第36話 森のエルフ
「こ、これは……」
マリーが唾を飲むまで聞こえる沈黙。そして……。
「不味い!!」
背後に謎の爆発を伴い、私ははっきりと断言した。
「ええ~!?」
マリーが床に崩れ落ちた。
「あ~もう、どうして目玉焼きでここまで不味く作れるかなぁ。なんでタマゴなのにエグみがあるの!!」
黄身が固焼きになっていたくらいではここまで言わない。しかし、説明がつかない不愉快な味がするとなれば、話しは別である。
「隠し味に……」
「いや、それ要らないから!!」
何を入れたんだ?
「そ、そんなに不味い?」
私は黙ってナイフとフォークを刺しだした。
マリーはそれを受け取り、一口……。
「うげぇ、なんじゃこりゃ!?」
……ほれみろ。
「怖いから何を入れたか聞かないけど、目玉焼きってのは……」
なんで、こんなの教えなきゃならないんだか……。
ちなみに、片面だけ焼く事をサニーサイドアップ、ひっくり返して両面焼きはターンオーバー。私はトロトロ黄身が好きなので、当然サニーサイドアップだ。
「ほれ、出来た」
二人分の朝食はあっという間に完成した。
「ううう、未熟……」
マリーがうめく中、私は手早く朝食を済ませた。
「ほれ、早く食べなって。デートしようぜ!!」
瞬間、目を輝かせて食事を掻き込むマリーだったが、この周囲には山しかない。ならば、相応の遊び方がある。さて、エルフに付いてこられるかな?
私はニヤリと笑ったのだった。
「どうした、マリー。付いてこられないの?」
木々の間を飛び跳ねながら、私は小さく笑った。
「ちょ、ちょっと待って。速すぎる!!」
スーパー侍女マリーですら、私の移動速度に付いてこられないでいる。森さえあればエルフは無敵だ。逆に言うと、森がないとエルフは本来の能力をフルで発揮出来ないわけだが……。
しかし、さすがだ。わりと本気で移動しているのに、マリーとの距離はさほど変わらない。普通の人間なら、とっくに姿が見えなくなっているだろう。
「で、デートって言うから、期待したのに。これじゃ、軍事教練……」
デートはデートである。なんの問題もない。
「さてと、休憩にしますかね……」
適当な枝に腰を下ろし、私はマリーの到着を待った。
「し、死ぬ……」
程なくマリーが到着した。
「なによ、情けないわねぇ」
私は弁当を広げた。怖いので、もちろん私が作った。
「よ、よく食べられるわね……」
マリーは何とか枝に座り、肩で息をしている。とても、食事どころではないだろう。
「これがエルフの実力。特に、私はお転婆なもので」
小さく笑みを送ってやると、マリーはガックリ肩を落とした。
「ヘヴィな彼女持ったかも……」
「ん? 何か言った?」
ごめんねぇ。耳がいいから聞こえるんだな。
「なんでもないっす!!」
慌てるマリーも珍しい。
「やっぱり、森はいいなぁ。あれ、食べないの?」
わざと聞いてみる。森の高揚感は普段の私をがらっと変える。こういう意地悪も余裕だ。
「全く、元気になっちゃってもう……」
マリーが苦笑した。
「そりゃ、元気になるわよ。エルフだもん。例えば……」
私はランチボックスに入れてあるサンドイッチを一口囓り、マリーの髪の毛を引っつかんで無理矢理顔をこっちに向けると、そのまま口の中にねじ込んでやった。
「こんな事も出来るのですよ。あら、やっぱり止まった」
マリーが沸騰しそうなくらい赤面して、石像のように固まってしまった。人にはやるくせに。
「さて、寝よう。しばらく起動しないだろうし」
枝の上で寝る事くらい簡単だ。
結局、マリーが起動して凄まじく怒ったのは、きっかり三十分後だった。
コテージに戻ると、私たちは汗を流すべく温泉に入っていた。
「あ、あのさ、もうやめてね。心臓に悪いから……」
マリーがうつむきながら言った。
「ん? 何のことかな」
いじめてみた。後が怖いけどね。
「……絶対仕返しする。千倍返しくらいで!!」
おー怖い。ちなみに、森から出るとエルフは弱体化する。勝てないだろう。
「怖いから逃げる!!」
湯船から出ようとした私の腕を、マリーがガシッと掴んだ。……ほら、来た。
「マリー、その笑顔怖い。額に怒りマークが三つも出てるし!!」
「さて、エルフってどう料理したら美味しいかな。刺身? 焼き? 炙り? それとも煮る?」
多分、全部不味いと思います。はい。
「……とりあえず、寝室行こうか?」
「……はい」
以下、過度な残虐行為のため、自主規制させて頂きます。byミモザ
「馬鹿、調子にのり過ぎ。そこら中痛いわ……」
夕食後にお酒を飲みながら、私はマリーにクレームを入れた。
「アハハ。いやまさか、脱臼するとは思わなかったよ」
何をやっていたかは言わないが、まあ激しかった。色々と……。
「まあ、いいわ。はぁ、それにしてもさすが野生児。付いていけなかったのは、侍女的にショックだなぁ」
マリーがため息を付いた。
「いや、普通付いてこられないって。人間に付いてこられたら、エルフの立場がないわ」
無論、確信犯的に森に入ったわけだが……ストレス解消の意味もあった。
「それは分かっているけどさ。なんか悔しい……」
ホント、負けず嫌いだこと。
「それにしても、本当にここは山か森しかないね。私は嬉しいけど」
人間の街中で暮らすエルフにとって、こういった自然はご馳走である。いくらでも充電したいが、マリーは退屈かもしれない。
「私はミモザがいれば大丈夫だよ。ゆっくりするのも悪くないし」
ニコニコ笑いながらマリーは言うが、うーむ……。
「街までは遠いよねぇ」
確か、結構あったはず。
「そうだねぇ、馬車で片道二時間くらい掛かるかな」
遠いのか近いのか、微妙な距離ね。
「あっ、忘れていたけど護衛も動かさないとか……街は帰りだね」
動くなら護衛が付く。面倒臭い。
「まぁ、いいよ。ただゴロゴロしてても楽しいし」
そういうもんかな。まあ、いいけど……。
「そっか……。あー、温泉で温まったせいか、珍しくお酒の回りが早いわ。まだ日付変わってないけど、ちょっと横になろうかな。クラクラしてる」
こんな事は珍しい。それほど強いわけでもないが、かといって弱いわけでもないという微妙な感じ。マリーから、温泉は後から熱くなるよと聞いていたが、確かにそうかもしれない。
「じゃあ寝よっか。先行ってていいよ」
お言葉に甘えて、私はフラフラと寝室に行き、ベッドに潜り込んだ。眠いわけではないので寝るわけではないが、横になっていてもクラクラしている。
「はーい、お待たせ」
この部屋にはベッドが二つあるが、当たり前のようにマリーは私のベッドに滑り込んできた。そんなに大きなベッドではないので、マリーはごく自然に抱きついてきた。
「大丈夫?」
正直あまり調子は良くないが、それを言うと心配する。
「大丈夫。ちょっと横になってれば治ると思うわ」
私がそう言うと、マリーはそっと私の胸に顔を埋めてきた。
ん、どうした?
「あのさ、なんで姫様を好きになっちゃったのかなって、たまに思うんだよね。いずれ身分差が……」
私はそっとマリーの頭を撫でた。マリーは、ピクリと体を震わせた。
「大丈夫。ペット登録してあげるから」
マリーがベッドからモロに落ちた。
「あ、あのさ、今は真面目な話しを……」
なんとかベッドによじ登ってきたマリーが、再び私に抱きつく。
「身分差ね。まあ、あるか。王族はやめられないからなぁ……」
私は再びマリーの頭を撫でた。
「私も王族にはなれないんだよ。あくまでも姫と侍女。主と従者。そういう関係にしかなれない。もし縁談がきたら、ミモザに断る権利はない。実際、こうしてこの国にきたわけだし……」
うーん……。
「それはないんじゃない。もはや仮初めだけどマルスと婚姻関係にあるし、この関係は解消出来ないから縁談も来ない。もう、この国の人よ」
私は小さく笑った。
「それが、この国の法で婚姻関係を解消出来る場合があるの。どちらかが重罪を犯した場合。あのガキンチョ、やらかしたでしょ?」
「あ……」
勝手に兵を動かして他国を攻めた。まあ、未遂に終わったけど、立派な犯罪だ。
「ということは……」
「罪が決まり次第だけど、婚姻関係は自動解消になる可能性が高い。そうなったら、ミモザはフリーよ」
なんだ、ならば簡単。
「私と結婚しておけばいいじゃないの。そうすれば、私の地位は安泰よ」
王族に限ってだが、同性婚は認められている。ならば、そうすればいい。
「いや、それが出来れば、私だって悩まないよ。身分の壁は高いよ?」
あれま、らしくないわねぇ。
「んなもん、ぶっ壊せばいいじゃん。今の国王なら、話しくらいは出来ると思うよ?」
私もマリーを抱きしめた。弱っているのか、ビックリしたように体がはねた。
「しっかりしてよ、スーパー侍女様。あなたがそんなんじゃ、私はどうやって歩けばいいのさ」
胸に埋めていたマリーの顔が上がる。その瞬間を逃さず、私は額に軽くキスしてあげた。これで、多少はまともになる……かな?
そして、マリーは再び顔を埋めた。
「……好き」
超小声だったが、超好感度の耳はしっかり捉えた。全く……。
私はそっとマリーの後頭部に手を当て、ギュッと抱きしめてやった。
「い、息が、死ぬ、死ぬ、死ぬ!!」
……あっ、ごめん。お約束やってもうた。
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