座る。特に、なにをするでもない。時間だけが過ぎていった。
二時間ほど経ったか。私はそっと彼女の体に腕を回した。ピクリとマリーの体が動く。そのままギュッと私の方に体を引き寄せた。
「私は生きてるよ。それで十分でしょ?」
私はそっと彼女に語りかけた。これくらいしか、出来る事が思いつかない。
「でも、痛い思いさせちゃった。それが許せない……」
うーん……。
「あれは私の不注意よ。あなたのせいじゃない」
実際、油断していたのは事実。マリーの不手際ではない。
「そうかもしれないけど、それをフォローするのが仕事なのに……」
こりゃ重症だ。どうしよう……。
「分かった。じゃあ、あなたに罰を与える。これで納得する?」
他に手が思いつかなかった。やりたくはないが……。
「……それでお願い。じゃないと、自分を許せない」
全く、お願いされて罰って言われても、なにするかな……。
「……分かった。これから私がやる事に、一切抵抗しない事。文句を言わない事。おまけに声も上げない事。いいわね?」
マリーはうなずいた。地味だけど嫌がる事……これしかないか。
私は小さな机の上に乗っかっていたインク瓶から、羽根ペンを取った。
そして、羽根の部分でマリーのうなじをさわさわと……。
「!?」
あっ、やっぱり反応した。
『あー、それ思いつかなかった。やりたい!!』
アン……何なら代わっていいぞ。
そんなこんなで十五分ほどサワサワしたところで、私はピタリとそれをやめ、マリーの肩をポンと叩いた。
「はい、おしまい。おつかれさん」
「は、はい……」
今にも死にそうなマリーの声。でも、なにもしない。罰だから。
「これで納得出来た?」
「う、うん、大丈夫……」
違う意味でダメそうだが、気が付かない事にした。
「さて、お酒でも飲みましょう」
「わ、分かった」
プルプルと頭を横に振って、マリーはベッドから立ち上がると、お酒の瓶を取り出した。
それ、あの「ゴブリン」なんだけど……。まあ、いいか。
結果、グラス一杯で、またもやマリーは撃沈したのだった。封印しておくかな、このお酒……。
船は無事に帰ってきた。
馬車での移動を終え、城に帰還するとさっそく国王様に報告。ここまでで、全ての仕事が完了した。
「あのさ、思ったんだけど……」
「思うな」
私はマリーの言葉を切った。頭が痛い。
私の手には、やたら分厚い紙束がある。一番上の紙にはこう書かれている。
国王賛同人名簿
下記の者、次期国王として賛同する。
記
第二王女 ミモザ・アルファド
(以下略)
そう、国王様ったら本当にやりやがったのである。
これは、各貴族から集められた署名で、法的拘束力は全くなく、「いいよ~」という意思表示程度のもの。そもそも、世襲制のためこんな事をしない場合がほとんどだ。
当然、国王になることを拒否する事ももちろん可能であるし、そうしたいところではあるのだが、こうやってどんどん外堀を固められていくのかと思うと頭が痛い。
「でもさ、もう腹くくった方が……」
「駆け落ちしよう。マリー!!」
はぁ、なに言ってるんだ。私は……。
「やっちゃえ、ミモザ!!」
「くっ、人事だと思って……」
こうして、城の中庭は今日も平和な時間が流れるのだった……。
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