第39話 国王様のスカウト

 城に無事帰還した早々、私は国王様に呼び出された。

「おぅ、戻ったか」

 いつも通り、頑なに敬礼を拒んだ国王様が、野太い声で言った。

「はい、ありがとうございました」

 礼を述べるのが礼儀というものだ。

「礼なんて言うな、落ち着かねぇ。満喫出来たならそれでいい」

 ……照れてやんの。

「さて、一つ問題があってな。お前さんの旦那だ。実態はともあれ、お前さんが第一婦人だ。あの馬鹿は通常なら死罪は免れん。しかし、お前さんの減刑嘆願書があれば、また話しが変わってくる。重罪に変わりはないがな。どうする?」

 全く意地悪な事を言う……。

「その前に確認を。以前、私が反逆罪とやらに問われた時、あいつはどうしましたか?」

 私が聞くと国王様はバサバサと手元の資料を漁り、大きくため息をついた。眉間に血管が浮いてくる。怖い!!

「嘆願書がある。読みたくはないが適当に抜粋するぞ。『父様~、あんなミモザは嫌だから強めに怒っておいて!!』だとさ。なにも分かってねぇ……」

 ……よかった、早めに捨てておいて。もう少しまともだと思っていたが。

「分かりました。では、減刑嘆願書を書きましょう」

 私は苦笑した。

「すまねぇ。この借りはいつか返す」

 私は王の前を辞し、自室に向かった。

「ちょっと、なんであんなのの……」

「もう減刑は決定事項なのよ」

 文句を言いかけたマリーに、私はそっと言った。

「えっ?」

「そんなに難しい話しじゃないわ。ロックウェルから嫁いだ私が減刑嘆願書を出せば、それを理由として堂々と減刑できる。どこにも角は立たない。でも、恩赦かなにかで減刑したら……まあ、少なくともロックウェルは面白くないわね。例え国として許していたとしても、私が一時逃げ込んだ事は有名になっている。自国には甘くて、他国には厳しい。これだから人間は……ってなる。こっちはどうかしらね。まあ、少なくとも私は鬼嫁とは思われたくないし、あの馬鹿と同列には見られたくはないかな」

 一気に喋ると、マリーはポカンとした。まっ、政治的要素と己の保身のために書くのであって、あの馬鹿のために書くのではない。

「なんかよく分からないけど、ミモザが王族に見えた」

「うん、王族だから」

 間抜けな事を言うマリーに笑ってから、私は自分の部屋に向かったのだった。


「自動筆記」という魔法がある。思った事をペンが勝手に書いてくれる便利な魔法だ。

 本気になれば百枚くらい同時並行で書けるが、嘆願書などせいぜい数枚。一瞬で終わる。

 最後に直筆サインを入れれば完成だ。

「さて、行くわよ」

 行ったり来たり面倒だが、まさか転送魔法で送るわけにもいかない。私は再び国王様に謁見を求めた。

「この度は……」

 こういうのは「定型文」がある。それを述べようとしたが……。

「へへっ、真面目だな。俺なんざ相手に、畏まる必要はねぇ。ちょうどいい、ちょっと歩くか?」

 私から嘆願書を受け取って、国王様はチャキっとサングラスをかけた。やっぱりテロリストにしか見えない。

「喜んでお供致します」

 なんとなく、私とマリーもサングラスをかける。護衛など要らない。近寄れるものなら近寄ってみろという集団の完成だ。

「よし、ついてこい」

 兄貴……国王様にくっついて歩いていくと、あれ? 城から出ちゃった。

「あの、どちらに……?」

 文字通り一国一城の主が平然と街中を歩くというのは、なんというか実にシュールな光景である。

「なに、ちょうど晩飯時だ。美味い店がある」

 ……おいおい。

「あの、いいんですか?」

 さすがに堪らず聞いた。マリーは静かに目を閉じるのみ。

「なにが?」

 いや、なにがって……。

「タハハ、気にしすぎだ。おう、ここだ」

 そこは、店員の元気のいい声が飛び交う居酒屋のような店だった。

「らっしゃーい!!」

 国王様に続いて入ると、かなりの大盛況ぶりだった。

「おう、三名だ。空いてるか?」

 喧噪に負けない図太い国王様の声が飛ぶ。

「大丈夫っすよ-。はい、ご新規三名様でーす!!」

「イェアー!!」

 なんか、すげぇ気合いだねぇ。

 通された席に座ると、とりあえず一呼吸置いた。

「お先ドリンクいいっすか?」

 ええっと、メニューメニュー……。

「マティーニだ」

 マジか、国王様。この店で!?

 カクテルの王様。これを美味く作れる店は少ない。

「では、テキーラ・サンライズを」

 マリー、またやたらと面倒なものを……見た目は綺麗だけど。

 テキーラとオレンジジュース、そしてグラスの底には太陽をモチーフにした赤いグラナデンシロップ。面倒なのだよこれが。

 くそ、カクテル縛りで来たか。ならば……

「カシスオレンジ……」

 なんて庶民的!! どーだコノヤロウ!!

 解説いる、これ? カシスとオレンジジュースを混ぜるだけ。以上。

「さて食い物だ。適当にオーダーしちまっていいか?

「はい」

 ここは国王様に任せるのが吉。この店よく知っているみたいだし。

 しばらくして各々のドリンクが運ばれてきたので、軽く乾杯。その際に、国王様がバリバリ注文していく。すげぇ、メニューも見ていないのに……。

「さて、少し話すか。まあ、そっちのマリーは知ってると思うが、俺は少々やんちゃでな。こんな風貌もあって、自然とそういう仲間が集まってなぁ」

 そこでマティーニをチビリ。なんか、マフィアのボスっぽくなりやがったぜ。

「……殺し以外はなんでもやったかもしれん。それだから、真っ先に国外に飛ばされてな……まあ、それで燻ってる俺じゃねぇ。やっぱり……な」

 ニヤリと笑みを浮かべる国王様。怖いってばさ!!

「そんな時に、親父が倒れたから帰ってこいって話しがきて、何事かと思ったぜ。病気でもなさそうだし、不思議でしかたねえ」

 ……うっ。

「なんか、知ってるな。顔に出たぞ」

 ニヤッと笑う国王様。

 うげっ、私のポーカーフェイスを見破るとは!?

「……言ったら殺されるので、話せませんよ」

「タハハ、お前さん賭け事にも悪事にも向いてねぇ。今のはカマかけただけだ」

 ………抜かった!!

「エルフを殺す時は覚悟して下さい。相応の報復が待っていますので」

 冷や汗が……。せっせと拭いてくれるマリー。

「別にお前さんの事をどうしようとは思わねぇよ。少しやんちゃくらいの方がいい」

 自分で言うのもなんだけど、あれで少しか?

「それでな、一つ提案があるんだが……」

「お待たせしやしたー!!」

 タイミングがいいのか悪いのか、大量の料理が運ばれてきた。

「まあ、いい。食っちまおう」

「はい」

 料理は至ってシンプルだった。肉や野菜を串に刺して焼いただけ。それだけ、素材の味が物をいう。誤魔化しようのない料理だ。

「では、頂きます……!?」

 塩の絶妙な加減、緻密な繊維の間からにじみ出てくる肉汁、そしてこの香ばしい香り。こ、これは。

「美味いぞ~!!」

 いかん、また背後で爆発が……。

「おう、どんどん食え。まだまだ来るぞ!!」

 こうして、私たち怪しい集団は心ゆくまで、食事を楽しんだのだった。

「さて、どうしますか。いい、バーを知っていますけれど……」

 お返しというわけでないが、私は国王様に提案した。

「ほぅ、エルフのお前さんが気に入るバーか。ちょっと寄るか」

 エルフ関係ないし……。

「ミモザ……」

 マリーがポツリ。分かっている、時間だ。城の門は二十二時に閉じる。あと三時間しかないが、まあ、ここから近いし少しくらいは飲めるだろう。

 ちょっと早足で移動して店に入ると、そこは五人も入れば一杯という小さなバーだった。

「マスター、いつもの」

「私も」

 カウンターに座ると、私とマリーはサッサと注文した。

「じゃあ、俺はとりあえずマティーニだな。それから考える」

 ちなみに、メニューはない。「甘いの」とか「ちょっとドライなやつ」なんて感じで頼むと、勝手にマスターが作ってくれる。

 こんな場所で乾杯など無粋なので、軽くグラスをあげて一口。美味い。

「ほぅ、これは……。マスター、いい腕しているな。気に入った」

 マティーニは十人作れば十人違う味になるという、非常に繊細で難しいカクテルである。合うか合わないかは人次第。どうやら、気に入ってもらえたらしい。

「恐れ入ります……」

 ここのマスターは無口だ。最低限の事しか喋らない。それが、またいい。

「さて、さっき話しかけた事だが……お前さん、国を治めてみる気はないか?」

 思わずカクテルを吹きそうになった。マリーですら、目を丸くしている。

「俺はこんなだ。国王なんて柄じゃねぇ。かといって、他の王子はどいつもこいつも男気が足りねぇボンクラだ。この王家が持つ手札で、適任者はお前さんしかいねぇんだよ」

「あの、酔っ払ってます?」

 イケね、失礼な事を……。

「残念だが、俺はほろ酔いくらいだ。今すぐ回答しろとは言わねぇが、考えてもらえねぇかな?」

「えっと、私って、ほんとエルフですよ? この国がエルフの国になっちゃうなんて、誰も受け入れないと思いますが……」

 すると、国王様はニヤリ。

「簡単だ。俺がちょっとツテを使って工作すれば、誰も文句は言わん。補佐役という名目で残るから、丸投げする気もねぇ。苦手なんだよ、外交とか何やかんや……。それに、見てくれもあんたの方がいいしな。俺が他国に行ってみろ。カチ込みにいったマフィアみたいだぞ」

 ……まあ、そうだけどさ。てか、ツテって怖いんですけど。

「今しばらく時間を。さすがにすぐには答えかねます」

 私はそういうのが精一杯だった。

「分かってるさ。さて、飲むぞ!!」

 こうして、私たちは門限ギリギリまでお酒を楽しんだのだった。


「ねぇ、マリー。さすがに無茶な話しよね?」

 当たり前のように、一緒のベッドに横になっていたマリーに言った。

「普通に考えたらあり得ないねぇ。でもね、アラファド様ならやりかねない。滾る男気だけで何でもぶち抜く、スーパー王子……国王だから」

 ……なんでこの国はスーパーなヤツが多いんだよ!!

『どうなの、アン?』

『うん、ご愁傷様。アラファド様にロックオンされたら、もう逃げられないよ』

「私だって、国王なんて柄じゃないんだけどなぁ。ザリガニ釣っている方が性に合う」

「ザリガニ?」

 ……あっ、こっちにはいないのね。

「なんでもない。あー、悩みが……」

 頭を抱えていると、マリーが軽くキスしてきた。

「大丈夫。私が付いてれば大抵何とかなるから」

 それはそうだけど……。

「じゃあ、遅いからもう寝た方がいいわよ。私は外にいるから」

 マリーは私の部屋から出ていった。

「さてと……アン、出てらっしゃい」

 首のダイヤモンドが輝き、ベッドサイドにアンの姿が現れた。

「呼ばれて飛び出て……」

「それ、古い」

 私はお約束を叩き斬った。

「ううう、言いたかったのに」

 なかなかに愉快なヤツである。マリーが気に入るわけだ。

「それで、アラファド様の事でも聞きたいの?」

 笑みを浮かべながらアンが聞いた。

「うんにゃ、そんなこっちゃない。マリーすらビビったあなたの能力!!」

 ずっと気になっていたのだ。資料には僅かしかなかったもので。

「ああ、魔力ブーストなしで、時速三百二十二キロで走れるとか?」

 いきなり人間じゃねぇ!!

「まあ、それは冗談だけど、大した事じゃないわよ。三百人規模の犯罪組織を潰したり、特注のクロスボウで一キロ先の目標を狙撃して、ワンウーマン・アーミーとか呼ばれていたら、スカウトされて侍女になったけど……」

 いや、十分です。どんな侍女だ!!

「さすがというかなんというか……。マリーもとんでもない先輩を持ったものね」

 私は小声で笑った。

「真似するなって言ったんだけどね。あの子負けず嫌いだから……」

 負けず嫌いで済む話しかなぁ。

「それで……過保護な先輩からのお願い。一度、本気で試合してくれないかな。あなたに、あの子を守れるだけの力があるか見たいの」

 扉の鍵が掛かる音が聞こえ、青白い結界の膜が部屋全体を覆った。

「これで音は聞こえないし、少々暴れても破壊されるのはこの部屋の中だけ。準備は整えたわ」

……はぁ、そうきたか。私は杖を取り、ベッドから下りた。

「寝室は狭いからリビングへ……」

 私とアンは隣室に移動した。そして、適当な間合いを取って対峙する。

「あれ、武器は?」

 私が聞くと、アンは小さく微笑んだ。

「素手じゃないと、あなたを殺しちゃうもの……」

 言ったな……。

 私は杖を放り出した。

「フェアにいかないとね!!」

 仕掛けたのは私からだった。軽くパンチを放って様子見。アンが繰り出してきた拳を、サッと避ける。そこに生まれた僅かな隙を狙って拳を叩き込み、飛び跳ねて間合いを取る。 まずは挨拶みたいなものだ。アンの実力は……強い。

「なるほど、なかなかですね」

 先ほど私が打ち込んだ拳は浅い。当然ながら、ほとんどダメージを与えていない。

「では、本気でいきましょう!!」

 今度はアンから突っこんで来た。

 一見すると無茶苦茶だが、的確に叩き込まれる拳をひたすら防御。熱くなったら負けである。

 どれだけ経った頃だろうか。ガードしていても何発ももらい、ちょっとキツくなってきたところで、一瞬だけアンのボディがガラ空きになった瞬間があった。

 攻撃を食らう事を承知でガードを解き、その隙目がけて渾身のパンチを叩き込んでやった。

「くっ……」

 これはさすがに効いたようで、アンは間合いを取ろうと後方に逃げようとしたが、それを逃がしてやる私ではない。これで攻守逆転である。

 さすがマリーの先輩というか、攻められると弱い。一生懸命ガードをしているが、私のコンビネーションが面白いように決まる。フェイントにも面白いように引っかかる。正直過ぎるのだ。そして……。私の決め技である右フックがモロに入った。

 ばったり倒れるアン。立ち上がれない……。

「はい、私の勝ち。文句ないわね?」

 私は何とか身を起こそうとしているアンに手を差し出した。

「あーあ、負けちゃった……」

 苦笑しながら私の手を取り、アンはヨロヨロと立ち上がった。

「納得した?」

 杖を拾って寝室に移動し、私はアンに聞いた。

「ホント、生きているうちに会いたかったわ。マリーなんかに渡さなかったわよ」

 首を小さく横に振りながら、アンは苦笑した。

「そういう冗談はやめて。恋愛はもうマリーだけで手一杯」

 軽く混ぜっ返してやる。実際、もうお腹いっぱいだ。

「あはは、じゃあマリーの事よろしく。私は引っ込んでおくわ」

 私がさらっと戻れとつぶやくと、アンはダイアモンドの中に消えた。

「はぁ、全く疲れたわ。寝よっと……」

 ベッドに潜ってしばらくして、部屋の扉が開く音がした。

「巡回でーすって、なんで顔ボコボコなの!?」

 マリーの素っ頓狂な声が聞こえた。

「ベッドから落っこちた……」

「嘘こけ!!」

 ……結局、マリーの追求は一晩続いたのだった。

 眠い……。

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