第33話 ゴミ掃除

「おぅ、呼び出して悪かったな」

 ここは城の謁見の間。背後に侍女のマリーが控える中、私は片膝を突いて国王に敬意を表していた。

「マルスの馬鹿なんだが、あの野郎昨日からどっかに行方をくらましちまってな。目下捜索中なんだが、なにか知らねぇか?」

 強面の国王様がため息をついた。ここ最近、マルスとの繋がりは全くない。当然、心当たりはない。

「大変申し訳ありません。私には全く見当もつきません……」

 私が一礼した時だった。兵士が凄まじい勢いで転がり込んできた。

「ロックウェル王国からの至急連絡です。我が国の軍が迫っているとの事。真意を知りたいそうです!!」

 国王は玉座から立ち上がった。

「なんだぁ。誰もカチ込みなんざ指示してねぇぞ!! すぐに引き帰らせろ!!」

「それが、指揮しているのがマルス様のようで、反エルフの有志連合のようです!!」

 ……なんだって?

「あの馬鹿、暴発したか」

 私は思わずつぶやいてしまった。

「国王様、本件は私が始末します。よろしいでしょうか?」

 よろしいもなにも、動ける王族は私しかいない。国王は大きく首を縦に振った。

「すまねぇ。馬鹿弟の尻ぬぐいをさせちまうとはな……ロックウェルには事情を説明しておく」

「よろしくお願いします。では……」

 私が立ち去ろうとした時、国王様に呼び止められた。

「出来れば、弟は生け捕りにしてほしい。これは俺の我が儘だ。聞かなかったことにしてもいい」

 私は小さく笑みだけ返すと、謁見の間を出た。自然と真剣になった。

「ミモザ……」

 背後から低いマリーの声が聞こえた。

「敵の数と装備、正確な現在位置を調べて」

「承知」

 フッと気配が消える。

「あまり大所帯にしてもあれか……よし」

 相手の規模にもよるが、数が多ければいいというものではない。

「子供の癇癪……じゃ済まないわよ。マルス」

 これは戦争一歩手前の小競り合い。分かっているのだろうか?

 どっちにしろ、叩き潰すのみ。全力でね。


「へぇ、ずいぶんエルフもナメられたものね。たったの百人ちょっと?」

 色々書き込まれた地図を見て、私は呆れてしまった。

「百人ですが、手練れの特殊部隊隊員たちです。侮れません」

 完全なお仕事モードのマリーが言った。サーモバリックの特殊部隊は、世界からも怖れられる戦闘能力を持つ、非常にタフな連中ではある。しかし。

「エルフの敵じゃないわね。森に入る前に何人残るかな?」

 ロックウェルが本気で追い払いに掛かったら、一日掛からず終わるだろう。

「まあ、今回はロックウェルに一切手出しさせない。それが条件だけどさ」

 森に入られる前に何とか排除する。それが、今回の任務だ。事前のやり取りで、最悪はロックウェルから手勢が出ることになっているが、それは任務失敗を意味する。

「で、敵の位置は……あと二日か」

 目立たぬよう徒歩で出て、隠れながら進んでいるようで、その歩みは極めて遅い。別働隊はないようで、今のところは全員が一丸となって進んでいる。叩くなら今だ。

「すぐ出るわ。今なら私たちだけで何とかなる。とりあえず、外に」

「はい」

 マリーを引き連れ、私は城の正面から外に出た。そして、背後からマリーを抱え「飛行」の魔法で飛び立った。心の中でつぶやく、「状況開始」っと。

 特になにかそれを示すものはないのだが、暴走していない限り、術者には大体の高さと速度が「感覚」で分かる。

 マリーを抱えている分上昇率と加速度が鈍いが、問題はない。街壁ギリギリの高度三十メートル、時速二百七十キロで街を飛び出し、高度を十メートルまで落とす。この速度だと素晴らしく……怖い。しかし、目的地までは十五分と掛からないだろう。私はさらに気持ち速度を上げ、ピタリ三百キロにした。

「マリー、攻撃準備。派手に行くよ!!」

「かしこまりました」

 私は攻撃魔法まで手が回らない。抱えているマリーの担当だ。飛びながら撃つなんて馬鹿は、今までこの世界にいただろうか?

「よし、見えた!!」

 水平線上に黒い塊が見えた瞬間、マリーの攻撃魔法が放たれた。まだ精密な攻撃は期待出来ない。足止めだ。

 その一瞬の間に固まりの上空を駆け抜け、様子を確認する。多分、間違いない。商隊を誤射したわけではなさそうだ。

 えっ、順番が逆? ほら言うでしょ。撃つは一時の恥、撃たぬは一生の恥って。

「六時方向。敵弾来ます」

 アホな事言っている場合じゃなかった。ちらっと肩越しに見ると、無数の光球が追ってきている。ふん。

「マリー、ちょっとキツいよ!!」

 私は一気に高度を上げて強引に体を捻って進路を変え、再び一団に向かって突っこんでいく。なにも言わなくても、マリーは低威力の攻撃魔法を乱射しまくった。

 いくら百戦錬磨の特殊部隊でも、こんな戦いはしたことないだろう。案の定、散発的に攻撃魔法を放ってくるが、大体はビビって逃げ惑うのみ。そうして一団から離れた連中を、今度は高威力の攻撃魔法がなぎ払う。エルフをナメんなよ!!

 かれこれ、五分ほど引っ掻き回した頃だろうか。敵の数が半数くらいになった頃、私たちは地上に降り立った。

 まともにやり合えば面倒だったかも知れないが、浮き足だったこいつらを相手に遅れを取るような私たちではない。

「ミモザ、やっぱり来たか……」

 複数の兵士に守られ、馬に乗っているのはマルス。しかし……。

「あんたはあと!!」

 私は山なりに巨大な光球を打ち上げた。マルスを通りこえ……背後で大爆発を起こして、色々吹っ飛ばす。

 その間にも素早くマリーが戦場を駆け抜け、三十分もしないうちにばらけた敵集団を殲滅してしまった。……ブラッディー・マリーとでも呼ぶか。

「さて、あんたらだけね。腐った理由なんて聞かない。回れ右するか、ここで死ぬか選びなさい」

 私は杖に魔力を込め、ぴったりとマルスを差した。取り巻きの連中が一斉に剣を構える。マルス込みで六名。敵ではない。

「ミモザ、一つ選択肢が抜けてるよ。ここでそっちが死ぬっていうね!!」

 マルスは高速詠唱を開始した。おっと、そう来たか!!

「『ヴォイド』並びに『バハムート』!!」

 二音交互超々高速同時発音。前に対マリー戦で使ったものより、さらに高度なエルフの秘技だ。

 マルスが使おうとしていた何らかの魔法は即座に無効化され、かわりに巨大なドラゴンが出現した。

「どうする? 次なにかやったら容赦なく消すわよ」

 何をしてくるか分からない。私は神経を研ぎ澄ましながら、マルスに声をかけた。

「アハハ、さすがミモザだよ。でもね、オトモダチがマズいことになっているよ」

 目だけ動かして見ると、マリーが一人の男に捕まっていた。

「へぇ、マリーを捕まえるなんて大したものね。表彰ものだわ」

 マリーはなにも言わない。ただ静かに目を閉じているだけ。

「で、だからなに?」

「えっ?」

 ここに来て、初めてマルスが動揺した。

「使用人の一人くらいどうなろうが、私の知った事じゃないわよ。仕事が出来るから惜しいけど、例え死んだって替えは利く。あなただって、王族なんだから分かるでしょ?」

 私は鼻を鳴らした。ハッタリ勝負で、こんなクソガキに負ける私ではない。

「大事な人じゃないの、仲がいいって聞いていたけど……」

「馬鹿じゃないの? 仲良しごっこで生活しているわけじゃないもので。仮にも、こんなのが旦那とはね。とことん嫌になるわ……」

 あっ、言って思いだした。コイツ、旦那様だったわ。

「くっ。じゃあ、そこのオトモダチを……」

 マルスの視線が逸れた瞬間だった、私は間髪入れず「睡眠」の魔法を放った。

 マルスが馬から転がり落ちると同時に、取り巻きの連中を杖でぶん殴って叩きのめす。その間に、マリーは隙が生じた男の首を素手でたたき折っていた。うむ、敵に回したらいかんな。

「ふぅ、全部かな」

 念のため、魔法で辺りを探索したが異常なし。事件が終息したことを確認し、私は青い光球を打ち上げた。しばらくして、遠くに見える街から青い光球が上がる。これで、迎えの馬車が来るはずだ。

「はい、マリー。お疲れって……」

 マリーがいきなり飛びついてきた。

「……すごく怖かった。でも、今までそれを言える人がいなかった。ありがとう」

 ふぅ……。

「はいはい、いい子いい子。落ち着いたらテント設営。明日には馬車が着くでしょ」

 私は努めて明るくそう言って、マリーの頭をそっと撫でてやった。


 なぜ馬車待ちをするのかといえば、三人も抱えて飛べないからだ。ピストン輸送してもよかったのだが、魔力にも限度がある。

 そんなわけで、マルスには睡眠+魔法による拘束+縄による拘束とまあ、ここまでやっておけば大丈夫というありったけの戒めを施して適当に転がしておき、私とマリーは交代で見張りをしながら小さなテントで夜を明かしていた。

「うー、怠い……」

 今はマリーが見張りをしているので私は仮眠時間なのだが、昼間少々無茶して魔力を使いすぎて寝られなくなってしまった。

 まあ、一晩くらい寝なくたって平気だが、この怠さはなんとかならんものか……。

「はいはーい、暇だから夜這い……って、起きてるし!!」

 不条理に怒るな!!

「あれ。もしかして、魔力ぎれ?」

 気が付いたか。

「もしかしなくても魔力切れ。低高度で高速飛行すると、どうしてもねぇ……」

 無論それだけはないが、マリーが重かったなんて言ったら消される。

「『魔力譲渡』しようか」

「あなたも暴れたでしょう。ゴロゴロしていれば治るから大丈夫」

 実際、そんなものである。

「じゃあ、せっかくなので……」

 マリーは軽くキスして去っていった。コレすら出来なかった昔が懐かしい。鍛えられたなぁ。うん。

「さて……いつまでいれば気が済むのかな?」

 私は小さくため息をついた。

 どんどんサイズが小さくはなっているが、もうお馴染みの緑の球体。アンの魂だ。

 そう、送り返したはずなのに、まだいるのだ。初めてだ、こんなの。

『ご迷惑です?』

 ちょっと心配そうに聞いてきた。

「いやまあ、滅多に姿を見せないし、迷惑じゃないけどさ」

 もう一回ため息。

『よかったです。久々に現世に戻ってきたので、少し満喫しようかと』

 満喫ねぇ。

「それにしても、ずいぶんマリーに慕われていたのね」

 外に聞こえない程度に、小さく笑う。

『そのようです。ここまでとは思わなかったですが』

 まあ、気が付かないか。普通は。

「大変よ。あなたの代役も」

『代役?』

 不思議そうに球体が聞き返してきた。

「あの子は、いまだにあなたの背中を追っているわよ。私はあなたの依り代ってところかしら」

 もう一回笑ってみせる。まあ、それも悪くない。

『ああ……もう、あなたは頭の回転が良すぎますね』

 ん?

「どういうこと?」

『あの子……マリーは馬鹿じゃないですよ。思考の切り替えも早い。もう、私は過去の人になっているはずです。純粋にあなたを見ているはずですよ。ちゃんと受け止めてあげて下さいね。お節介ですけれど』

 ……そうか?

「まあ、その辺は何とも言えない……かな。変なプレッシャーが」

『あはは、そのくらいでいいんです』

 こうして、夜は更けていくのだった。

 マリーがもし純粋に私を見ているのだとしたら……どうしよ。


 王都からやってきた馬車に「ゴミ」を放り込み、私とマリーは一足先に帰還して国王様に任務完了の報告をした。

 マルスを生け捕りにした事に関して深く感謝され、ご褒美として二週間の静養を与えられたのだが……。

「マリー、温泉ってなに?」

 本来はあり得ないが、馬鹿みたいに隊列を組んで行くのは嫌だと馬車の数を最小限に絞った結果、護衛二台と私とマリーが乗った馬車、荷物運搬用の馬車の四台編成の隊列が街道を行く。温泉とやらを目指して。

「行けば分かるって!!」

 なにか楽しそうだな。うん。

「まあ、いいわ。楽しみにしておく」

 こうして、私たちの長期休暇がスタートしたのだった。

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