第34話 スーパー侍女の穴

サーモバリック王国中央部最東端に位置する温泉街、デイジーカッター。私たち一行の目的地はそこ……ではなかった。

「ちょっと、どこまで行くのよ……」

 華麗に市街地をスルーした隊列は、いくつかの検問所を抜けて急な山道を登っていく。うん、どう考えても山だ。

「この先にね、王家のコテージがあるのよ。もちろん、温泉も引いてある。まあ、そんなに立派じゃないけど、むしろ落ち着くかもね」

 なるほど……。

「さてと、向こうについたら……うぉ!?」

 馬車が急停車して、マリーがすっ飛んで来た。無言で避ける私。ゴリっと小気味のいい音が聞こえた。

「な、なによぅ、避けなくても……」

 ぶつくさ言うマリーの声を背に、私は馬車から飛び降りていた。

「ほぅ、マタンゴとは珍しい」

 馬車の行く手を塞いでいたのは、人の背丈よりやや大きなキノコだった。

 すでに護衛が戦闘態勢に入っているが……。

「叩いたり斬ったりしちゃダメ。胞子が撒き散って面倒な事になる!!」

 私はすかさず警告した。

「姫、馬車に!!」

 護衛の誰かが叫んだが、無視して戦列に並ぶ。

「コイツはね、火に弱いの。だから……燃えろ青春!!」

 ……誰だ、こんな術名付けたやつ。小っ恥ずかしいわ。

 私の杖から放たれた火炎が、巨大キノコ様を容赦なく焼いていく。生意気にも美味しそうな匂いがするが、食べると大変な腹痛に襲われるのでやめた方がいい。

「はい!!」

 マタンゴは全身火だるまで、もそもそ動いている。デカいので、なかなか焼き切れない。

 私は宙を飛んで反対側に回り、同じように焼いていく。ああもう、面倒臭い!!

「はい、これでよし!!」

 まるでドデカいキャンプファイヤーだ。火炎が収まると、そこにはなにも残っていなかった。

「さて、先を急ぎましょう」

 こうして、私たちは無事に山の上にあるコテージに到着したのだった。


「まあ、これでも庶民離れしているけど、今までの別荘シリーズよりはマシね」

 いわゆるログハウスではあったが、中は広々快適空間である。間取りはLDKと寝室のみ。あとは、噂の温泉が引いてある広い浴場だ。

 同じ作りの棟がもう一つあり、そちらは護衛たちという割り当てである。

「いやー、やっと着いたねぇ」

 本来の職務通り、せっせと荷物を片付けながらマリーがのんびり言う。

「まさか、こんな山深いところとはねぇ。私の本分が……いて!!」

 マリーが私の頭を叩いた。

「また誘拐されるからダメ!!」

 くっ、痛いところを……。

「はいはい、大人しくしてますよ~」

「嘘だねぇ……」

 ジャラリっと音を立て、マリーがゴッツイ鎖を取り出した。嫌な予感しかしない。

「魔封じの鎖。どっかに縛っとかないと……」

「まてまて、大人しくしてるから!!」

 追いかけ回すマリーと逃げ回る私。どっちも本気の追いかけっこは、辛くも私が逃げ切ったのだった。無駄にエネルギーを……。


「ほー、これが……」

 巨大な湯船にはお湯がふんだんに注がれ、もったいない事に溢れ出て流れている。

 前にも言ったが、エルフには入浴の習慣がない。シャワーを浴びる程度だ。

「そうそう、結構気持ちいいよ~。でさ、ずっと気になっていたんだけど、金髪の人ってやっぱり……」

「どこ見てるんじゃあ!!」

 私のボディブローがまともに入り、スーパー侍女は洗い場に沈んだ。フン。

「さて、体洗おっと……」

 目を回しているマリーを捨て置いて、私はささっと体を洗い湯船にドボーンっと。

 マナーとして、タオルを巻いちゃいけないと聞いていたのでその通りにしたのだが、なんか妙に恥ずかしいわね。

 でも、なんというか、肌触りがいい。こんなお湯は初めてだ。

「へへへ、き、効いたぜ……」

 さすがスーパー侍女。もう復活した。

「アホな事言うからでしょ。とっとと洗って、風呂入りなさい!!」

 ……全く。

「へーい……。フォアータタタタタタタ、ホゥアタァ!!」

 それは、恐ろしく速かった。マリーは甲高い雄叫びと共にズバババと体を洗い、湯船に浸かるまで十秒経っていない。無駄にスーパーだ。

「……今のなに?」

「エクステンダー家の奥義よ。気にしないで」

 よし、追求はやめよう。

「さて、それにしてもいいお湯ねぇ」

 泳ぎたい衝動を堪えつつ、私はボヘェっとつぶやいた。

「はぁ、これでキンキンに冷えたお酒でもあれば……」

「あるよ」

 私は「ポケット」から、瓶詰めの麦酒を取り出した。基本的に常温で飲むお酒だが、魔法で凍結寸前まで冷やしてある。

「にゅお!?」

 マリーが変な声を出した。

「なに驚いているのよ。こんな事もあろうかと、一応準備しておいたのよ」

 小さく笑みを浮かべると、マリーは顔を引きつらせた。

「侍女の私より出来る……」

「そうでもないさね。あはは」

 一本取ってやった。さまみろ!!

「じゃあ、乾杯!!」

「……乾杯」

 思い切りヘコんだマリーの姿は……小気味よかった。


「ふぁははは、私の料理は世界一ぃ!!」

 怖い。もの凄く怖い声を上げながら、マリーが料理を作っている。

 よほど私に負けたのが悔しかったのか、料理で挽回しようとしているようだが……。

「おーい、それじゃローズマリーのソテーだぞー」

 私がツッコミを入れた瞬間、マリーの顔がハッとなった。

 肉料理などに使うスパイスの一種。臭み消しに使われるが、そんなもんだけソテーされても……多分、美味しくはない。

「あ、あはは、こ、これは……」

「あなた、あまり料理したことないでしょ。いいから代わりなさい。命令よ」

 あらゆる事をそつなくこなすスーパー侍女。その穴は、まさかの料理だった。まあ、侍女は料理しないしね。

 なんというか、鍋の中では得体の知れないものが煮え、焼き物は真っ黒になり……戦場か、ここは……。

「後ろで見てなさい。ここからリノベーションするから」

 ちょっとばかり涙を見せつつも、マリーは私の後ろに立った。まずは鍋。何かの肉の煮込みだが……。ちょっとだけ味見。なるほど……。

「マリー、砂糖と塩、あと胡椒。あと、なんか適当な香草!!」

「は、はい!!」

 こうして、私の戦闘は始まったのだった。


「へぇ……」

 テーブルにあるのは、マリーの作品を私が手直しした料理たち。さすがに、真っ黒になった焼き物だけは直しようがなかったので、禁じ手の魔法で時間を戻したけどね。

「まっ、もうちょい手を加えれば良かっただけよ。さっ、食べちゃいましょう」

 私はワイングラスを片手にマリーに言った。

「侍女的に、これは大失態としか言えないわね……」

 なにかブツブツいいながらも、マリーはワイングラスを片手にとり、私たちは軽く乾杯した。

 食事を進めるうちに、マリーも調子を取り戻し始めた。

「なんか、女子会というかなんというか……」

 三本目のボトルを空け、私は思わず苦笑した。

「ええ~、私的にはデートなんだけどなぁ。アンといたときはね、仕えていた人が厳しくてさ。こういうの出来なかったんだぁ」

 ……また、アンだ。やっぱり、まだ引っ張ってるわねぇ。多分。

「そっか。まあ、私ってほら、緩ーいから」

 自分でもどうかと思うくらい緩い。分かっている。しかし、直らん。

「うん、王族とは思えない」

 ……あのなぁ、まあいいけど。

「でも、相当なもんね。アンとあなたがいたら無敵だったろうけど、それをコントロールするだけの器量があるなんてさ」

 鋭い刃は扱いに困る。それが出来なければ、怪我をするのは自分だ。

「そうだねぇ……。私はともかく、あのアンを手足に使えるなんてあの人くらいかな。ちょっと理由があって、名前は明かせないけどね」

 ほぅ、それはまた。まあ、あとで調べれば分かるか。

「アンって凄いって、あなたからチョイチョイ聞いているし、資料でも少し見たけど……やっぱり憧れか。あなたが慕うくらいだしね」

 小さく笑って見せると、マリーは意味深な笑みを浮かべた。

「もちろん憧れ。今でもね。追いつこうと頑張っているけど、背中が見えただけで全然届かない。でも、もう過去の人になっちゃった。今私が慕っている人は別よ」

 えっ?

「どうせ、また馬鹿な事を考えていたんでしょ?」

 小さく笑みを浮かべながら、マリーが近寄ってきた。そして、ちょっと長めのキスをする。ん?

「あなたはあなた。私が好きなのはあなた。勘違いしないでよ。私だって、いつまでも引っ張らないわよ」

 ええ!?

「さっ、飲みましょう。開けちゃったの勿体ないから」

 正直に言おう。ワインの味など覚えていなかった。


 ベッドに横たわり、私はまんじりともせずゴロゴロしていた。

 マリーはやる事があると言って、ただ今「残業中」である。

「……いるんでしょ?」

『もちろん。ほら、切り替えていたじゃないですか』

 口はないけど開口一番、アンの魂が言ってきた。

「ホント……依り代だと思って気楽にしてたら、本気だったとは。今さらながら、心がざわつくわね」

 苦笑すると、アンの魂がフヨフヨと宙を舞った。

『あの子は強そうで弱い。よろしく頼みますよ』

「過保護なかーちゃんか。あんたは」

 小さくため息を一つ。

『かーちゃんではないですが、先輩であり保護者です』

 あっそ……。

「じゃあ、その保護者に聞くけど、あなたたちが仕えていた人って誰?」

 さらっと聞いてみたのだが……。

『あなたには~、このファイルにアクセスする権限がな~い♪』

 歌うな。何かムカつく!!

「……消すわよ?」

『アイ、ウィルビー、バック』

 ……やるな、超々侍女め。

「まあ、いいわ。また、何かあったら呼ぶわ。マリーに見つかるとマズい」

『そうですね。では、失礼します』

 球体がスッと消えた。

 それにしても、マリーのやつ。一体何をやっているんだか……。

 私はそっと寝室の扉を開けた。

「ダメか……」

 マリーはキッチンに立っていた。どうやら、料理の自主練をやっているらしい。

 私が出ていって、教えるのは簡単だが……それをやってはいけない。彼女のプライドに関わる問題だ。

「全く、意地張っちゃって……」

 そっと扉を閉め、私はこっそり笑った。これは、明日の朝ご飯は期待出来そうだ。

 再びベッドに潜り、私はこう思う。

「寝られん!!」


 そろそろ晩秋の空気が流れる頃、山の空気はなかなか寒かった。

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