第38話 アンとミモザ

「うわぁ……」

 その惨状に私は頭を抱えそうになった。

 昨日の雨が原因だろう。土砂崩れがあちこちで発生し、コテージは完全に陸の孤島になっていた。

 なんかもう殺人事件とか起きそうなシチュエーションだが、残念ながら魔法がある。私は杖を構え、マリーを見た。

「ほえ?」

 変な声を上げるマリー。

「これから大技一発いくけど、多分、気絶すると思う。よろしくね」

「よろしくって、ちょっと!?」

 私は杖を構え、呪文を唱える。エルフ魔法の至宝であり禁術でもある「時間遡行魔法」。すなわち、時間を遡る魔法である。

 対象を限定し、遡らせ過ぎないようにコントロールするのが非常に難しく、ロックウェル王国でも使える者は数名しかいない。

「おりゃあ!!」

 それは、実に珍妙な光景だった。道を塞いでいた土砂が、逆戻しで元に戻っていく。そして、私の意識は瞬時に暗転したのだった。


「うん……」

 私が目を覚ました時、どこか懐かしいような固いベッドに寝かされていた。記憶の糸が一瞬で繋がり、頭が覚醒した。

「ああ、起きた起きた」

 声がした方を見ると、笑顔のマリーが椅子に座っていた。ベッドサイドで様子を見ていてくれたらしい。

「ここは?」

 そっと身を起こし、私はマリーに聞いた。

「デイジーカッターの宿よ。無理しないで、今日はこの街に泊まる事にしたの」

 そっか……。

「それはありがたい。魔力切れ起こしてるから、馬車はキツい」

 私は苦笑した。

「それにしても、すっごい魔法だったわ。あんなの見たことない」

 でしょうね……。

「あれ、人間が使ったら余裕で死ぬからねぇ。ごめん、ちょっと横になってる……」

 地味ではあるが、あの魔法は膨大な魔力を使う。ちょっとクラクラ程度で済むのは、私が高い魔力を持つエルフだからだ。

「うん、ゆっくり休んで。防犯上の理由でこの宿貸し切りだから、安心していいよ」

 さすがに段取りがいいわね。

「分かった。寝ちゃう事はないし、話しくらいは出来るわよ」

 私が言うと、マリーはそっと手を繋いできた。

「今はこれでいいよ。魔力切れはキツいからねぇ」

 分かってらっしゃる。目眩、吐き気、頭痛……いちいち鬱陶しい症状が出る。

「ふぅ、なんで私たちって、予定通り帰れないのかねぇ……」

 予備日はあるが、この前の海もそうだったし、なんでかスケジュールがずれる。

「いいんじゃない。城に帰ればまた堅苦しい空気だし」

 マリーがのんびり言う。まあ、そうだけどさ。

「まあ、いいか。取りあえず、テキトーに話しましょう」

 私はそういって、どうでもいい下世話な話しを切り出した。それに応えるマリー。

 魔力切れの回復は、経験則で大体十二時間くらいだ。今夜辺りにちょろっと観光出来るかもしれない。

 とりあえず、今はゆっくりと……。


 夜もそこそこ深くなっていたが、観光客目当ての店や露店は盛況だった。

「やっぱり、温泉饅頭!!」

「いやいや、こっちの温玉!!」

 あえて護衛は連れず、私とマリーは温泉街を練り歩いていた。温泉といえば饅頭? 温玉? あなたはどっち?

 ……すまん、どーでもよかったわ。

「ところでさ、なんであそこでひよこ売ってるの?」

 私の見る先には、明らかに塗料を塗っただけの、なんだか可哀想なカラーひよこたち。

「さぁ、祭りと間違えたんじゃない?」

 マリー様の答えは冷静だった。

「ねぇ、湯ノ花ってなに?」

 まあ、こんな感じで、何もかもが初めてな私は、マリーを質問攻めにしていた。

 しかし、嫌な顔一つせずマリーは答えてくれる。いい侍女だ。うん。

「はぁ、疲れた……」

 適当なところにベンチを見つけ、私とマリーは腰を下ろした。やはり、マリーは荷物を持たせてくれない。結構買い込んだのに……。

「うーん、饅頭食べちゃう?」

 勢いで大人買いしてしまった温泉饅頭。持って帰る前に腐ってしまう。

「そうねぇ。少し減らそう!!」

 マリーも同意し、私たちは黙々とひたすら饅頭を食べ続ける事に……。なにやっているんだか。

「ふぅ、こんなもんで勘弁してやるか……」

 だいぶ土産物は減った。これなら、マリーも持ちやすいだろう。

「じゃあ、宿に帰ろうか?」

「はーい」

 マリーを引き連れ部屋に入ると、とりあえず一息入れる。一人掛けには広く二人掛けには狭いという、何を狙ったのか分からないソファに二人で無理矢理座り……狭いな。

「ねぇ、いくらなんでもこれ狭すぎない?」

 マリーがうなずいた。

「うん、さすがにこれはちょっと……」

 狭い馬車の座席だって、もうちょっと広いぞ。

「まあ、おかげで……」

 丸見えのうなじを思い切り舐めてやった。へへへ。

「うひゃ!?」

 深い意味はない。単なるイタズラである。天下のマリー様が、マジで嫌がる唯一の場所だ。

「ちょっと、なにするのよ。久々過ぎて本気で油断していたわ!!」

 嫌がるからイタズラという。ちなみに、私は耳を完全ガード。抜かりはない。

「いやさ、最近アンが夢枕に立ってさ、マリーのうなじ舐めろって。舐めないと呪い殺すって……」

「言うか!!」

『本当に言いましょうか? もっと際どい場所もありますが……』

 頭の中に響くアンの声。いいから、あなたは引っ込んでなさい。

「くっそ、あとでお返しして……」

「『睡眠』」

 ガクッと頭を垂れるマリー。おやすみ。

「さて、少し休むか……」

 私はソファから立ち上がり、ベッドに横になったのだった。


「ん?」

 妙な気配を感じ、私は目を覚ました。

 マリー……ではない。まだ、あの中途半端なソファで寝ている。そこそこ強めに魔法を使ったので、朝までは起きないはずだ。

「はて?」

 部屋の中……ではない。時刻は午前二時三十分。やれやれ……。

 私は部屋から出ると、気配を辿って廊下を歩き……おや、宿の外か。

 入り口で立ち番をしている兵士にすぐ戻ると伝え、私は宿の裏手に回った。

 そこには、透けて見える私と同い年(見た目)くらいの女の子がいた。茶色の髪を方まで伸ばし、快活そうな感じである。私を見るとペコリと頭を下げた。

「アン・セイバーさんね。お初といっていいかどうか」

 先回りしてそういうと、頭の中に声が響いてきた。

『はい、初めましてと言っておきましょう。一度姿をお見せしておこうと思いまして』

「それはご丁寧に……。満喫してる?」

 私は苦笑した。

『それはもう。現世は久々なもので』

 夢枕ではなかったけれど、本当に立つとは思わなかった。

「それで、なにか用事があるんじゃないの?」

『はい、実は……好きです』

 私は思いきりコケた。

『冗談です』

「あ、あのね……」

 いってぇ、頭打った。

 魂なのに冗談かましてくるとは。

『ああ、友人としては好きですよ。生きているうちに会いたかったな』

「ありがと……。全く、早く用件を言いなさいって」

 好きだの嫌いだの、もうお腹いっぱいである。

『はい。こうしている間にも、私の魂は徐々に霧散しています。なんとか固定化できないでしょうか?』

 ふむ……。

「本来は三十分くらいしかもたない術よ。今まで霧散していないのが、もう奇跡の領域なの。既存の術では固定化は難しいわね」

 私はそっと目を閉じた。

 魂の固定化。霊術を扱う者なら、誰しも考えることである。それはすなわち、蘇生術に匹敵することだから。

『そうですか……』

 残念そうなアンの声。

 しかし、私は言った。「既存の術なら」と。

「……失敗したら一撃で終わり。覚悟決めるなら、私が研究している術がある。それを使えば、あるいは、固定化できるかもしれない。どうする?」

 実証実験はしていない。理論上は出来るというだけ。正直、オススメはしない術だが……。

『あなたに委ねます。成功しても失敗しても文句なしです』

 アンは笑顔でそう言った。

「……本当にいいのね?」

 アンは黙ってうなづいた。

「分かった。じゃあ、準備するからちょっと待って」

 私は首から下げていたペンダントを外した。実家から勝手に持ち出したもので、親指の頭くらいはあるダイヤモンドがぶら下がっている。それを地面に置いた。

 そして、小刀を抜いて左手の平を切り、血文字で魔法陣を描いていく。前の時より複雑だ。そして、呪文を唱える。杖を持ってくるのを忘れたが、これに関してはあってもなくても大差ない。

「霊術、名称未定試作百三号!!」

 最後に結ぶと、アンの姿がダイヤモンドに吸い込まれた。

「アン、出ておいで」

 すると、アンの姿がダイヤモンドから出現した。おお、成功しやがった!!

「あれ、私……?」

「これからそのダイヤモンドがあなたの「体」。仮初めだけど、現世にある実体をもった事で、生前と同じように普通に喋る事も出来れば、何かに触れる事も出来る。そして……アン、引っ込んで!!」

 再びアンがダイアモンドに吸い込まれた。

「こうやって、引っ込める事も出来る。この状態でも『思念』で私と話す事が出来る。まあ、便利なんだか不便なんだか……」

 アンの意思では出入り出来ない。あくまでも、私の意思によってだ。

『あ、ありがとうございます。これで、あの子をそっと見守れます。基本的には、このスタイルでお願いします。我が儘ばかりで申し訳ありません。あの子が混乱してしまうので……』

「なるほど、分かった」

 ペンダントを首に下げ、私は大きく伸びをした。

 こうして、また一人仲間が増えたのだった。

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